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夢宵人形館  作者: 秋月真鳥
本編
18/36

十七

 シアンは最近アサヒの元へ通い始めた新参の客だった。だから、アサヒにそんなに思い入れがあるとは思えなかったのだ。

 ベテランのアサヒがそれ故に油断した。

 部屋に通した瞬間に、薬で湿らせたハンカチを口に当てられて気を失わされた。

 遠い意識の中、窓が破られると発せられるアラームが鳴り響いていた。


 気が付いた時にはアサヒはシアンの腕の中で、暗い夜の街を駆けていた。荒い息で路地裏に逃げ込み一息つくシアンの必死の形相に、アサヒは怒りよりも同情を覚えた。、

「おいらなんてさらっても、どうしようもないのに。」

「廃棄処分されるんだろ!そんな残酷なこと、許せない。」

 シアンは言う。

 シアンは来るたびに事故で死んでしまった自分の息子のことを話していた。アサヒはその息子に似ているのだという。

「おいらに夢を見てもいいけど、その夢は夜が明けたら終わるものだってちゃんと分かってないと。」

「俺はもう失いたくないんだ!」

 強く抱きしめられて、アサヒは宥めるようにシアンの頭をなでた。シアンを抱きしめるにはアサヒの腕は小さすぎる。

 人形が廃棄された後どこに行くのかシアンは知らない。その上で、最悪の想像をしているのだろう。

 精肉所に売られるか、売春宿に売られるか、ひっそりと処分されるか。

「おいらはあなたの息子さんじゃないよ?」

「君は俺の希望なんだ。」

 嘆くように言ったシアンに、アサヒは呆れたように腰に手をやった。

 細かな雨が降り始めていた。

 夜の路地裏にいるには美しすぎて目立つアサヒは、布で包まれているので大丈夫だが、シアンの髪には雫が垂れてきている。

「風邪引いちゃうよ。どこかに入ろう?」

 どうせ一晩もしないうちに見つかってしまうのだから、今の時間を大事にしようとアサヒは言った。

「朝一で別の州に飛ぶ。そしたら、奴らも追って来れないだろう。」

 いつの間にか外されている手首のリング。それがないことに心細さを感じないことが、アサヒは自分でも不思議だった。

 見つけ出してくれると信じている。信じられる。

 人形館に来てからの六年間がアサヒにそれを確信させる。

 人目につくといけないので、シアンとアサヒは場末の売春宿の一室を借りた。いかにもな黄ばんだシーツの敷かれた寝台に、アサヒは腰掛ける。シアンは落ち着かない様子で部屋の中をうろうろしていた。

「発信機とかないんだろうな?」

 シアンの問いかけに、アサヒはふるふると首を左右に振る。手首につけていたリングの他に発信機は取り付けられていない。元々人形は外に出ることがないので必要ないのだとアケビは言っていた。

「爆薬を持ち込んだんだね。」

 シアンにそんな技術があったことを驚きつつ、アサヒは呟く。爆薬で……多分プラスチック爆弾と導火線で窓を破ったのだ。

「幸せになれる。やっと、幸せになれるんだ。」

 ぶつぶつと呟くシアンの前に立って、アサヒはゆっくりと中華風の服の組紐のボタンに手をかけた。

「人形館じゃやっちゃいけないんだけど、ここはあそこじゃないから。」

 するりと脱ぎ捨てた服。続いてズボンと下着も脱ぎ捨て、アサヒは裸でシアンの前に立つ。シアンははっと息を呑み、慌てて布団でアサヒを包み込んだ。

「女の子……!?」

「そう、おいら、息子さんの代わりにはなれないよ。それに、おいらはあそこで幸せなんだ。守られて。」

 そして、これからあそこを卒業して、料理人になってあそこに帰ってくるんだ。

 明るいアサヒの表情に、シアンはがっくりとうなだれた。

「俺は君の幸せを願って……。」

「ありがとう。でも、おいらの幸せはここにはないよ。」

 はっきりと告げるアサヒに、シアンは丁寧に服を着せた。

 硬い足音が近付いてくる。

 アサヒを助け出すために。

「ガイ……。」

 ぎゅっと胸の前で手を組んで、アサヒは自分を迎えに来る男のことを思った。

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