シンガポールの研究機関
研究船パーズはシンガポールについた。
港に停泊中である。
シンガポールは小さな国である。近代的な街でもあるが自然も多く残っている。道から見える景色は、緑が目立つくらいだ。青空と、道の横に並ぶ木々が、田舎を彷彿させるが、道は綺麗に整備されており、快適だ。道の横では、蘭が所々で色とりどりの花を咲かせている。
博士はシンガポールにある研究施設を訪問した。
エビの人工合成の研究室に用があるのだ。シンシアとさーべるちゃんも、博士の付き添いである。研究施設までは、港から20分ほど離れた島の中腹にあった。
その研究施設の敷地内には池がある。5メートル四方の大きさの石の囲いの中に海水が循環しているのだ。そして、その水槽からは、大小様々な木々が生えている。
いわゆるマングローブである。
シンシアが言うには、汽水域の生物はガイアとの合作だそうだ。
なので、ポセイドンが消えても汽水域の生物の一部は消えないようだ。ちなみに、陸上の動物はガイアの管轄であり、ガイアが消失すると、地球上のすべての動植物がいなくなるらしい。ただ、『人間』は他のいくつかの神々の合作なので、ガイアが消えても、『人間』は消えない、らしい。
博士はマングローブの間を泳いでいるエビを見つけた。
「あ、シンシア。見てごらん。エビがいるよ」
博士は池の中のマングローブの根っこの部分を指差す。その先には、赤い小さなエビが多数泳いでいた。
エビは、この研究施設の一つの研究室で合成された。
同じ甲殻類である昆虫を組み換えて作ったらしい。博士は、このことを、論文を読んで知っていた。しかし、実物を見るのは初めてである。実在していたエビよりも小ぶりな感じで、大きさは1cmほどしかない。しかし、姿はどう見てもエビであった。
小さな赤いエビが、マングローブの根っこの周りで、わさわさと泳いでいる。
「わぁ、ほんとだ、エビだ」
シンシアは、池のすぐ手前にしゃがみこむ。さーべるちゃんも水面に向かって、興味津々に鼻をひくひくさせた。
「あ、じゃあ、シンシア。ここでちょっと待っていてくれないか。すぐ戻る」
博士は、そう言い残し、研究所の建物の中に入っていった。
シンシアとさーべるちゃんは、博士に返事をしつつ、エビを眺めていた。
博士は、この研究室で、エビの幼生を分けてもらった。
50ミリリットルのチューブに入れてもらった。博士はそれをビニール袋にしまい、カバンに入れた。今回の目的の一つがこれである。完成したベニクラゲと交換で、エビを分けてもらったのだ。ゲノム編集でゲノムを改変して新しい生物を作り出すよりも、交配によって作り出す方がはるかに楽だからである。
博士は、エビとベニクラゲから、『エビクラゲ』なる新しい生物を作ることを計画していた。
「終わったよ、シンシア。ちょっとその辺でも散歩していこうか?」
研究室を出た博士は、水槽の前でエビを眺めていたシンシアに声をかけた。
「うんっ」とシンシアは頷き、「バウ」とさーべるちゃんは吠えた。
シンガポールは赤道に近く、日差しは強い。燦々と照る太陽が、博士、シンシア、さーべるちゃんの2人と1匹に降り注ぐ。
シンシアは、麦わら帽子をかぶり、直射日光を防いでいたが、暑さでぐったりしていた。海神ポセイドンであった時には、南極大陸の近くの冷たい海域に住んでいた。つまり、暑さに対して免疫がないのだ。
水色のシャツと白いスカートという涼しげな格好ではあるが、汗をびっしょりかいていた。シンシアの横では、さーべるちゃんも、舌を出して、「ハッ、ハッ」としている。
「暑いね。シンシア。もうちょっとの辛抱だよ。もう少ししたら、いいものを食べさせてあげるから」
と、博士は言う。そして、博士に連れられて、シンシアとさーべるちゃんは近くの小さな店に入った。
目の前に運ばれてきたものに、シンシアは目を開いた。
マンゴーかき氷である。
ガラスの器に、氷の山が、シンシアの頭よりも大きく盛られ、黄色いシロップがかけられている。氷山の周りを堤防のように囲んでいるのは、淡いオレンジ色に熟したマンゴーだ。今まで見たことのない大きさのかき氷である。
「つめた〜い」
冷たく、甘い、かき氷である。シンシアは舌鼓を打つ。博士は自分の分のかき氷の半分を、さーべるちゃん用に取り分けている。
「きゃ、あっ!」と、シンシアが声を出す。
通行人が急にシンシアに駆け寄ってきて、シンシアを持ち上げたからだ。
「シンシア!」
博士が机の下のさーべるちゃんにかき氷を渡そうとシンシアから目を離した。その一瞬であった。シンシアもまた、かき氷に夢中になっていた時であった。
シンシアは、誘拐された。
博士とさーべるちゃんはすぐに立ち上がり、男の後を追った。
シンシアの頭から落ちた麦わら帽子が、テーブルの下で、そよ風に吹かれ、ゆらゆらと揺れていた。
次回、ちょっとしたバトルです。ブクマをつけて、お待ちください。
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