十四
これで最後になるかもしれない。
そう思ったらホタルは居ても立ってもいられなくなった。
ホクトの来訪に、呼ばれるまでの時間が待てずにそわそわと椅子から立ったり座ったりする。普段ならばコナツがそういうことをすると注意するサユキも、ホタルの様子には驚いて目を丸くしていた。
「ホタル、仕事だよ。」
アケビがぞんざいに呼んだときには、ホタルはすでに立ち上がっている。そのまま歩き出すホタルにサユキが目を瞬かせた。
「ホタル、落ち着いてくださいね?」
最初、サユキたちが来た頃に、初めての客と会うサユキにホタルが言ってくれた言葉を、サユキもホタルに返す。ホタルは泣き顔に似たくしゃくしゃの笑顔で頷いた。
怖いことは何もない。アケビとガイとヴィラが守ってくれる。
ホタルはサユキにそう言ってくれた。けれど、今のホタルを守れるものは誰もいないように思えて、サユキはホタルを不安な気持ちで見送った。
ホタルはゆっくりと歩いてホクトを迎えに行く。ホクトはホタルを抱え上げて部屋まで連れて行った。
「人形は数年で廃棄されるって聞いたけど、もしかして、お前もか?」
ホクトの問いかけにホタルはこっくりと頷く。廃棄された後のことは、想像するしかないのが現状だが。
「参ったな、俺を長く覚えてくれる女を捜してたのに、数年で処分されるなんて。」
沈痛な面持ちで額に手をやるホクトに、ホタルは彼の期待を裏切ったのかと申し訳ない気持ちになる。けれど、想像上のこととはいえ、今後のことをホクトに伝えていいはずはない。
ホクトはもう来ないかもしれないのに。
明日にでも戦場へ向かい、死んでしまうかもしれないのに。
それを思うとホタルの小さな胸が強く痛み出す。
「私は何年経っても、あなたを忘れたりしません。」
最後の一瞬までこのまぶたに焼き付けておこうと、ホタルは瞬きを忘れたようにホクトに見入る。ホクトの黒い髪、浅黒い肌、黒い眼、たくましい体。
ホクトならばガイとヴィラに勝てるかもしれない。そして、自分を連れ出してくれるかもしれない。
そんな夢を見たこともあった。けれど、それもこれで最後なのだと思うと、ホタルは涙をこらえきれない。
「俺のために泣くのはもっと後でいい。今は、笑え、ホタル。」
涙に濡れた頬を撫でられて、ホタルは必死に笑おうとする。けれど頬が崩れてどうしても笑い顔にならない。
「人形なら、俺が死にに行くのを泣いて止めたりしないだろうと思ってたのにな。」
「期待はずれの人形で、ごめんなさい。」
涙が零れるホタルの頬に、ホクトは口付けた。本当ならば許されない接触。それなのに、ホタルは腕のリングのボタンを押さない。
幾度か頬に口付けを落としてから、ホクトにしては珍しく躊躇うようなそぶりを見せてから、彼はゆっくりと自分の唇でホタルの唇を塞いだ。
驚きに離れようとするホタルの頭をたくましい腕で固定して、悲鳴を上げようとする唇の中に舌を滑り込ませる。
ゆっくりと丹念にホタルの口腔内を味わってから、ホクトは静かに唇を放した。
真っ赤な顔でホタルが倒れこんでくるのを、ホクトは軽々と受け止める。
「ここまで入れ込むはずじゃなかったんだ。許してくれ。」
その謝罪はホタルの耳にはとても悲しく響いた。
死ぬはずの自分がホタルを愛してしまったのだと、聞こえたから。
「ルール違反をしてしまった。帰るよ。」
力の抜けたホタルの体をそっと椅子に預け、立ち上がるホクトにホタルは首を振った。
帰っては嫌だと口に出していえないホタルの、最後の抵抗。
「さよなら、ホタル。」
けれど、ホクトはそのまま部屋から出て行ってしまった。
ホタルは一人、椅子の上で涙を流す。




