ベニクラゲ人工合成
大城戸博士は、ベニクラゲを人工的に作り出した。
ベニクラゲは基本的に不死身であり生命力が強い。最初に合成する動物として最適であると、博士は考えていた。そこで、博士はメインテーマとしてベニクラゲの人工合成に取り組んでいたのだ。
人工的に合成したゲノムDNAを、脂質と人工合成タンパク質で作製した膜で包み、ベニクラゲの細胞核を人工的に作った。一方で、海水で育てられるヒヤシンスの生殖細胞から、細胞壁と細胞核を取り除いた。それに、ベニクラゲの人工細胞核を核移植したのだ。
こうして、ベニクラゲの遺伝子を持った細胞を作りだした。そして、擬似的な受精シグナルを与え、発生させた。
第一世代の人工ベニクラゲは、浮遊能力があまりなく、ペトリディッシュの中の海水中に沈んでいた。
そして、生き残った第一世代の細胞から第二世代を作り出した。
第二世代になり、よりまともなベニクラゲになった。真ん中に赤いさくらんぼが入った透明なゼリーのようである。しかし、それは、ほぼ完全な球形をしており、本来の姿とはまだ少し異なる。本来のベニクラゲよりも大きく育ち、直径3cm程の大きさになっていた。
第二世代のベニクラゲたちは実験室の大水槽に入れられ、その中をプカプカと元気に浮かんでいる。
「シンシア、見てごらん。クラゲだよ」
博士はシンシアに水槽を見せる。
ベニクラゲを見せびらかすために、わざわざ居室から呼んできたのだ。
大水槽の中には、すでにヒヤシンスとチューリップが生えている。水槽の中を泳ぎ回るベニクラゲが大水槽の中を、賑やかにしている。
「わぁ、すごい。にぎやかな水槽になったねぇ。やっぱり、動くものがいると違うねぇ」
シンシアは、ニパァと大きな笑顔を浮かべる。
シンシアの笑顔を見て、博士も嬉しそうである。
「What’s up? (どうかしたの?)」
と、レイアも二人の元に寄ってきた。
「You can see this. Finally, I made jellyfish! (見てごらんよ、ついにクラゲが完成したんだ)」
「You got it! Awesome! (やったね。すごいじゃん!)」
レイアはパチパチと手を叩いた。
レイアは2人を笑顔で見つめ、大水槽の中に浮かぶベニクラゲに視線を移す。1匹のベニクラゲが存在をアピールするように、水槽の壁にぶつかり、ふにゃりと形を崩す。
「なんか楽しそうですね」
と、ポスドク研究員の久保信一もやって来た。
信一は、大城戸研究室のポスドク研究員であり、大城戸博士と同様に、動物を作り出す研究をおこなっている。大城戸研究室で唯一のぽっちゃり体型である。体の太さは、一番痩せているレイアの2倍はあるであろう。身長は博士と対して変わらず、横にだけ大きいのが特徴だ。
「あぁ、久保くん。見てよこれ、可愛いベニクラゲでしょ」
博士は、大水槽の中のベニクラゲを指差す。
「あっ。可愛いですね。さすが先生。もう完成したんですか。順調ですね」
信一は、水槽を見て言う。
信一が取り組んでいるのは、ウニの人工合成である。ウニの方がクラゲよりも単純そうであるが、まだうまくいっていないのだ。過去に知られていた動物の系統では、クラゲの方が原始的な動物であり、ウニの方が、脊椎動物に近い高等な動物であった。原始的な動物の方が構造が単純だとすると、クラゲの方が、ウニよりも、人工合成するのは簡単であるはずだ。
「早く魚とかオットセイとかも作りたいですね」
と、信一が言う。
「できればね。でも、できることからちょっとずつやっていかないとね」
博士は、信一を諭す。
新たな生物種を作り出すのは簡単ではない。進化の過程を実験室内で再現するのは、大変なのだ。ベニクラゲを作り出すのにも4年近くの歳月がかかった。まだ脊索動物すら出来ていない。脊椎動物は、脊索動物が完成してからであろう。しかも、海獣類の飼育は、この研究室では無理だ。
魚や海獣類が作られるのはまだ当分先の話だ。