前編 最強のヒロインちゃん
婚約破棄なのにざまぁ要素はほとんどない、いつもいつもアホすぎる行動の末に自爆するヒロインちゃんを超強化させ、それに併せて悪役令嬢側も超強化してみたギャグ話です。
全三話(前編、後編、短めのエピローグ)となります。
ある小国に、美しい娘がいた。
さる男爵の一人娘として産まれた少女は、とても美しく、可愛い。
クリクリとした眼で見つめられれば、多くの男が愛を囁くだろう。
匙より重いものを持ったことが無いのだろう華奢で白い手を差し出されれば、自然と跪いてその手を取るだろう。
美しく歩くその所作を見れば、雅な詩の一つでも詠いたくなるだろう。
もし少女に愛を囁かれれば、生涯を捨てて彼女に尽くす道を選ぶだろう。
そんな美少女の名は、ローズマリー・ベース。ベース男爵の一人娘であり、国が運営する貴族の学び舎にて話題を独占していた。
学び舎に入学してすぐ、彼女の回りには身分違いの男達が集っていった。男爵令嬢という貴族の中では位が低い少女の周りに、男爵や子爵の子息はもちろんのこと、遙か格上の伯爵、侯爵……果ては公爵の子息まで彼女に熱を上げていた。
彼らは言う。貴族令嬢にありがちな『本心を悟らせないための仮面のような笑顔とは違う、本当に天真爛漫な性格が一緒にいて楽しいのだ』。あるいは『豊かな知性を感じさせるところに魅力があるのだ』。はたまた『自分を一人の人間としてみてくれる、芯の強さこそが魅力的なのだ』……と、その賞賛の言葉は一人一人違い、もはや数えることもできない。
とはいえ、そんな格下の娘に将来有望な青年達の心を独り占めにされては他の令嬢としては面白くない。特に、ローズマリーに籠絡された男子達の婚約者は面白くないを通り越し、殺意すら抱く案件であった。
そのように、ローズマリーは良くも悪くも学び舎の話題を独占していた少女であった。
そして、そのままローズマリーは、ついに学び舎の最高峰に手を出した。学び舎に通う全ての男性の中で、最上級の位を持つ男。これ以上は存在しない、頂点の存在。
次期国王――王太子、フランク・シュワルツ。彼の心を射止めれば、そのまま女性としての国の頂点の椅子、王妃の地位を得ることができる垂涎の男だ。
「フランク様……」
「フフフ……お前は可愛いな、マリー」
さて、そんな王太子だったが、マリーの熟練の技にあっさりと落ちた。
出会って三日。偶然を装った出会い、ほのかな憧れを感じさせる演出。ちょっとしたハプニング……あるいはラッキースケベ。その手の技を駆使した結果、僅か三日で愛を囁き始めた。如何に男を誑かすことに関しては百戦錬磨を自負するローズマリーであっても、ちょっと引くくらいに楽勝であった。
(……大丈夫なのかしら? こんなのが次期国王で……)
ローズマリーは頬を赤らめ笑顔を振りまきながら、内心で思った。
国の未来を担うべき若者をコレクション感覚で籠絡しまくった傾国の女候補が思うことでは無いが、これは酷い。
王太子ともなれば当然婚約者がいるはずなのだが、こんな簡単に靡いていいのかと、この男を利用しても土壇場で裏切られるのでは無いかと真剣に心配するくらいにはチョロすぎた。
――しかし、そのまま更に数日が経過すると……
「さあマリー。キミのために用意した指輪だよ」
「まぁ……素敵ですわ」
ローズマリーの警戒も解けていた。仮に未来で裏切られても、別に問題は無い……というくらいの稼ぎを得たからだ。
というのも、この王太子、恐ろしいほどローズマリーにとって都合が良かった。例え公爵の子息であっても、実権を持たない学び舎の生徒ではそこまで多額の金銭を動かすことはできない。貴族の息子とはいえ、家の金の所有者は当主一人であり、彼らは皆当主からお小遣いをもらって生活している身分なのだ。
もちろん、自分の息子の懐が寂しい……などと思われては家の恥なので、庶民からすれば信じられないような大金を貴族の子供は受け取っていることが多い。しかし、それでも大人の顔色を伺わなければならない身分では用意できないような高価な品物であろうとも、この王太子はほいほい用意してくるのだ。
具体的には、既に王太子からの貢ぎ物だけで今まで男達に貢がせた総額を超えているくらいに。まだ出会って一週間なのに、もう今すぐ何かしらの罪で市井に放逐されたりしても十分遊んで暮らせるくらいの一財産を築いていたのだった。
(もちろん、未来の王妃は捨てないけどね!)
ローズマリーはるんるん気分で未来の幸せにまで空想を飛ばす。
明るい未来しか見えない……というくらいに、今のローズマリーが思い描く未来は光に満ちているのだ。王太子と接触するまでは高位の貴族令嬢から嫌がらせや苦情が来たり、籠絡した男共同士の衝突を上目遣いで鎮めたりと面倒なこともあったのだが、今ではどんな事情かはわからないがその辺のいざこざがさっぱり無くなったのである。
高位の貴族令嬢達は、ローズマリーを見ると怯えたように逃げ出してしまい、下位の貴族令嬢もそれを見て不思議そうにしながらもローズマリーに意見することはできなくなっているのだ。
その反面、男共も最近はローズマリーに近寄ろうとしない。邪険にしているわけではないが、今までのように寄ってくることが無くなったのだ。
恐らくはライバルに王太子が参戦したことで諦めたか、あるいは王太子と戦うことで粛正されることを恐れたかだろう。まさか本人に聞くわけにもいかないが、もしかしたらフランク王太子が何かした可能性もある。
ローズマリーとしては大勢の金持ちイケメンを侍らせることができなくなった……そこだけは不服だったが、将来の王妃となるのならばそれ以外の男など不要であったし、面倒くさい修羅場回避がいつの間にかできたのだからとプラスに考えることにしていた。
残る懸念は、フランク王太子の婚約者である。
何故か、貴族の家系に産まれたのならば誰もが通うはずのこの学び舎に、王太子の婚約者は姿を見せない。人に聞いてもはぐらかされるばかりで碌な情報が入ってこないのだが、それでも地道に情報収集を行ったところ、既に学ぶ段階を飛び越して何かしらの役職で王に仕えているということだった。
名前は、公爵令嬢ジュリエット・アームストロング。建国以来の武門の家系として知られるアームストロング家の一人娘とのことなので、もしかしたら女性騎士かなにかなのかもとローズマリーは予想していた。
他の子息令嬢が学生身分でいる中、一人一人前として働いている……これは、優秀であると言うべきなのか、それとも何か不祥事を起こした罰のようなものなのかと考えるべきか。
ローズマリーは結局、どちらとも結論を付けることはできなかった。さりげなくフランク王太子にその話題を振っても、その話題にだけはまともに答えようとせずに口をつぐんでしまう。まあ、浮気相手に本来の婚約者の話をしたくないというのも当然の話なので、ローズマリーとしてはあまり深入りできることではなかったが、他の誰に聞いても結果は「知らない」以外は似たようなものなのだ。
(同じ場所にいれば、陥れる方法なんていくらでもあるんだけどなぁ)
ローズマリーは、今日も王太子の隣で微笑みながらそんなことを考える。
もし同じ学び舎に通っていたのならば、その婚約者が自分を虐めているだとかの印象操作から始め、物品の盗難や暴行、果ては殺人未遂や狂言誘拐の罪を着せるなど地位を危うくする手段はいくらでもある。
もちろん根本的な身分の差は覆しがたく、向こうが権力を持ち出してローズマリーの主張を封殺するということは可能だが、そうなればむしろローズマリーの勝ちだ。既に権力という点では王に次ぐ存在の心を手にしているのだから、権力に任せたもみ消しなどという心証最悪なことをしてくれれば王太子を動かして勝利するだけでいい。
そもそも権力者なのだからそんなことをする必要が無い――なんて言うのならば、いくらでも証拠を用意してやれば良い。相手のスケジュールを調べ上げ、アリバイの有無を調べ上げ、もしかしたらという空気を作る。それだけでこの手の嫌がらせには十分なのだ。
しかし、そんな計画も、婚約者本人と接点が無いのならば机上の空論だ。いくらローズマリーが人心掌握のプロであるといっても、接点ゼロではどうすることもできないのである。
そんなことを思っていた、その時のことだった。
「……そういえば、マリーにお願いがあるんだ」
「あら? なんですの?」
普段ローズマリーから一方通行でおねだりをしている二人では珍しく、王太子からのお願いだった。
ローズマリーは入念な研究を重ねた『男がグッとくるちょこんとした首の傾げ方』を実践しながら、さてなんだろうと推測を巡らす。
(お願い……金銭であるわけはないから、この手の花畑男の定番だと思い出が欲しいとかかしら? 身体――はいくら何でも一国の王子が求めるには軽率すぎるし、身につけている小物くらい? 手編みのなんちゃらが欲しいとか言われたら面倒くさいわね……あるいは、手作りのお弁当とか?)
今までの経験から、王太子のお願いを何パターンか予測してみる。何事も、事前に想定しているかいないかで反応の質が変わるのだ。
ちなみに、ローズマリーの裁縫や料理の腕はプロ級である。より具体的に言えば、能力重視主義の男用に作る一流の職人に匹敵する高品質系と、ドジでおっちょこちょいな女の子好きな男用の『頑張って作ったの』感を出すためのやや拙い系を使い分ける腕を持っているのだ。
もちろん、その使い分けを活かすため、会話の中で得られる相手の些細な仕草や表情からどのタイプかを分析する能力も持っている。
これはプレゼントだけでは無く普段の接し方にも応用され、性欲が優先順位の一番上に来る男相手には娼婦のように大胆に、うぶで女の子に夢を見ているタイプの男なら一歩引いて家庭的な演出をし、賢い女が好きという自分を賢いと思っている男にはそれに相応しい知性キャラを演じるなど、様々な分野で必要な技術だ。
もちろん、その全てに対応できるように知識面では様々な分野を修め、礼儀作法だって本気を出せば専門家であるマナー教師にも負けないようなレベルを持っている。
更に、裏工作用に筆跡の偽造から声帯模写などの特技も完備だ。そのくらいできずして人を陥れるなんて偉そうに空想するわけも無い。
なんなら、声の抑揚やちょっとした仕草で簡易的な催眠術にかけることもできる。洗脳するわけでは無いので人格が変わるわけでは無いが、本来ならば拒否したはずの提案についつい頷いてしまう……程度のトランス状態に落とす技術を合わせれば完璧だ。やろうと思えば、令嬢を同性愛に目覚めさせて籠絡することも不可能では無いだろう。
何故そんな技術を持っているかと言えば、それはベース男爵家が貧乏だからである。貴族という階級の端っこにギリギリ乗っているような貧乏一家であり、幼い頃から惨めな思いをしてきたのだ。
そんなローズマリーが、幼い頃に出会った一人の女性がいた。ベース家からいつもむしり取っていた百戦錬磨の商人を弁論術で完膚なきまでに叩きのめし、利益をかっさらっていたその女性は、夫と共にこの国に来ている旅行者と名乗り、貴族にして商人をしているという才女であった。
その技術を教えて欲しいと短期間の弟子入りを行い、より高みを目指すならば身につけるべき数々の技術を伝授してもらった。その教えを元に、今日まで鍛錬を怠ること無く高めてきたのである。
全ては、男を籠絡し、金と権力の高みへ上がった支配者となるために。
無論、男に媚びへつらっているはしたない女などというものもいるが、ローズマリーのターゲットは女なんていくらでも手に入れられる高位貴族の子息なのだ。
当然、それに選ばれるどころか支配するほどに惚れさせるとなれば、並々ならぬ努力が必要となるのは言うまでも無い。可愛いだけで逆ハーレム作れるほど世の中は甘くなく、何事も努力は必要なのである。
故に、ローズマリーは下位貴族の令嬢から陰口を叩かれた『王妃教育を受けていない下位の令嬢が王妃になれるわけが無いじゃない?』という言葉に自信を持ってこう答えられる。
舐めんじゃねぇ、と。王妃になれる程度の教養だけで、多数の家格が格上の令嬢から男ぶんどってイケメン高位貴族逆ハーレム作れると思ってんのか、と。
そんなレベル、とっくに通り過ぎてんだよ私は、と。
それが、魅了と謀略の技術に血の滲むような訓練を重ねてきたローズマリーという女なのだ。
……正直、こんなことしていないで今すぐにでも王国の諜報機関に就職した方がいい。その根性と実力があればきっとすぐにエースになれるだろう。
「……マリー?」
「あ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてしまいました。暖かいですからぁ」
積み上げてきた努力を思い返して、ついつい王太子のことを忘れていたと、ローズマリーは誤魔化すように笑った。
もちろん、そのはにかんだような笑みは『貴女と一緒にいるのが幸せでついぼーっとしちゃいました』と男側が自然と思ってしまうよう計算されたものである。
「仕方が無いなぁマリーは。それでね、お願いなんだけど……」
「はい。なんでしょう?」
「突然なんだが……私の婚約者になってくれないか?」
「えぇ?」
突然の王太子の要請に、流石のローズマリーも0.01秒ほど思考が停止した。
が、すぐに起動してどう答えるべきか思考をフル回転させる。数多の可能性を瞬時に想定し、今この場で口にするべき返答は――
「……喜んで、と私も言いたいです」
――はぐらかす、だった。ここで飛びついてしまうのもありなのだが、懸念事項が残っている段階で迂闊にエサに食いつくのはよろしくない。
釣り人だと思っていると、いつの間にか釣られる側になっている。この世界ではよくあることであり、美味しいエサほど慎重には鉄則だ。
「ですが、フランク様には婚約者の方がいらっしゃるはずでしょう? その方を差し置いて、私如きが頷くわけにはまいりません……」
王太子のことは愛している。しかし、二人の間には大きな障害物があり、手を取ることができないのだ。
……という感じに、何かしらの試練を与えるとやる気を出すタイプ。俺が俺がという自分中心主義者で、頼られることに幸せを覚える男。好きな女のタイプは、自分より弱い人間――それがフランク王太子のローズマリー式心理分析の結果である。
「そのことか」
「はい。お気持ちは嬉しいのですが、そのような不義理はフランク様はもちろん、婚約者のジュリエット様にも失礼ですわ」
「……心配するな。実は、頼み事というのはもう一つあってな」
フランク王太子は、そこで言葉を切り、何か覚悟するように気合いを入れ、改めてローズマリーへと語りかけた。
「今週末の、王族主催のパーティ。私のパートナーとして来てくれないか? そこにジュリエットも来る。そこで、正式に婚約破棄を告げ、キミを私の婚約者にしたいのだ」
「え……」
――ローズマリーがこの話を聞いたとき、最初に思ったのは『バカかこいつ』である。
王家とアームストロング家にどんな契約があるのかは知らないが、王族……それも、王太子との婚約ともなればもはや国家事業だ。
そんなものを、そんな場所で、しかも王太子の都合――それも100%有責の浮気でぶっ壊す。そんなことをすれば、どう考えても破滅するのはこちらである。王家主催のパーティをぶち壊すだけでもあれなのに、そんなことになれば失うばかりで何一つ手に入ることはないだろう。
いや、正確に言えば婚約破棄自体は叶うだろうが、その代償に王太子の地位は剥奪され、ただの男となるのは確実だ。
金と権力を何よりも愛するローズマリーとしては、真実の愛とかそんなものに現を抜かして金と権力を捨てた男になど興味は無い。だというのに、この男はそんな道を歩もうとしている。
これはどうすべきかとローズマリーは真剣に悩んだ。
(どうする? 確かに王妃の座は狙ってたけど、それには入念な根回しと裏工作を行ってからというのが前提条件。今の段階でそんなことを言ったって、この男と二人仲良くあの世行きになりかねないわね。かといって、止めるのは――)
ローズマリーは、状況を説明し、諦めさせるという手は使えないと即決する。
フランク王太子の性格は、自分中心主義者。自分の考えが一番正しく賢いと信じている自信家であり、そのため意見の否定を何よりも嫌う。
もしここでローズマリーの口から王太子の提案を否定すれば、せっかく稼いできた好感度が駄々下がりになる恐れもある。なにせ、その無謀な計画は、何よりもローズマリーのためにフランクが考えてきたものなのだから。
ならばと、ローズマリーは少々苛烈な策に出ることにした。
「……わかりましたわ。私、フランク様についていきます!」
「そうか! 引き受けてくれるか!」
この場は引き受け、週末までに裏工作をする。それがローズマリーの決断だった。
流石に所詮は男爵令嬢でしかない自分を今すぐに次期王妃の地位につけるということは不可能だが、極力自分達が傷つくことなく、仮想敵である顔も知らないジュリエットを悪役にする。それしかない。
一先ずジュリエットの排除だけを優先し、その後自分の地位向上は後で補完する。困難の分割、という奴だ。
その日はそれで別れ、深夜にローズマリーは理由をつくって街に出かけた。帰り道に立ち寄った店に忘れ物をしたので取りに行く、という大義名分を作り、夜の街を一人で出歩いたのだ。
本来ならば、いくら爵位が低いと言っても貴族令嬢なので護衛がつくが、それは眠らせた。具体的には、ローズマリーお手製のしびれ薬を嗅いで今まさに道ばたに転がっていた。
ローズマリーの常識において、権力を狙うのならば、毒と薬の知識は基本教養である。
(これで護衛が深夜に倒された既成事実は完成。後は……)
ローズマリーは、どこにでもある量産品のナイフを取り出し、奇妙な持ち方をする。
そして、そのまま手にした白刃を、自分の腕に迷い無く振り下ろしたのだった。
「痛っ――! クッ!!」
突き刺したナイフを抜き、地面に放る。
そして、そのまま血を流しながら地面に倒れ込む。同時に、懐から手紙の切れ端を取り出し、それを汚れすぎないように血だまりを避けて置いた。
(これで、被害者の地位は、ゲットよ――!)
血は流れるが傷跡は残らない刺し方と、医者が見ても人に刺されたとしか思わない刺し傷となる持ち方の併用。そして、急遽取り寄せた公式文書より学習したジュリエット・アームストロングの筆跡をコピーして作り上げた、犯行指示の文書の切れっ端。刺客に襲われた際、護衛が必死の抵抗で刺客の持ち物からむしり取ったものであるという設定だ。
護身術もしっかりと身につけているローズマリーは、実は護衛より強かったりもするが、そんな情報を漏らしても百害あって一理なしである。
これで、ジュリエットの指示で襲われたのだと言い張れるだけの証拠は作ることができただろう。本人の情報がもっとあればより精密な事件現場を作れるのだが、見知らぬ他人が相手ではこれが精一杯。
後は事件を調べる騎士と王太子に『相手は公爵令嬢です。恐らくは私とフランク様が親密であることを聞きつけての犯行でしょうが、そう簡単に尻尾を出すようなことはありません。ここは確実に相手が現れるパーティの時を狙いましょう』とでも誘導して本番に向かい、とにかく嫉妬に狂った相手が悪いのだと印象操作を行う。圧倒的に有責の王太子に、少しでも正義があるという認識さえ持たせることができれば上出来だ。
とはいえ、本気で調べればジュリエットが関わっているわけでは無いことも、あるいは判明するだろう。しかし、仮にも貴族令嬢が自分で自分を刺して――それも、僅かでも迷いがあれば作れないような真に迫った傷を作るような裏工作するなどと考える者はそうはいまい。そもそも証拠を残すようなへまはしていないし、後は運を天に任せるのみだ。
「本気で傷を受けてまでやったんだから、効果あるといいんだけどな……」
もしダメだったときのための国外逃走経路の確保と、今まで王太子から巻き上げた金品の避難の手配は既に完了している。
作戦が失敗したときの国外逃走まできっちり用意した上で、ローズマリーは誘導しておいた第一発見者がここに来るまで、為す術もなく斬られた被害者として倒れ伏すのだった。
後編は明日更新予定。
女とか選び放題取り放題の高位貴族の子息を軒並み洗脳レベルで惚れさせるとか、普通に王妃やるよりも難易度遙かに上だと思いません?
しかも、相手は無教養のスラムの貧民では無く、最高レベルの教育を受けている秀才軍団ですからね。それを恥も外聞も常識も捨てさせるほどに支配するなど常人には不可能でしょう。
その人心支配能力を外交で使えば間違いなく歴代屈指の偉大な女王になれますよ。