ポセイドン幼女転生
ある日、海はただの水たまりになった。
海神ポセイドンは、海に住む全ての生物の生命の源である。
しかし、4年前のある日、突然ポセイドンは消失した。それに伴い、魚、貝、海草類を含む全ての海洋生物もその姿を保てなくなり、消失した。その結果、地球には膨大な海水を溜め込んだ大きな水たまりだけが残った。
青空には雲ひとつなく、海は直射日光を浴びている。
空と海の境目の水平線はおぼろげであるが、青魚の鱗のようにキラリと反射する波が、海であることをかろうじで主張している。
その広大な海の真ん中に幼女は浮かんでいた。
幼女の頭から金色の髪の毛が放射状に広がり、波とともに光を反射している。
幼女の目は透きとおったように青く、空を写し、瞳の中にもう一つの海を作り出している。真っ白なワンピースの裾が、両手よりも大きく海面に広がっていた。
海神ポセイドンは人間に転生した。
4年前に大城戸博士と大城戸レイアの二人の研究者の元に生まれた。彼女は、シンシアと名付けられた。
シンシアは、海神ポセイドンとしての記憶も残しているが、普通の幼女として普通の生活を送っている。
全ての海洋生物を作り出した以前の力は残っておらず、『水』を自由自在に操れる能力のみを残していた。
そして今、海の上に浮かび、ゆったりと風を感じているのである。これからどうやって海を元に戻していこうか、と考えを巡らせながら。
「おーい、シンシア。もうそろそろ上がってきなさい」
大城戸博士が、船の上から声をあげる。
博士は海洋生物学講座の教授であった。海洋生物がいなくなった今では、新たに海洋生物を作り出すための研究をおこなっている。
弱冠38歳で教授になっただけあり頭脳明晰のエリートだ。ぼさっとした黒髪に瓶底メガネをかけた、痩せ型体型である。博士は日本人であるが英語も堪能であり、イギリス人の妻レイアと5年前に結婚した。
「はぁーい」
シンシアは大きく声をあげ、起き上がる。金色の髪の毛から流れ落ちる海水が、つげ櫛のように彼女の毛並みを整える。彼女の頭の後ろに、綺麗な流線が描かれる。
「さーべるちゃん。行くよ」
シンシアが呼ぶ。シンシアから少し離れたところを泳いでいた犬が、シンシアの元にやってくる。
シンシアよりもひと回り大きなゴールデンレトリバーである。名前は『さーべる』ちゃんだ。シンシアの髪の毛よりも少し淡い金色の毛並みをしている。
さーべるちゃんはシンシアを背中に乗せ、犬かきでシンシアを船まで運ぶ。
シンシアは『水』を自由自在に操れる。海神ポセイドンとして残された唯一の能力だ。
シンシアは、足元から、海水の大きな柱を生やし、自身とさーべるちゃんを船の甲板へと乗せる。役目を終えた海水の柱は、甲板の上を海へと流れ出る。太陽に熱せられた甲板がすぐに甲板の表面を乾かした。
「ふー。よいしょ、っと」
シンシアは、白いワンピースの裾をぎゅっと握り、海水を絞る。さーべるちゃんがシンシアの横で、ぶるぶると体をふるわせる。海水の水しぶきが、辺りに潮の匂いを漂わせた。
「あーこらこら、シンシア。ちゃんと梯子を使って戻ってこないとダメって言ったでしょ。あんまりその力を使っちゃダメだよ。悪い人に見つかったら拐われちゃうよ」
博士はシンシアに注意する。
親の目からの補正が多少かかっているとはいえ、シンシアは可愛い見た目をしている。もし誘拐されたらと、いつも心配をしているのだ。特に、海水を自在に操れる能力が使えることがわかったら、変な奴に悪用されるに違いない。できるだけこの能力を人目につかないようにしたい。そのため、博士はシンシアに能力を使わないようにと教えている。
博士は右手に持っていたバスタオルでシンシアの頭を拭く。
「うぐぅ。ちょっと、パパぁ、強いよぉ」
シンシアは幼女らしい声を上げる。
厳格な神であった海神ポセイドンも、完全に幼女としての言葉遣いになっている。
4年の歳月がポセイドンを変えたのか、それとも、ポセイドン自身がこの幼女言葉を気に入って使っているのかは、神のみぞ知る。
シンシアたちが乗るこの大きな船は一つの研究機関である。
海洋生物学の研究者から生態学者、分子生物学者など様々な研究者が乗っている。
生物がいなくなった原因究明とそれを解決し、元の海に戻すための研究機関として、日本政府が1年前に完成させた。船の名前は『PRDs』であり、『Project for Resurrection of Diverse Sea』の略である。通称『パーズ』だ。
パーズは、太平洋を西に進んでいる。当面の目的地はシンガポール。
パーズは海水検査のために、時折、海上で停船する。シンシアはこの時間に海水浴を楽しんでいるのであった。
パーズは、西に向けて再び発進した。
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