海神ポセイドンの力
「さーべるちゃん、急いで!」
さーべるちゃんはシンシアを背中に乗せて、パーズの屋上展望台へと向かう。この船で一番高い展望台である。この船の全体が見渡せるのだ。緊急放送が流れたためか、廊下にも階段にも人の姿は見えない。さーべるちゃんとシンシアは、誰にも会うことなく、屋上展望台へと向かう。
大城戸博士とレイアも、シンシアとさーべるちゃんの後を、急いで追う。
不審な海賊船は3隻いた。
研究機関である大型船パーズよりは小さい船であったが、パーズに向けて一直線に進んでくる。
海賊船の甲板の上には多数の海賊が立っており、それぞれ小銃を携えている。
3隻はどんどんとパーズに近寄ってくる。
パーズの中にも数人の警備員はいるものの、研究機関であるために、乗員はほぼ研究者である。戦闘力は皆無だ。海賊に乗船されれば、何もできない。パーズはただ、船内の非常用のサイレンを鳴らしている。
シンシアは、展望台に立っていた。
シンシアの金色の髪の毛が太陽の光を反射して輝く。船の上を通り過ぎる強風が、一本に束ねられたポニーテールを揺らしている。
近づいてくる海賊船を、シンシアは、展望台の上から見下ろす。前方から1隻、左右からそれぞれ1隻。合わせて3隻。
「これ以上は近づけさせないよ。海神の力を思い知るがいい!」
シンシアは両手にグッと力を入れる。久しぶりに大きな力を使うのだ。
「あっ、さーべるちゃん。ちょっと下がっていてね」
さーべるちゃんは「クゥーン」と鳴き、後方に下がった。シンシアの真後ろに、ちょこんと座る。
シンシアは大きく息を吐いた。
そして、小さい体を大きく伸ばし、両手を真上にあげた。
シンシアの伸びに呼応するように、海面に大きな柱が立ち上がる。
パーズの周りの海面から、直径30メートルの大きな柱が三本、海面から50メートルの高さまで伸びた。海水でできた柱の上から、強風により水しぶきが飛ぶ。
「なるほど、これくらいか。まぁ4歳児にしては上出来か」
シンシアは目を見開き、口元に小さく笑みを浮かべる。
海水の巨大な柱は、パーズの展望台で背伸びをしているシンシアをはるかに越す。しかし、前世の海神ポセイドンであった時より、力は劣っているようだ。
「Oh my gooooood! (な、なんだありゃあぁぁ!)」
海賊船の甲板に立っている海賊たちは、次々に悲鳴をあげる。
高層ビルのように高い、大きな海水の柱が目の前に現れたのである。
シンシアが頭上に上げていた手を、体の前に出す。
そして、力を加え、左右に大きく開く。
海水の大柱からレーザービームのように海水が放たれ、海賊船の甲板にいる全ての海賊たちを、一斉に撃ち抜いた。
「Ooops! (うワァァ)」と海賊たちの悲鳴だけが潮風に乗る。
シンシアは左右の手を、体の前に、もう一度、引き寄せた。手のひらを大きく開き、地面に向かって、左右に振り下ろす。
「沈め!」
海面から生えている三本の海水の大柱は三頭龍のようにうねる。海水の龍は、口を大きく開いたように、3隻の海賊船めがけて突き進む。
バシャァァァン。
海水の大柱は、海賊船を海に引きずりこむように飲み込んで、海へと消えた。
海賊船の残骸だけが、そこに浮かんでいた。
「シンシア。大丈夫か」
「Are you OK, Cynthia? (シンシア。大丈夫か?)」
博士とレイアが展望台についた時には、ことは済んでいた。
一瞬の出来事であった。