シンシアの秘密と博士の愛
博士たちは、政府の用意した飛行機で、日本に向かっていた。
アメリカの軍艦でアメリカのカリフォルニアに到着後、すぐに飛行機に乗せられた。
日本政府の飛行機である。
教授とその家族ということで、博士たちは、いい席に座っている。
アーシーと久保信一とは、待遇が少し違う。彼らは、普通の席に座っている。と言っても、日本政府の飛行機の、普通の席である。一般の旅客機よりは、いい席だろう。
「ふぅー。なかなか美味しいコーヒーだな。政府の人たちは、いつもこんなのを飲んでいるのか、羨ましいな」
博士は、コーヒーを口に含み、一息つく。
そして、博士は、横に座っているシンシアに目をやり、口を開いた。
「シンシア。僕は、シンシアの父親だ。シンシアが海神ポセイドンであることは知っている。でも、シンシアは、海神ポセイドンでもあるが、僕の可愛い娘のシンシアだ」
「うん。いきなりどうしたの? パパ?」
シンシアは、博士の言葉に目をパチクリさせ、博士を見る。
「4年も一緒にいるんだよ、シンシアが僕に何かを隠していることぐらいわかるよ」
博士は、手にしていたコーヒーカップを、コトリと、置き、シンシアの目をじっと見つめる。
シンシアの青い目には、博士自身の姿が映っている。
「う、うん」
シンシアは、博士の黒い目でじっと見つめられて、思わず、博士から目を逸らした。
博士は、ふぅ、と小さくため息をつく。
「さて、シンシア。シンシアが海神ポセイドンだと知っている僕には、それほど驚くことでもないからね。だから、単刀直入に聞くよ」
博士が息を吸う音が、スゥ、と音を立てる。
シンシアにはその小さな音が聞こえた。
シンシアは、博士の口元に視線を移す。
博士はシンシアの目をじっと見つめる。
シンシアは、博士の口から目に視線を移しながら、ゴクリと唾を飲んだ。
「最高神ゼウスは、アムルに転生したのか?」
ゆっくりと、博士は声に出した。
「……。」
シンシアは、無言で、コクリと頷いた。
「なんだい、シンシア。水臭いなぁ、そうなら早く教えてくれればよかったのに」
博士は、先ほどまでの真剣な顔を一気に崩し、笑顔を作った。
シンシアは、博士の豹変ぶりに、目を丸くする。
「どうして? わたしも、パパに迷惑かけたし。せっかく、2人目の赤ん坊ができたのに、また神が転生した子どもだし。やっぱり、わたしたちは普通の人間の子どもとは違うし」
シンシアは、モジモジと言葉を発した。
「はは。そんなことを気にしていたのか。それなら、何度でも言ってあげるよ。シンシアが海神ポセイドンであっても、僕の可愛い娘のシンシアであることに変わりはない。そして、アムルが最高神ゼウスであっても、同じだ。僕の可愛い息子のアムルであることに変わりはない。二人とも、僕の。いや、僕とレイアの、大切な家族だよ」
博士は、シンシアの両肩に手を置き、シンシアの青い目を見つめる。
「うん。ありがとう、パパ」
シンシアの、海のような青い目から、涙が溢れた。
水を自由自在に操れる海神ポセイドンも、自分の目から流れ出る涙は、止められないようだ。
「ははは」
博士は、シンシアの頭を撫でた。つるっとした綺麗な金色の髪を、博士の手が櫛のように滑る。
通路を挟んで、向こう側には、レイアとアムルがいる。
博士は、レイアに向かって、うん、と合図を送った。レイアは口元に笑みを浮かべ、それに返事をした。
レイアの腕に抱かれたアムルが、博士とシンシアを見て、小さく微笑んだ。
カリフォルニアから日本までは、現代最速の飛行機でも9時間かかる。
「まだ、日本に着くまでにはたっぷりと時間があるよ」
と、博士が言う。
「じゃあ、ゼウスの話でも聞く? わたしもまだ、何が起こったか聞いていないし」
と、シンシアが返事をした。
「でも、アムルはまだ話せないよ」
博士は言う。
アムルはまだ0歳児である。正確にはまだ生後一ヶ月も経っていない。話せるわけはない。
「大丈夫だよ。アムルとしては話せないけど、最高神ゼウスとしてなら話せるよ。と言っても、脳に語りかけるような感じになるけど」
シンシアは、そう言い、アムルの方にちらっと目をやる。
アムルは、目を大きく開けながら、ゆっくりと首を縦に動かした。
「よし、じゃあ、アムル。パパとママと、わたしに、何があったかを話してちょうだい」
シンシアはアムルに言う。
(兄者、わかった。じゃあ、話すよ。兄者がいなくなって、そして、ここに至るまでを)
アムルは、3人の脳に向かって、語り始めた。
脳に響く声を聞き、博士とレイアは驚いて、お互いに顔を見つめ合う。
アムルの顔に目をやっても、口は動いていない。これが神の話し方かと、博士は興味深く、アムルの口元を見た。
博士、レイア、シンシアは、アムルの声に真剣に、耳を傾けた。いや、脳を傾けた。
(あれは、4年と少し前のこと……。)
次回からゼウスの過去回想です。




