海のリザレクション
研究船パーズAは太平洋を南下していた。
南極大陸に向けて進行中だ。
「シンシア! いるか? ついに生まれたんだよ! シロナガスクジラの赤ん坊が!」
大城戸ファミリーの居住部屋に、博士の大声が響きわたる。
「は〜い。いるよぉ〜」
バタバタ
……と、足音を立てて、シンシアとさーべるちゃんが、玄関の方に駆けてきた。
「シンシア! ついにシロナガスクジラの赤ん坊が産まれたんだよ!」
博士は満面の笑みで、近づいてきたシンシアに話しかける。
イブカがシロナガスクジラの赤ん坊を産んだのは、つい先ほどのことだった。
博士は、ウェイと一緒に出産に立ち会ったのだ。
そして、博士は大急ぎでシンシアに知らせに来たのだ。
博士は、シンシアとレイアを飼育部屋に連れてきた。
もちろん、アムルとさーべるちゃんも一緒だ。
「わぁ、すごい〜」
巨大水槽の中に泳ぐシロナガスクジラの赤ん坊を見て、シンシアが感嘆する。
(兄者にそっくりだなぁ)
アムルがシンシアの脳に語りかけた。
アムルはかつて最高神ゼウスであった時に、海神ポセイドンに会っているのだ。
シンシアに生まれ変わる前の海神ポセイドンの姿を知っていた。
「そうだね〜」
シンシアは、その赤ん坊をじっと見つめていた。
クジラの赤ん坊は、母親のイブカと異なる顔立ちをしつつも、その小さい体を存分に動かし、母親イブカに甘えていた。
博士も、シンシアの後ろから、シンシアとクジラの赤ん坊を、見つめていた。
イブカの巨大水槽の中では、4ヶ月で順調に大きくなった2匹目のイブカも、元気よく泳いでいた。
時折、母親イブカに近づいてきては、その母親の横にいる新しく生まれた兄弟のクジラにも興味深かそうに頬ずりをしていた。
シロナガスクジラの作製は、博士の大きな目標の一つであった。
シンシアの元の姿の動物を作り出すことは、海神ポセイドンの復活のためにも重要であると博士は知っていたのだ。
――――――
「さぁ、クジラも作ったし。順調だなぁ〜」
博士は、大きく背伸びをした。
暖かい潮風が博士の髪をなびかせる。
大城戸ファミリーはみんなで、研究船パーズAの甲板にいた。
さーべるちゃんの散歩がてら、外の景色を見て回っているのだ。
といっても、いつも見えるのは海だけである。
研究船パーズAは赤道を越えて南半球に入っていた。
外は暑い。
太陽の光は、研究船パーズAの甲板に容赦なく降り注いでいる。
「あ〜暑いなぁ、何か冷たいものが食べたいなぁ〜」
シンシアは、寒さにはめっぽう強いが、暑さは苦手なのだ。
お気に入りの麦わら帽子を被りながらも、汗をだくだくと流している。
「そう言えば、シンガポールのかき氷は美味しかったよなぁ〜。あの時は、シンシアが誘拐されちゃったからなぁ。今となっては笑い話だけど、本当にどうなるかと思ったよ」
暑さでうなだれるシンシアを見て、博士はシンガポールのかき氷とシンシアの誘拐事件を思い出した。
それは一年以上も前のことである。
博士が目を離した隙に、シンシアが誘拐されたのだ。そして、シンシアは誘拐犯を倒し、自力で帰ってきたのだ。
「なぁ、シンシア。ここで遊ぶのが、最後の休息って感じだよ。南極に着いたら、きっと遊んでいられなくなるよ」
博士は、シンシアの方に目を向けた。
南極では、おそらくは、『シーピーズ』との戦いになる。
「そうだね。覚悟はできているよ」
暑さでうなだれた顔をしながらも、シンシアは力強く頷く。
「僕らは、武器を持っていないからなぁ、シンシアとアムルだけが頼りだよ」
博士は、シンシアとアムルに笑いかけた。
アムルも、レイアの背中で、クスッと笑い返す。
博士も、父親として、自分が先頭に立って戦いたかった。子供達を危険に晒したくないのだ。
それでも、これは仕方のないことでもあった。
博士とレイアはただの研究者である。普通なら戦闘することなどない。
パシャン
「あれ? パパ? あそこで、何か飛んだよ!」
海を見ていたシンシアは、海の上に飛び上がった一匹の魚を見つけた。
「あぁ、ほんとだ、魚がいるね」
博士もそれを見た。
パシャン
パシャン
数匹の魚たちが、彼らの存在を主張するように飛び跳ねていた。
「あれは……。」
博士たちが見た魚は、『アジム』に似ていた。
アジムが進化した魚なのかもしれない。
「あ……、そういやぁ、前の研究船パーズが太平洋沖で潜水艦に襲われた時に、色々と放流したよなぁ。ちゃんと育ってくれているんだね」
博士は、しんみりとした口調で言う。
研究船パーズが太平洋沖で潜水艦に襲われたのは、一昨年の7月の終わりのことだった。
あれから1年半程の時間が経った。
あの時に放流された魚たちは、子孫を作り、少しづつ進化を遂げ、この広い海原の中で、元気に育っていたのだ。
「ほんとだ、私が作った魚が、ちゃんと生きていてくれる」
シンシアも笑顔を浮かべる。
「そう、ちゃんと生きていてくれるんだよ」
博士はシンシアの言葉を繰り返した。
シンシアが作り出した『アジム』は、他にも、アメリカのカリフォルニアサンディエゴの海洋生物学研究室のパトリック教授、ウッズホールの海洋研究所のデイビッド教授、イギリスのマーク教授が育てている。
彼らもまた、その『アジム』から新しい魚を作る研究をしている。
シンガポールにも、博士が作製したベニクラゲがいる。
研究船パーズは壊れてしまったけれど、博士たちが作ったものは、世界中で残っているのだ。
「僕らの足跡は、ちゃんと世界中に付いている。研究船パーズと僕たちの研究の意味はあったんだよ」
博士は、大きく言葉を噛み締めた。
「シンシア。海はちゃんと戻りつつあるね」
「ねっ」
シンシアと博士は顔を合わせ、大きく、大きく頷いた。




