誘拐犯とポセイドン
シンシアは、誘拐犯の車に乗せられていた。
声をあげられないように、口にガムテープを貼られていた。また、動けないように、両手を後ろで縛られている。
奴隷として利用されるのか、物好きな誰かに売られるのかはわからない。しかし、口元のガムテープと手首のロープを除けば、丁重に扱われており、怪我はない。車の後ろの席に座らされているだけだ。
この車は、道路を走っている。
シンガポールの道路は綺麗に舗装されている。
しかし、道の周りには多くの緑が残され、緑の中を快適に走行できる。シンシアは、車に備えつけられているエアコンの冷たい風を全身で堪能していた。車の外の熱そうな景色を眺めながらも、肌に感じる冷たい空気に、夢見心地だった。誘拐されたとはいえ、余裕である。
シンシアは、見た目はか弱い幼女である。
成人男性と戦っても、普通なら、勝ち目はない。しかし、海神ポセイドンの力を使えば、勝つ方法はいくらでもある。逃げようと思えばいつでも逃げ出せる。人体の70%は水である。体の中の水を操れば、誘拐犯を殺すのは簡単だ。しかし、殺すのは後々面倒なので、好機が訪れるのを、車の中でじっと待っていた。エアコンの風を堪能しながら。
シンシアは、対向車線に、トラックが向かってくるのを見つけた。
思わず、ガムテープの下の口元に、ニヤリと笑みを浮かべる。
バリィィン!
ガラス瓶だ。
対向車線を走るトラックの荷台から、すれ違いざまに飛んできたのだ。そして、車のフロントガラスを割った。
「No way! What’s a fuckin’ guy. (うわっ、おい。何だよ、このやろー)」
誘拐犯は驚き、急ブレーキを踏む。
急ブレーキで、車は大きく揺れる。シンシアは、後ろの席で、必死に衝撃に耐えた。
車のフロントガラスが割れ、外から温まった空気が車内に流れこむ。
誘拐犯は、ハンドルに手をつきながらも、顔を上げ、割れたフロントガラスのかけらを振り払う。フロントガラスがなくなり、誘拐犯の目の前には、ガラスを通さない綺麗な景色が広がっていた。そして、その景色の中でひときわ目立って、キラキラと輝いていたのは、ガラス瓶だ。
トラックの積み荷から転がったガラス瓶が、宙に浮かんでいた。
そして、そのガラス瓶は、誘拐犯をめがけて、飛んできた。その数およそ12本。1ダース分のガラス瓶が次々に、誘拐犯の顔面めがけて飛んでくる。
もちろん、これは、シンシアの力である。ガラス瓶に入っている水も、自由自在に動かせるのだ。
バコッ! ボコッ! バシッ!
鈍い音を立てる。ガラス瓶が、誘拐犯の顔に、立て続けに当たる。
「Ouch! Damn it! (痛ってぇ!)」
誘拐犯は、車から転がるように飛び出した。
シンシアは、ガラス瓶から飛び散った水を一箇所に集めた。その水で手の形を作り、口元のガムテープを剥がす。
「ふぅ〜」
さらに、水でナイフを作り、両手を縛っているロープを切った。
「やれやれ」
シンシアは、両手をブラブラ振る。か弱い4歳児を誘拐するなんてひどい輩がいるものだ。お灸を据える必要がある。
幼女シンシアとしても、海神ポセイドンとしても。
シンシアも、車から降りた。
車は道の横の広場に止まった。舗装はされておらず、芝生になっている。
誘拐犯は、シンシアの方に拳銃を向けている。
「Hey, fuckin girl! How did you break the rope? Anyway, I won't let you run away as I finally found an incredible sexual toys! (待て! どうやって縄を解いた? でも、逃げてもらったら困るんだよ。せっかく上物の商品を見つけたのに)」
誘拐犯は少し震えながらも、シンシアから拳銃を逸らさない。
「What toys? (商品?)」
シンシアは、誘拐犯をギロリと睨む。怒りのあまり、つい英語で返事をしてしまった。
おそらく、シンシアは、誘拐され、奴隷か何かにされる予定だったのであろう。シンシアは金髪、青目の可愛い幼女なので、奴隷と言うよりは、違う使い道がありそうだが。
「あんた、わたしをなめていないか?」
誘拐犯はただ怯えていた。
彼は、シンシアの言葉は理解できない。ただ、シンシアの尋常ではない雰囲気に、怯えていたのだ。誘拐犯は拳銃をシンシアに向けながらも、後ずさる。
その誘拐犯に、シンシアは、ジリジリと近づく。
時折吹く熱風が、シンシアの金色の髪の毛を舞い上がらせる。シンシアの青い目には強すぎる太陽の日差しが、二人を照らしている。
床に転がったガラス瓶が、風でカラリと転がる。
シンシアは、ふぅ、と少し息を吐いた。
転がっていたガラス瓶が、地面から、フワリと浮き上がった。
まだ割れていないガラス瓶が、7本。
7本のガラス瓶はシンシアの周りを浮遊している。
ボゴッ
1本のガラス瓶がレーザーのように誘拐犯の手を撃ち抜いた。
拳銃が弾かれる。
ボトッ、と乾いた地面に、拳銃が落ちる。
「Ouch! Damn it! Fuckin! What the hell! (痛って! 何なんだ? 一体、何なんだよ)」
誘拐犯は、右手を抑えながら、さらに後ずさった。
「俗物めっ! くらえ」
シンシアの声とともに、ガラス瓶が誘拐犯に一斉に飛んでいく。
その刹那、ガラス瓶は、誘拐犯の頭、右腕、左腕、右足、左足を、次々に撃ち抜く。
キーーーーン!
そして、最後の一本が、誘拐犯の股間を撃ち抜いた。
誘拐犯は白目を剥き、その場に倒れこんだ。
「ははは、思い知れ! 俗物が!」
シンシアは声をあげて笑った。