海賊船侵入
博士とシンシアは小型ボートに乗り込み、海賊船を目指した。
さーべるちゃんは、今回はパーズでお留守番である。
シンシアは、常に稲妻を警戒していた。しかし、稲妻は、あの一度きりだった。
船員がほぼいなくなった海賊船は静かに海上で揺れていた。
先ほどまで普通に動いていた船が、シンシアの手にかかれば、瞬時に廃船である。もはや海に漂う幽霊船のような不気味さを放っている。
二人を乗せた小型ボートは何事もなく、海賊船にたどり着く。シンシアの力で、小型ボートごと海賊船の甲板に乗り込む。海水の柱は便利である。
甲板には、数名の船員が倒れていた。しかし、動いている人間は見当たらない。
「パパ、やっぱりこの船にゼウスがいる」
特別な能力でつながっているわけではないが、神の気配は人間とは異なる。最高神ゼウスの気配を、シンシアは船の中に感じていた。
「まだ船員がいるかもしれないから、注意して進もう」
博士は、シンシアの前を歩く。
父親として、娘のシンシアを前に行かせるわけにはいかない。博士は、船の中から持って来た『スパナ』を右手に持ち、ゆっくりと船内に入った。
明かりが灯され、船内は意外に明るい。しかし、エンジンが止まり、海に浮かんでいるだけの船である。中は静かであった。
船内には、まだ船員が残っていた。
その船員は、手にしていた拳銃を構えた。銃口を博士に向け、真剣な目で、博士を睨んでいる。博士はその姿に怯えつつも、スパナを構えた。引き金を引かれれば終わりである。しかし、ここまできたら怯むわけにもいかない。娘を守るためにも、博士は勇気を振り絞って、立っている。足の震えを必死に押さえつけていた。
「待って、わたしが行く。パパの海水使わせてもらうね」
博士のワイシャツとズボンはまだ濡れていた。パーズの展望台で海水をかぶったからだ。
シンシアは、博士の来ているワイシャツとズボンから、海水を飛ばす。博士のワイシャツは、水分が抜けて、色が変わる。そして、集められた水は、拳ほどの小さな塊になった。
「これで十分だよ」
シンシアが、すっ、と手を動かす。すると、水の塊が高速で飛び、船員の右手を打ち抜いた。拳銃が弾かれ、床に転がる。
「What? (えっ?)」
船員は、思わず声を出した。
水が空中に浮いたような気もする。そして、それが、高速で自分の手を撃ち抜いた。何が起きたのか理解が追いついていない。
彼がふと横を向いた時、水の塊が彼の顎を撃ち抜いた。
「Oh? (えっ?)」
ドサッ、と彼は床に倒れた。
「ふぅ。シンシアといると、心臓がいくつあっても足りないよ。はは」
博士は、大きく息を吐きながら、身構えていたスパナを下ろす。
緊張の余韻で足をビクビクと震えさせている博士を横目に、シンシアは、倒れた船員の方に、何事も無かったように近寄っていく。
「パパ、念のため、これ持っておいたら」
シンシアは転がった拳銃を拾った。
拳銃のグリップはシンシアの小さな手に余る。
「あぁ」
と、博士は、シンシアから拳銃を受け取り、右手に拳銃を持ち替える。それは、ずっしりと重たかった。初めて握る拳銃である。
持っていたスパナはズボンの後ろポケットに差しておいた。
「たぶん、ここにいる」
シンシアは扉を見上げる。
通路を少し奥に入ったところに、一つの扉があった。シンシアは、扉の向こう側に、人間ではない、神の存在を感じとっていた。静かな船内と、薄暗くなった廊下に見えた、一つの扉。異様な雰囲気を漂わせいる。シンシアは、ゴクリと唾を飲んだ。
「パパ、注意してね」
「あぁ、わかっている」
博士は、不慣れながらも、人差し指を拳銃のトリガーに当てる。博士の手は、微かに震えている。博士も、ゴクリと唾を飲んだ。
ドンッ!
博士は、右足で、扉を蹴り開けた。そして、すかさず、銃を構える。
震えを増す右腕を、左手で必死に抑える。眼球を左右に動かし、部屋の中を見回した。
その部屋の真ん中には、天井から吊るされた黒い塊が見えた。そして、その横には、白衣を着た研究者が一人、立っている。
「Who on earth are you guys? What’s your purpose? Do not come into my lab! (なんだ、お前たちは、何をしに来た。私の研究室に入って来るんじゃない)」
その研究者は、博士が構える拳銃に目をやりながらも、落ち着いた声を上げる。
博士が横を見ると、シンシアが目を丸くしていた。その視線の先は、部屋の真ん中の黒い塊だ。そのシンシアの顔を見て、博士は悟った。
シンシアの視線は、ゆっくりと、その研究者の方へと移動する。
「待て、シンシア! 殺しちゃダメだ、こいつには聞きたいことがある」
博士は、必死の形相で研究者をにらみつけているシンシアを、抑える。シンシアの目は荒れ狂う海のように波打っていた。
「わかったよ」
シンシアは、右腕をぎゅっと握り締めた。シンシアの後ろの宙に浮かんでいた水の塊が、その研究者に向かって飛んでく。
ゴツン!
「Oops. (うぐっ)」
水の塊は、その研究者の顔の真ん中に当たる。彼はその場で、後ろ向きに倒れた。
ただ、意識を失っただけだ。




