ゼウスの過去
ゼウスの過去編では、みんな日本語で会話します。
ゼウスがアムルに転生する4年と4ヶ月前のこと。
最高神ゼウスは南極に住んでいた。
ゼウスは、2メートルほどの大きさの熊に似た見た目をしている。
体は真っ黒な毛で覆われており、目は青く透き通っていた。
そして、『ケラウノス』と名付けられた杖を持ち歩いていた。これは神具であり、ゼウスの力を増幅できる。30cmほどの短い杖のような形状をしていた。
南極には、ペンギン、オットセイ、アザラシなどが生息している。人間も、基地を設立し、滞在していた。月に一回程度、物資搬入のために船が訪れていた。
夏には気温が0度を超えることもあるが、基本的に氷点下の気温である。人間は自由には動き回れない。
寒さに体力を奪われるからだ。
ゼウスは、動物に会うことはあるが、人間にはまだ遭遇したことはない。
遠くから、その存在に気がつくことがあるが、会わないようにしていた。
ある日、ゼウスは不思議な出来事に遭遇した。
ちょうど、ゼウスが神殿の周りを散歩していた時のことだ。
ピカッ
ゴゴゴゴゴ
海が光ったのだ。
そして、地面が少し揺れた。
「うん、なんだ?」
ゼウスは、光の方向に目をやった。遠くに見える海で、光が放射状に出ている。おそらく、海の底の方から。
光はしばらくして消えた。
その海は、海神ポセイドンの神殿がある方角だった。
それから、ゼウスは、すぐに異変に気がついた。
「何が起こっているんだ? ペンギンたちが倒れているぞ?」
ゼウスは不穏な気配を感じ、あたりを散策した。
目の前に広がっていたのは、多くのペンギンたちの死骸だった。いくつかの個体は、まだ生きてはいたが、弱っていた。
「そうか」
ゼウスは、気がついた。
ポセイドンが作った生物が、いなくなったことに。
「兄者の身に何かあったのか?」
海の生物がいなくなることは、つまり、ポセイドンの消失を意味する。
ゼウスはポセイドンを心配したが、ゼウスには、ポセイドンの神殿に行く手段がない。
そして、間も無くして、主に魚を食べていたペンギンなどは死滅していった。
また、海獣類も、次々に死滅していった。ここでは代替となる食料が手に入らないため、海産物を食物としていたものは、死ぬしかない。
ガイアは神である。食べてもいいし、食べなくても死なない。しかし、南極に住む動物たちにとって、食物は重要だった。
それから、ゼウスはこの大陸でほぼ一人になった。
人間たちも、いつの間にか南極を去っていた。残った基地には静けさだけが漂っている。
ゼウスは、南極大陸で過ごしていた。
来る日も、来る日も、1人だった。
そして、3年程が経った。
再び人間が南極大陸にやってきた。
正確には、彼らの一部はこの大陸にずっといた。つまり、こそこそしなくなったのだ。おおっぴらに行動するようになった。
南極を我が物顔で歩き回り、次々に施設を建てていった。
以前よりも頻繁に大型船が来るようになっていた。
最高神ゼウスの神殿は入り口こそ地上にあるが、それは大きな氷の扉で覆われていた。人間は気がつかないはずである。神殿は、人間が開発していた地域からも離れている。
ドガーン
大きな爆音が神殿内部に響きわたった。
ある日のことだ。ゼウスは、神殿内の大広間で横になっていた。
「なんだ?」
ゼウスは、立ち上がり、大広間を見回す。入り口の方から、焦げた匂いが風に乗って、大広間の中に運ばれてきた。
「爆発か? しかし、なぜ?」
ゼウスは、警戒しながらも入り口の方に向かって、歩き出す。
「誰か来る?」
ゼウスは、耳に入る声を聞いた。神殿の入り口に人間がいる。
吹き飛んだ入り口から、30人ほどの兵士がゼウスの神殿に侵入した。
全員、防寒と戦闘のために、分厚いコートをきている。そのコートの胸には、『SPS』と書いたワッペンが貼り付けてあった。厚い帽子をかぶり、顔にはガスマスクのような仮面をはめていた。
「くっ、人間か? 神殿が見つかるとはな。迂闊だったか」
この南極大陸で、動く生物は、今やゼウスくらいだ。
唯一の動物だから目立っていたのかもしれない。それで、後をつけられたのかもしれない。また、何らかの先端技術で見つけられたのかもしれない。
後悔するゼウスを尻目に、兵士が次々に、ゼウスのいる大広間に入ってきた。
「大人しくしろ、化け物め」
一人の兵士が叫んだ。
30人ほどの兵士が、神殿の大広間に集合し、ゼウスに銃を向ける。
「愚かな、人間どもよ。神殿を破壊した罪。死んで償うが良い」
最高神ゼウスは右手に持ったケラウノスで稲妻を起こす。
この神具があれば、雷雲がなくても稲妻が発生できる。屋内でも戦えるのだ。
ゼウスは、ケラウノスを構え、稲妻を放つ。
バシッ
バシッ
ゴロロロ
兵士たちは、稲妻を受け、次々に倒れていく。
30人を超える兵士が、ゼウスが放った稲妻で、瞬く間に倒れた。
ケラウノスを構えたゼウスに勝てる人間などいない。
「他愛もない」
ゼウスは、構えていたケラウノスを下ろす。
ゼウスの周りには、30人ほどの兵士が倒れていた。
ゴゴゴゴゴゴ
神殿の入り口の方からとてつもなく大きな音が聞こえてきた。ゼウスが、肩を下ろした時だった。
音は入り口の方から聞こえてくる。
ゼウスは、真剣な目で、大広間の入り口の方に目をやる。耳に意識をやり、音に集中した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
音は次第に大きくなった。
ゼウスは、部屋に飛び込んできたものを見て、驚愕した。
部屋に飛び込んできたものは、大きなミサイルだった。
「なんだと? この兵士たちはどうなってもいいのか?」
ゼウスが稲妻で倒した兵士は、まだゼウスの周りに倒れている。
息をしているものもいる。
この部屋でミサイルを爆発させることは、そう言うことだろう。味方の命も関係ない、と。
ミサイルは、ゼウスに向かって飛んで来る。熱追尾装置でもついているのであろう。
横に飛び避けようとしたゼウスの動きも虚しく、ミサイルは、ゼウスを捉えた。
ゼウスは、両腕で必死に防御した。
ボゴーン
ミサイルはゼウスに当たり、爆発した。
ゼウスは、体を丸め、爆発の熱風に両腕で耐える。
「ぐぅぅう」
ドサッ
そして、焼け去った両腕を抑え、ゼウスは床に倒れ込んだ。
周りに倒れていた兵士たちも、部屋の所々で火をあげていた。
ゼウスは、燃え上がる部屋の中で、静かに息をしている。
「なにが目的だ? 人間どもよ」
ゼウスは、小さく呟いた。
火が収まりかけた頃、ガスマスクを付けた兵士が10人ほどやってきた。彼らもまた、倒れている兵士と同様の格好をしていた。
胸に『SPS』と貼られたコートだ。
「まだ生きているみたいだ。大丈夫だ。倒れているだけだ」
「よし、運び出すぞ」
兵士たちは、倒れているゼウスをロープで縛り、神殿の外に運び出す。
薄れゆく意識の中で、ゼウスは辺りを見回した。
何かに乗せられて、運ばれている。腕の感覚はない。足には痛みを感じる。
神殿から出る際に、神殿の入り口が目に入った。それは、何かで爆発された形跡があった。そして、入り口からもくもくと立つ灰色の煙が見えた。
これが、ゼウスが最後に見た神殿の様子だった。




