お留守番
シンシアは、実験室内の大水槽を眺めている。
身長が1メートルに満たないシンシアは、大水槽の横から、水槽の中を見上げるかたちになる。顔を近づけると、まるで海水中にいるかのような光景が広がる。
目の前には、ヒヤシンスとチューリップが色とりどりの花を咲かせ、上を見上げると博士が作ったベニクラゲがプカプカと泳いでいる。海水の向こう側の実験室の蛍光灯が海水中にぼんやりと映って見える。蛍光灯の光は、ベニクラゲを通し、シンシアの目に入る。赤いベニクラゲは、海水中で、自身の赤を主張していた。
「きれいだね。さーべるちゃん」
さーべるちゃんは、「バウ」っと、シンシアに相槌を打つ。
「あら。その赤く浮かんでいるやつは何?」
声の主は、スタント・アーシー (Stanton Ashley;イギリス人女性)である。
レイアと同じ、金髪、青目のイギリス人であるが、アーシーは日本語を勉強したので、英語も日本語も両方話せる。もちろん、第一言語は英語だ。
大城戸研究室の技術補佐員であり、実験の補助のために雇われている。主な仕事は、博士とレイアの実験の手伝いである。たまに、シンシアのお守りも任される。
「これはねー。クラゲだよ」
シンシアは、アーシーに説明する。
さーべるちゃんもシンシアの横で「バウバウ」と説明する。
「あら、そう。可愛いね、こいつ。頑張って泳いでいる。やっぱり、動物は可愛いよね。この水槽も、早く魚とかで賑やかになればいいのにね。お父さんとお母さんに頑張ってもらわないとね」
アーシーは、大水槽の中にいるベニクラゲに目をやる。そして、大水槽を上から覗き込む。
ベニクラゲたちは、丸い体の縁から生えた小さな毛を動かし、懸命に浮かんでいた。その奥の、水槽の底では、ヒヤシンスとチューリップが、青、赤、黄色のカラフルな花を咲かせている。
博士とレイアは会議に出席中であり、研究室を留守にしている。
月に一度、研究機関パーズの中の研究員が集まり、会議をする。研究の進捗報告会や船の進路、船の現状など幅広く議論するのだ。パーズ内の教授から助教までの50人ほどが集まる。
博士とレイアの留守の間、アーシーが、シンシアのお守りをしている。
「おやつでも食べる?」
と、アーシーはシンシアに聞く。
シンシアは、「うん」と笑顔で答える。シンシアの横で、さーべるちゃんも「バウ」と答えた。
2人と1匹は、居室に移動した。
居室には冷蔵庫、電子レンジ、シンクがあり、軽く飲食の準備もできる。もちろん、冷蔵庫の中には、シンシアのお菓子も常備してある。
シンシアの好物は、チョコパイである。
海神ポセイドンは海の中に住んでいた。そのため、基本的に、食べ物は塩辛い。人間に転生して、初めてチョコパイを食べた時から、これの虜だ。
パリッとしたチョコレートと、中に入ったふんわりとしたスポンジケーキ、中に挟まれた、あま〜い生クリーム。甘さのトップスリーが集合したチョコパイの魅力に、海神ポセイドンも陥落したのだ。
シンシアは、両手から余る大きなチョコパイに、ガブリと噛み付く。
口の周りにチョコレートがつくが、まったく気にしない。シンシアは、右を向き、ストローに口をつけ、オレンジジュースに舌鼓を打つ。甘いものだらけのお菓子タイムに、自分が海神ポセイドンであったことなど完全に忘れているようだ。
シンシアの横で、さーべるちゃんも骨ガムに、かぶりついている。
尻尾を、ブンブン振り回し、ご機嫌である。
さーべるちゃんは名前こそケルベロス(Cerberus;サーベラス)から名付けられたものの、普通のゴールデンレトリバーである。もちろん、特殊能力はない。シンシアといつも一緒にいるため、シンシアと仲が良い。会話ができているのではないかと思えるくらいだ。
普通の可愛いらしいワンコとして、シンシアの横で骨ガムを堪能中だ。
シンシアとさーべるちゃんは、二人とも、お菓子に夢中である。
アーシーは、その二人を眺めつつ、ホットコーヒーを飲む。甘いものは控えている。ただいま、ダイエット中なのだ。
シンシアとさーべるちゃんは、アーシーとともに、楽しいおやつタイムを過ごした。
平和な昼下がりのことであった。




