ゼウス転生
このゼウスの過去編では、みんな日本語で会話します。
しばらくして、ゼウスは再び目を覚ました。
ゼウスは、わずかに開けた瞼の下で視線を動かす。
ゼウスの目の前には、所狭しと実験用の機器が並べられていた。
これまでいた場所からは移動したようだ。部屋が小さくなっている。そして、研究室全体に小さな揺れを感じる。
何かに乗って、部屋が動いているようだ。
揺れからして、船であろう。
ゼウスは、船に乗って運ばれているのだ。
ゼウスの目の前には、痩せた一人の研究者がいた。ウェイである。
もう一人の研究者の姿は見当たらない。
ウェイは機械に向かって作業をしていた。
時折、ゼウスの方を見ては何かを考えている。
船の中が騒がしくなった。
この船は目標である船を捉えたのだ。
ウェイの視線の先にあるモニターには大きな船が写っていた。研究船パーズである。
「これで、うまくいくはずだ。悪いけど、沈んでもらうよ」
ウェイは小さく呟いた。
ウェイが、右手の手元にあったボタンを押す。すると、ゼウスの脳の中に電流が走った。
「グウッ」
ゼウスは、うめき声をあげた。
ゼウスの脳が何かによって支配されている。ゼウスの意思とは反して、ゼウスは、雷雲を呼び寄せた。いや、呼び寄せてしまった。
「アァァァ!」
そして、全力を使い稲妻を発生させた。近くに感じる大きな『何か』に向けて。
この稲妻に、文字どおり全力を使った。これがゼウスにできる全てである。
(これで楽にしてもらえるのだろうか)
ゼウスは、頭を支配され、意識が朦朧としていた。
(どこに向けて打ったのかはわからないが、罪のないものをあやめてしまったのなら申し訳ない)
ウェイの視線の先のモニターには、目の前の大きな船が写し出されている。
そして、雷雲から、雷が目の前の船に落ちていった。
しかし、突然起こった大きな津波によって、雷は消えてしまった。
目の前の船は、明らかに無傷である。
「な……。なんだと! くっそ、もう一回だ」
ウェイが、もう一度、ボタンを押す。
再び、ゼウスの脳の中に電流が走った。
しかし、ゼウスは、もう稲妻は、出せない。
もう力が出ないのだ。
以前の元気な状態なら何発でも稲妻を打つことができた。
しかし、今のゼウスには、稲妻を何度も打てるほどの、体力は残っていない。ただコードに繋がれて延命されているだけである。元気なわけがない。それに、神具『ケラウノス』も無い。
ウェイにボタンを押される度に、ゼウスの脳みそが掻き回される。しかし、出ないものは出ない。
ゼウスは、ただ朦朧としながらも、脳みそを引っ掻き回される苦痛に耐えていた。
しばらくすると、大きな爆発音が聞こえた。人間の悲鳴も聞こえる。
何かが起きているようだ。辺りから色々な音がする。
辺りに静寂が訪れ、しばらく経った頃だ。
研究室の扉が開き、金髪青目の少女と、細身の日本人が入ってきた。
その日本人は、銃を構えていた。
(どうなっているんだ? 助けてくれるのか?)
ゼウスは朦朧とする意識で現状を把握する。
しかし、ゼウスが気付いた時、ウェイは倒れていた。銃声は、聞こえなかった。
ゼウスが気が付かなかっただけなのか、銃が打たれなかったのかは、不明だ。
ゼウスは、ウェイとは、ずいぶんと長く一緒に居たのだが、愛着などは湧かなかった。ゼウスは、ただ生きながらせられ、利用されていただけなのだから。
ゼウスは、倒れているウェイの姿をじっと見遣った。
金髪青目の少女がゼウスに近づいて来た。
「ころし、てくれ」
ゼウスは、力を振り絞り声を出した。その声は儚く小さい。
「ゼウス、わたしだ。ポセイドンだ」
近づいてきた少女は、海神ポセイドンと名乗った。
ゼウスの兄であり、海を統べる海神である。4年前ほど前にいなくなった、ゼウスの兄だ。
「ポセイドン? お前がか?」
ゼウスは、かすれるような声をあげる。
あろうことか、その少女は、ゼウスの兄である海神ポセイドンと名乗った。
ゼウスは、その少女から兄の気配を感じ取った。しかし、姿は全くの別物だ。
「この姿に転生したのよ、4年前に」
少女は、宙に浮かせておいた水の塊を、ふわり、と動かして見せた。ゼウスは、水の塊をゆっくりと目で追う。
「なるほど。兄者が、海からいなくなったことにはすぐに気がついた。海の生物がいなくなったから。それから、色々あった。積もる話をする元気もない。兄者、お願いだ、早く、楽にしてくれ」
ゼウスは、少女に頼んだ。必死になって口を動かした。
痛みがあるわけでもなく、意識もあるわけでもない。手も足もなく、その感覚もない。ただ、生かされている。
「兄者が、無事でよかった。俺も、どこかいい転生先を見つけるさ。じゃあ、またどこかで。達者で……。」
ゼウスは、震えるように口を動かし、微かに声を出す。
そして、そっと、力なく、目を閉じた。
「うん、そうだな」
この言葉が、ゼウスが最期に聞いた、少女の声だった。
ゼウスは静かに息を引き取った。
意識体となったゼウスは、転生先を探していた。もうすぐ生まれてきそうな赤ん坊の居場所を探していたのだ。
(なるほど、これはいい転生先かもしれん)
ゼウスは、すぐに転生先を見つけた。
バンダ海に浮かぶ大きな船の中に、お腹の大きな金髪青目の女性を見つけた。
その女性の横にある小さなテーブルの上には、一枚の写真が飾られていた。
痩せたメガネの男に、金髪の美女、そして、金髪青目の少女が写っていた。
仲の良さそうな家族だ。
ゼウスの意識体は、金髪青目の女性のお腹の中に入っていった。
そして、人間に転生したゼウスは、大城戸レイアのお腹から誕生した。
7月12日朝6時のことであった。
そして、『アムル (Amurru)』と名付けられた。
アムルは、父親の大城戸博士と母親のレイアに連れられて、大きな船に入っていった。
その大きな船の船体には、『Project for Resurrection of Diverse Sea』と書かれている。
(久しぶりだな、兄者)
部屋の中から出て来た金髪青目の少女の姿を見て、アムルは微笑んだ。
その金髪青目の少女こそ、海神ポセイドンの生まれ変わった姿、シンシアだ。
シンシアも、アムルの笑顔を見て、目を大きく開き、笑い返した。
(久しぶりだな、ゼウス)
第1章 太平洋航海編 (完)
応援ありがとうございます。
おかげさまで無事に1章が終わりました。
感想や評価をいただければ幸いです。
明日からは、『1.5章 臨海実験センター編』です。そして、『2章 大西洋航海編』に続きます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
幸田遥




