一
トシオがそわそわと待合室で待っていると、迎えに来たのはいつものようにサユキだった。銀色の髪に水色の目の彼は、襟足くらいで髪を切りそろえ、人形と言うよりも宝石のように美しいとトシオは思った。
「行きましょうか。」
手を伸べられて、トシオは天恵を受けたかのようにその手をそっと握った。小さな小さな十歳前後の子どもの手。
生まれるはずだった自分の子どもも、生きていればこの年になる。
通してくれたサユキの部屋は、水色を基調とした涼やかな印象のものだった。
いつもの部屋には、高級な中国茶の匂いが漂っている。
「久しぶりですね。忘れないでいてくれて嬉しいです。」
にっこりと微笑むと、水色の目が細められる。その胸をほっこりとさせる表情がトシオは大好きだった。
「忙しくてお疲れだったんじゃないですか?」
そんなことを言いながら、小さな卓の上で茶を煎れてくれるサユキ。薫り高い中国茶を受け取って、トシオはドキドキしながらそのにおいを嗅ぐ。
「忙しいのはどこも同じだよ。」
そんなことを言うと、サユキはちょっと目を丸くして見せてから、「それでも、疲れたときは疲れたって言っていいんですよ?」などと優しい言葉をかけてくる。
トシオは年末の疲れが解けて流れ落ちるような気分になった。
「今年来られるのは今日が最後になるかな。」
呟くとサユキはにっこりと微笑んだ。
「来年もよろしくお願いしますね。」
「来年もいるの!?」
ここの人形は数年で入れ替わるというから、諦めかけていたのに嬉しい言葉にトシオの胸が躍る。
「僕がいちゃ、いけませんか?」
ちょっと唇を尖らせて不満顔のサユキを、トシオは慌てて抱きしめた。性的な要素を含まない接触。そう判断されるものならば、人形達は小さな腕にはめた細いリングについたボタンを押さない。もしそれが押されれば、強面の用心棒がすぐに部屋に駆けつけるのだ。
「君が僕の子どもだったらねぇ。」
思わずもれた言葉に、サユキはトシオの腕の中で「嬉しい。」と呟いた。
流産の後、子どもを産めなくなった妻を、家に待たせているトシオ。今日は出張だと嘘をついてきた。
「君を連れて帰りたい。」
そうして、自分の子どもだといって育てたい。
そんな甘えた言葉を、サユキは真摯に受け止めてくれる。
「僕が人形じゃなくて、普通の育つ子どもだったらよかったんですけどね。」
でも、そうだったら自分達は出会わなかった。
ショーケースの中で凛と前を見つめる十歳前後の子ども。その眼差しに、生まれなかった我が子を重ねた。
天蓋の付いたそれでいて小さなベッドに横になると、サユキがそばに腰掛けて髪を撫でてくれる。小さな白い手は全てを許すようだった。
「おやすみなさい。明日に朝には全て、夢のように消えてしまうから。」
さっきの言葉も、全て。
人形は、人間にはなれない。