マンゴーかき氷
シンシアは、道を歩いていた。
誘拐犯が車で走って来た道を逆に歩いているのだ。
フロントガラスが割れた車も、倒れている誘拐犯も、そのうち誰かが見つけるであろう。誘拐されたシンシアには、誘拐犯のことを心配する義理もない。あそこにそのまま倒しておいた。
そして、一人、暑い日差しの下を、とぼとぼと歩いているのだ。上から照りつける太陽と、太陽によって熱せられた道を、シンシアは歩いた。
「暑い〜」
車の中で涼んだ体も、すぐに暑さにやられた。
汗がだらだらと出てくる。
水色のシャツが、汗を吸って、既に濃い青に色を変えている。薄手の白いスカートも、汗で足にへばりつく。時折吹く風が、街路樹とシンシアの金髪を揺らすが、その涼しさは、儚い。
あまりの暑さに、シンシアは、意識を失いそうだった。シンシアは暑さが苦手である。海神ポセイドンの唯一の弱点だ。
「あっ! さーべるちゃん。助けに来てくれたんだ」
シンシアは、道の向こうに、さーべるちゃんの姿を見つけた。
シンシアに向かって、走ってくる。「助かった」とシンシアは心の中で安堵する。
シンシアは、少し腰をかがめ、突進してくるさーべるちゃんを受け止めた。
「ありがとう。さーべるちゃん」
さーべるちゃんは、「ハッ、ハッ」と息を荒げながらも、シンシアの頬を、ペロペロと舐めた。
「パパは?」と聞くシンシアの声に、さーべるちゃんは後ろを振り向き、「バウ」と答えた。
シンシアとさーべるちゃんは、二人で、道を歩いていた。
そしてすぐに、汗だくで走っている博士と合流した。
博士の着ていたワイシャツも、汗で色が変わっている。カバンも持っておらず、手ぶらだった。ふと、シンシアは、自分が麦わら帽子をかぶっていないことに気がついた。どこかで、落としてきたのかもしれない。直射日光が苦しかったのも、このせいだ。
「シンシア。よかった無事だったか。怪我はないか。ごめんよ、一瞬、目を離したために、こんなことに」
博士は汗だくになりながらも、シンシアに抱きつく。
「うぐぅ。あついよぉ、パパぁ。でも、大丈夫だよ。あいつには、きつーく灸を据えてあげたから」
シンシアが海神ポセイドンの力を使ったのであろう、と、博士はピンと来た。ハッとした目でシンシアに顔を向けたが、シンシアは、満面の笑みを浮かべているだけだ。
「とにかく、無事でよかった」
可愛い娘が無事に戻って来て、笑顔でいてくれる。それで、博士は満足であった。博士は何度もシンシアの頭を撫でた。
博士のカバンと、シンシアの麦わら帽子は、かき氷店にあった。店のお姉さんが保管してくれていたのだ。
博士たちは、もう一度、マンゴーかき氷を注文した。
今度は、3つ。
ちゃんとさーべるちゃんの分もある。同じ失態を繰り返さないためと、シンシアを見つけたさーべるちゃんへのご褒美。そして、お店へのお礼のためである。
「はぅぅぅ〜う」
かき氷の山の中腹にスプーンを差し、オレンジ色の氷をすくう。それを、口に運んだ。
シンシアは目を閉じて、上を向く。小刻みに頭をプルプルさせる。口の中ですっと溶ける氷の冷たさを、舌全体で味わった。
3人は、ゆっくりとマンゴーかき氷に舌鼓を打っていた。
冷たい氷が、シンシアの火照った体を潤す。シンシアの、絹のように白い肌は、日に焼けて、少し赤みを帯びていた。
シンシアの目の前で、博士は、肩を撫で下ろし、大きく息を吐いた。笑顔でかき氷を食べる娘の姿を見て、少し目を潤ませる。「本当に無事に戻って来てよかった」と、小さく呟いた。
日が暮れかけている。
遠くの水平線に沈みかけた太陽も、完熟マンゴーのように淡いオレンジ色をしていた。