シンシアの誕生会
シンシアは3月15日に、5歳になった。
そこで、土曜日の夕食時に、臨海実験センターの宿舎でシンシアの誕生会が開かれた。
各々が料理を持ち寄って行うホームパーティのようなものだ。
外国では良く見かける習慣だ。そして、海外から来た研究者の多い臨海実験センターでも、良く見られる光景だ。
宿舎の1階の共通食堂にみんなが集まる。
大学生向けの臨海実習のシーズンには、この食堂は学生で一杯になる。シーズンオフの3月には、空いている日の方が多い。3月15日の土曜日もちゃんと空いていた。シンシアの誕生会のために、自由に使えるのだ。
「こんにちは〜」
「こんにちは〜。シンシアちゃん、誕生日おめでとう」
篠原陽介助教とその研究室のアシスタントの篠原かすみだ。大城戸博士と同じ研究棟に研究室を持っており、同じ宿舎に住んでいる。
「ほら、拓哉。シンシアちゃんに、プレゼント渡すんでしょ?」
かすみは、後ろでもじもじしている拓也を前に出した、拓也の背中を、ポン、と叩く。
「シンシアちゃん。誕生日おめでとう」
拓也は、うつむきながらシンシアの前に行き、背中の後ろから大きな花束を出した。
ピンクのスイートピーとピンクのカーネーションが彩られた花束だ。
「わぁ、ありがとう。たっくん」
シンシアは、笑顔で花束を受け取る。丸みを帯びた青い目をキラキラさせながら、拓也を見つめた。
「いや、まぁ」
シンシアの笑顔に、拓也は、顔を真っ赤にしている。
陽介とかすみは、真っ赤になった拓也をみて、クスクスと声をあげた。
かすみは、持ってきた料理をテーブルに広げてゆく。2人が準備した料理は、鶏の唐揚げと餃子だ。
「ごめんね、男の子向けの料理だったかしら?」
かすみは、レイアに言う。
「大丈夫です。シンシアは何でも食べますよ」
レイアは答えた。
レイアは、取り皿をテーブルに配ってゆく。
博士たちが準備した料理は、レイア特製のミートパスタと博士が作ったシーザーサラダだ。すでにテーブルの真ん中に鎮座している。
食堂には次々に人が集まってきた。
各々が異なる料理を持参し、テーブルの上が次第に賑やかになってゆく。
食堂には、30人程の人が集まった。
この宿舎に住む、ほぼ全部の家族が参加している。ほとんどが研究者である。もちろん、大城戸研究室のポスドクの久保信一と技術補佐員アーシーも参加している。
「みなさん、今日はシンシアの誕生会に集まっていただきありがとうございます」
博士が音頭をとる。
シンシアは、目の前の料理を早く食べたくて、うずうずしていた。
早くしろ! と促すような視線を博士に送っている。
「それじゃあ、始めるとしましょう」
博士が、挨拶を終えた。
「シンシアちゃん、誕生日おめでとう」
みんなが一斉に、持っていたコップを掲げる。
大人たちは、もちろん、お酒を飲み始める。
いわゆる、子供をダシにした飲み会である。食堂内の至る所で、乾杯が行われている。
シンシアの元に、律儀に乾杯をしにくる大人もいる。ジュースが入ったシンシアのコップに、ビールの缶を、コツンと当てていくのだ。
「Happy birthday, Cynthia! Cheers! (シンシアちゃん、誕生日おめでとう。乾杯!)」
アーシーもその1人だ。
大人たちは、酒を飲みつつ世間話に花を咲かせる。
シンシアは、唐揚げやミートパスタなど、選び放題の料理に目を泳がせる。
シンシアが、あれ、と指差せば、レイアが皿に色々と盛り付けてゆく。今日のシンシアは、嬢王様なのだ。
さーべるちゃんは、シンシアの足元で、鳥の唐揚げを堪能していた。
メインのバースデーケーキは、シンシアの大好物のチョコレートケーキだ。
もちろん、シンシアの分は大きめに切り分けられた。誕生日の主役特権である。
「おおきいねー。シンシアちゃん。食べられる?」
レイアが、皿にのせたチョコレートケーキをシンシアの前に置く。シンシアの前のテーブルは料理で渋滞している。
シンシアは、まだミートパスタを食べている。
「うん。食べられる」
もぐもぐと、口に物を入れながら話す。
博士に抱っこされているアムルは先月離乳したばかりである。
テーブルの上に並んでいる料理は食べられない。最高神ゼウスは、大人たちが食べている料理が美味しいであることを認識している。そして、羨ましそうにテーブルの上を眺めているのだ。
(おい、兄者。それは、美味しいのか?)
アムルが、シンシアに話かける。もちろん、脳内での会話だ。
(うん。美味しいよ。もう少ししたたらお前も食べられるようになるから。もうしばらくの辛抱だよ)
シンシアは、脳でアムルと会話をしながらも、口の中に一杯に放り込んだミートパスタを咀嚼していた。
(羨ましいな。これも、美味しくなくはないんだけどなぁ)
アムルは、博士に、すりつぶした人参を食べさせられていた。
アムルの視線の先には、シンシアのケーキがあった。
青い目がウルウルとケーキを見つめている。
茶色いチョコレートにコーティングされた、茶色いチョコレートスポンジに、さらに、チョコクリームが挟まれている。最高神ゼウスは、まだチョコレートを食べたことがない。シンシアが幾度となく、目の前で食べていたが、ミルクを飲んで我慢していた。
(早く、あのチョコレートとやらを、俺も食べたいんだぁ!)
アムルは心の中で叫んでいた。
口の中には、人参の味が広がっている。これも南極にはなかった味だが、それほど美味しいものではなかった。
賑やかな笑い声は、宿舎に響いていた。
臨海実験センターとその宿舎は海の近くだ。
そして、市街地からは離れたところにある。どれだけ馬鹿騒ぎしても近所迷惑にならないのが、利点だ。宿舎の人間も、この食堂に集まっている。
恐れるものは、何もない。
楽しい宴は、夜遅くまで続いた。
主役のシンシアは、途中で眠ってしまい、部屋に強制送還された。
子供を寝かしつけた親たちは、これみよがしに騒ぎ、日頃のストレスを発散した。
次回から新章スタートです。




