臨海実験センター
博士たちは日本に戻っていた。
パーズが太平洋で、潜水艦から攻撃を受けたのは、去る7月27日のことだった。
そして、アメリカの海軍に救助され、日本の政府専用機で日本に帰ってきたのだ。
それから、4ヶ月ほどが経った。
日本では、紅葉真っ盛りの11月だ。
博士たちは、千葉の房総半島の先端にある臨海実験センターにいる。研究機関パーズの修理が終わるまでのしばらくの間、ここに滞在する予定だ。
目の前には海が広がり、すぐ後ろには山が広がる。オーストラリアやカリフォルニアに比べると、窮屈な場所ではある。
博士はそこで、研究室を持っていた。
所属は研究機関パーズのままだが、ここに研究室を持ち、実験を進めているのだ。
もちろん、ポスドクの久保信一と技術補佐員のスタント・アーシー(Stanton Ashley)も一緒に研究室にいる。
みんな、臨海実験センターの宿舎に住んでおり、同じ建物で生活している。
以前となんら代わり映えのない面々との生活である。
博士は動物の人工合成を再開していた。
ベニクラゲとウニが人工合成できることを追試するためにも、もう一度作りなおし、飼育した。
ベニクラゲの論文は雑誌に出版採択された。ウニの論文は、査読から返って来たので、少し手直しを加えている最中だ。シロイヌナズナの論文も、無事に、投稿完了した。
また、シンシアの助けを借りて、『アジム(Adim)』を作り出した。
今度は6匹。
前回と同じ魚だが。前回よりも作れる数がわずかに増えた。
博士は、これらを順調に育て、次世代の個体を作った。第二世代の個体は百匹以上。それらは、水槽の中で順調に育っている。
臨海実験センターのすぐ前には海がある。
名前通りの臨海実験センターである。
シンシアは、レイアに連れられて、研究棟の前にある砂浜に来ている。
浜辺の先端に立つと、太平洋を180度見渡せる、眺めのいい砂浜だ。二人は、よくここに遊びに来ていた。
11月の浜辺は寒い。もう海には入るような季節ではない。もちろんシンシアは、海に入っても平気だが、たいていは砂浜で遊ぶのだ。
「あら、こんにちは」
浜辺にいた親子が、レイアとシンシアの姿に気がつき、声をかけた。
篠原かすみとその息子の拓也である。
かすみは、臨海実験センター内の研究室で技術補佐員として働いている。実験の合間に、幼稚園から帰って来た拓也と共に、浜辺に遊びに来ているのだ。
「こんにちは」
レイアは、日本語で挨拶を返す。日本語の簡単な挨拶くらいなら、できるようになった。
かすみとはこの4ヶ月、よく話した。レイアも、彼女となら、簡単な世間話ができるようになったのだ。
というのは、拓也は5歳であり、早生まれのシンシアと同学年であった。そのため、かすみとレイアは何かと話すことが多かったからだ。
「あ、シンシアちゃん! 今日は何をして遊ぶ?」
かすみの目の前で、砂の山を作っていた拓也が、シンシアに気がついた。そして、シンシアに向かって大きく声を上げ、手を振る。
「あ、たっくん。何をして遊ぼうか?」
シンシアは、拓也の元へと急ぐ。
さーべるちゃんも、シンシアの後に続いて、走った。
その後ろをレイアが、ゆっくりと歩く。腕には、アムルを抱っこしている。生後4ヶ月になり、まっすぐな黒髮が生え揃っていた。
「じゃあ、『けんけんぱ』でもする」
拓也は、砂浜に転がっていた木の棒を拾った。
「何それ?」
シンシアは、首をかしげる。
「今、幼稚園で流行っているんだ。すぐできるから、待っていてね」
拓也は、誇らしげな顔をして、砂浜に丸を描いていく。一つ、一つ、二つ、と。
シンシアは、それを見守った。
シンシアは、海の上で生活していたので、幼稚園に行っていない。日本に戻って来てからも、行ってはいない。毎日、臨海実験センターの周りで、遊んでいる。
そのため、拓也はシンシアの数少ない友達の一人だ。
「ここは、一本足で立って、こっちは、二本足で立つんだ。それ、けーん、けーん、ぱっ、って」
拓也は、手慣れた様子で、けんけんぱをした。
「へぇー、じゃあ。わたしも、いくね」
シンシアは、一つ目の丸の前に立ち、ジャンプする。
片足立ちで、一つ目の丸に、足を出した。
浜辺を吹く少し冷たい風が、シンシアをふわりと持ち上げた。シンシアのお気に入りの白いワンピースの裾が、風になびく。
「けーん」
シンシアの、白く、細い、綺麗な一本足が、砂浜に書かれた丸の中心に、差さった。
シンシアは、少しふらふらとしながら、砂の上でバランスをとる。手を左右に大きく広げ、案山子の様な格好をしていた。
拓也は真剣な目で、シンシアの足元に注目している。
さーべるちゃんも、シンシアの後ろ姿を見守り、彼女を応援していた。
楽しげに遊ぶ2人と1匹の姿を見守りながら、レイアとかすみは、会話に花を咲かせていた。




