十六
人形は育たないように薬を服用している。
ホタルは毎日欠かさずそれを飲んでいた。苦くて嫌な匂いのするどろりとした薬。
それは義務であり、責任だった。
それなのに。
着る服の袖丈が短くなっていることに気付いて、ホタルは愕然とする。
育っている。
育ってはいけないはずの人形が、育っている。
出来るだけ大き目の服を着て、踵の高い靴を履いてごまかしてもいつかはばれてしまうこと。
これがこのまま止まればいいが、進んでしまったらホタルはもう人形館にはいられなくなる。
人形館にいられなくなった人形がどうなるか、ホタルは知らない。ちゃんと年季を終えて出て行く人形達の顔は明るかったから、決して悪いようにはされないのだろうが、年季を終えていない自分が使い物にならなくなったと知られれば、最悪の場合、裏路地に死体が一つ転がることになる。
アケビは厳しいが筋の通った店長で、年季の終えた人形を決して酷いことにはしない。けれど、自分はまだ一年以上もそれが残っている。
ホクトが来なくなってから、ホタルの心は鈍色に沈んでいた。ホクトは最後にホタルにキスをくれた。あれは愛の証だったのではないかとホタルは思う。そうであってほしいと。
それならば尚更に恋しくて、ホタルは他のお客と普通に接することが出来なくなってしまった。
ぼんやりすることの多いホタルに、苦情が殺到する。
「あたしは嫌じゃないけど、そのため息、他の男に聞かせちゃ駄目だよ?」
ミワに言われてホタルは自分がため息をついていたことに気付く。気付かないほどに頻繁に、ホタルはため息をついていた。
「ミワさん、今日は何をしますか?」
慌てて笑顔を作ると、ミワは皮肉げに口を斜めにする。
「一曲、歌ってもらおうかね。」
言われてホタルはベッドに寝そべったミワの傍に腰掛けた。
歌うのは異国の言葉で綴る古い子守唄。ホタルは色々な歌を歌えたが、ミワはそれが一番好きだといっていた。
精悍な顔を緩ませることなく眠るホクト。
彼に子守唄くらい歌ってやればよかったのに、ホタルはその寝顔に魅入ってそれすらも思いつかなかった。
歌が終わるとミワはホタルを抱いて寝転んだ。抱きしめられて、柔らかな胸の感触にホタルはどきどきする。
自分にもこんな柔らかな体があれば、ホクトはもっと抱きしめてくれただろうか。
「眠っていいよ。今日はあんたの寝顔を見たい気分なんだ。」
涙の滲んできた目を、ミワが閉じさせてくれる。ホタルは目を閉じてミワの鼓動に耳を澄ました。
暖かく力強い音。
穏やかな気持ちで目を閉じ憩うた瞬間に、アラームが響き渡った。
「アサヒが盗まれた!」
用心棒の声と足音に館内が騒がしくなる。




