十三
「すみません、少しだけ席を外します!」
珍しいサユキの必死の顔に、トシオは是非もなく頷いていた。サユキは謝りながら部屋を駆け出していく。
足をもつれさせるようにして出てきたサユキに、ヒサメの部屋に入ろうとしていたスズオトが軽く片手を上げた。
「ヒサメに何かしたら、用心棒より先に駆け込んで、あなたの舌を噛み切って上げますからね!」
じろりと睨みつけるとスズオトはヒサメの肩を抱いた手を強く引き寄せる。ヒサメは眉間に皺を寄せてそれに耐えていた。
後ろ髪引かれながら、サユキは自分の部屋に戻る。待っていたトシオには極上の笑顔と抱擁をプレゼントしつつ、頭の中では自分の双子の片割れが、スズオトに無体なまねをされていないかだけが気になっていた。
「仲間意識は結構だけど、お互いに寄りかかるんじゃないよ。」
それは、店に入った時にアケビに言われた台詞。
時に悪鬼のように恐ろしい彼女を、サユキは美しいと思った。思ってしまった。だから、今もずるずると逃げ出せずにいる。
本当ならばとっくの昔にヒサメを連れて逃げ出しているはずなのに……人形の育成所から出たら絶対に逃げ出してやろうと思っていたのに……。
スズオトも、アケビに少し顔立ちと雰囲気が似ている。
「スズオトに優しくしてあげて。スズオト、血の匂いがした。」
客が帰ってしまってから眠ろうと布団に入ったサユキに、隣りで眠ろうとしていたヒサメが呟いた。ヒサメは口数は少ないが、妙に鋭い。
「血の臭い……内臓疾患か。」
スズオトの顔色から思っていたことを呟くと、ヒサメが眉根を寄せていた。ヒサメは嫌いな客であるスズオトにまで優しい。
いや、ヒサメ自体は嫌っていないのかもしれない。とにかくこの双子の片割れは、サユキの意見に左右されてしまうところがある。
「スズオト、昔、ここの人形だったって。」
ぽつりと零されたヒサメの言葉に、サユキは耳を疑う。
まだ人形として勤める年月の残っているサユキたちには、人形がその勤めを終えた後のことは知らされていない。アサヒは知っているのだろうが、それを明かすようなへまはしていない。
スズオトという名前からその可能性を感じ取ってよかったはずなのに、それを今まで思いつかなかった自分にサユキは呆れていた。
スズネ。
自分達が来るずっと前に、長い髪で有名だった人形の名前。
「人形が戻ってきてもいいのか?」
思わず零したサユキの呟きに、違う布団で眠りかけていたホタルががばっと身を起こす。
「知らなくていいことだよ、今は、まだ。」
寝ているはずのアサヒが、横になって目を閉じたまま言ったのに、サユキは何故かぞくりとした。アサヒはこれから自分に起こることをもう知っている。
線引きされた気がして、サユキはアサヒを睨み付けた。
年長者はアサヒでも、この人形館のトップは自分だとサユキは自覚している。
しかし、度胸でも貫禄でもアサヒには勝てない気がして、もうすでに寝息を上げているアサヒに背を向けてサユキは横になった。ヒサメがぴったりと体を寄せてくる。
いつか自分も知ること。それが先延ばしになるか今であるか、それすらも決められないただの人形の自分。
アケビには自分がどのように映っているのだろうか。




