筋肉は裏切らない
大城戸博士は、再びジムに来ていた。
以前滞在していた時と同じ、千葉の臨海実験センターのすぐ近くにあるジムだ。
ジムのインストラクターの中山美希とは半年ぶりに会った。
彼女は、ここでずっとインストラクターの仕事を続けている。
ずっと、何も変わらずに。
博士の精神状態も完治したとは言い難い。
そう簡単には癒えない傷を、心に負ったのだ。
こんな時に、いや、こんな時だからこそ、筋トレが必要なのだ。
父親として、娘と息子を守らないといけないと言う使命感と自分の力で何もできなかった無力感が、博士を駆り立たせていた。
博士は、ベンチプレスを終え、汗を拭きながら、休憩室の椅子に座る。
「あまり負荷をかけすぎるのも体に良くないですよ、大城戸先生」
と、博士のインストラクターの中山美希が、博士に話しかけた。
博士は、中山が指定した以上のトレーニングを行なっていたのだ。
「わかってはいるんですが。できるだけ力が欲しんですよ。いざという時のために……。」
「う〜ん、気持ちはわかりますがねぇ。でも、どれほど力があっても、全てのものは守れないですよ」
中山は、博士の横に腰掛けた。
中山は、インストラクターをするだけのことはあり、筋肉がついている。女性ではあるが、筋トレを始めて1年程度の博士よりも隆々とした筋肉をしていた。
「そうですね。どれほど力があっても……。無力です」
博士が頷く。
海で最強の海神ポセイドンと天界最強の最高神ゼウスの2人が揃っていても、無力だったのだ。
博士がいくら筋肉をつけたところで……、無力だ。
博士は、自分の右手をぎゅっと握りしめた。
確かに、一年前よりも、筋肉はついた。そして、たくましくなった。
(だがっ、何も守れなかった……。)
博士は、目を閉じて頭をかかえる。
「どうかしましたか?」
中山が、心配そうに博士の顔を覗き込む。
「いえ、何も……。」
博士は軽く、首を振った。中山と自分への否定の意味だ。
「大変だったんですよね。いや……、最近、あのニュースばかりじゃないですか。あの……こんなこと聞くのは、失礼かと思いますが、あの船は、大城戸教授が乗っていらした船ですよね?」
「はい、そうです」
博士は、頷く。
「ニュースでは、あの船は、『奇跡の船』と呼ばれているんですよ。生きて残った人々がいたことが奇跡のように……。当人たちにとったら、そんなもてはやした言い方は嫌だと思うんですよね。でも私も、やっぱり奇跡だと思います。生きていることが奇跡なんだって。大城戸教授は、せっかく生き残ったんですから、もっとその命を大切にしてください。生きられなかった他の人たちのぶんも、幸せを掴んでください」
中山は、大城戸博士の方に顔を向け、熱く語る。
「筋肉をうまくつける指導は、致します。しかし、負荷をかけすぎるのも良くないのです。もっと、管理をしっかりしてください。今の大城戸教授は、ただ体を痛めつけているようにしか見えません」
中山は、じっと博士の目を見る。
「はは、そうですか……。」
博士は、右手で、頭をポリポリと掻いた。
先日、レイアに言ったことと同じことを他人に言われてしまったのだ。
嫁のレイアの前だから、強がっていたが、やはり人はそう簡単に立ち直れるものでもない。
何度でも気づかされる。
博士は、もう一度目を閉じ、深呼吸した。
「はい。気をつけます。その、ありがとうございます」
博士は、隣にいる中山の方を向き、軽く頭を下げた。
「いいえ……。結果につなげるのが私の仕事ですので」
中山は、そう言って、口元に笑みを作る。




