022・前編─鎮座。Tシャツは別にいらないかな。
所狭しと巡らされた真鍮色のパイプ。その節々から漏れ出る白い熱──蒸気。
扉の先の中心に回る柱が鎮座する開けた部屋。
歯車とパイプと蒸気が詰まった部屋。
なんとも時代遅れな空間だと、とてつもない高温多湿と歯車の軋む音と共に感じる。
蒸気機関なんてものは何世代も昔、電気でさえも過去に比べて需要が大きく減少した現代の前の前の機械機構。
古い。古すぎる。木綿のハンカチなんか目じゃない、アンティークの域だ。
「やたらと暑かったのはこのせいか」
「蒸気機関」
「あっついねえ」
「そう? そんな事より周囲を警戒しなさい。広間に入るときから不用心すぎるわよ」
まるで自分は平気みたいな顔して自分の体表面近くに氷を纏わせた青華が言う。
明らかに一人だけズルしてんじゃねえか。涼しい顔というか本当に涼んでんじゃねえよ。
「私、羽重、メデス、鈴人の順で一列縦隊。それぞれ武装して周囲を索敵」
今回の任務で初めて小隊らしい事をした。もしかして俺って平気で怪我とか人死が出るような界隈に居るのかもしれない。やべえな。なんでそんな学校に進学してしまったんだ。
再び緊張と静寂の時間が訪れる。光源が存在するこの広間は見晴らしがいい。だから別に、そんな索敵する必要性なんてあまりないのだ。精々柱の後ろくらいの物だろう。
入ってきた扉の前から右へ進む。反時計回りだ。
……周囲に敵影、怪しげな気配なし。特に異常は見られない。
ただ一点を除いては。
柱の後ろ。俺たちの最初にいた位置からピッタリ百八十度の位置に、それはあった。
全体的に角の無い丸いフォルム。白とは言えない、強いて言うのならクリーム色とでも言うべきカラー。球体が間接にはめ込まれたマネキンのようなそれは──球体関節人形。
中学校の美術室にあったのを見たことがある。こんな本当の人間のようなサイズじゃない、リカちゃん人形と同じような物だったけれど。
言ってしまえば、人間サイズの球体関節人形が座っていたのだ。
──ひゅっ。
動揺の音。あまりの不気味さに呼吸が一瞬おかしくなってしまったらしい。もちろん俺だ。
不気味。
その空間に在って、存在を主張しない人形がどれほど怖いかわかるだろうか。小さい頃に、田舎のおばあちゃん家で置物や人形をやたらと怖がってしまうあの感情。
あれも幼い頃の夏と年末年始の思い出になってしまう歳になったんだなあ……。
でも実は今でも少し怖かったりする。
「どうする?」
「迂闊に触ったりしない方がいいわね。とにかく周辺の調査を先に終わらせる。怪しいものには絶対に触れないで。いい? 絶対によ?」
「なんで俺に向かってだけそんなに念を押すんだよ。もっと俺を信用しろ」
信用と聞いてメデスが首を傾げる。
おいやめろ。疑問に思うな。
どうやら俺に味方は居ないらしい。孤独だ……。
「わかった、触らないから」
再び警戒モード。ピンと張った猫耳をメデスの頭に幻視しつつ、周囲を見渡す。
「──え」
「………………」
「怖っ」
どうしたのだろう。
三人とも一点を見て止まってしまった。メデスなんて「怖っ」とか言ってるし。
一体何が──
「──あれ」
人形だ。
球体関節人形。
入ってきた扉から見て左側の位置。
でも──あれ、さっきまであんな所に人形なんて置いてあったか? いや、なかっただろうから一体目の人形を見つけた時にあれだけ驚いたのだけれど。
「⁈」
最初の人形があったところに振り向く。
「⁈」
ある!
ちゃんと、ある!
さっきの場所にはちゃんと人形が鎮座していた。
……さっきとは違う形で。
さっきは膝を伸ばしてまさにお人形な座り方で。
今度は膝を曲げての所謂女の子座り。その上ゲンドウポーズ。
………………。
「⁈」
振り向く。
ある。
ちゃんと、ある。
さっきの場所にはちゃんと人形が堂々たる様で鎮座していた。
……さっきとは違う形で。
さっきは膝を曲げて女の子座り。その上ゲンドウポーズ。
今度は空気椅子。それも脚を組んで。片足で空気椅子。
ジャッキーもかくやというような空気椅子だ。思わず拍手した。
何やってんだろ。
「動いてる、よな」
「動いてる、ね」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「「「ぎゃ──!」」」
「きゃー」
走った。
一周走る度にいろんなところに人形が増えてくし、ポーズ変わっていくし、最初の奴なんかは服まで着だした。
もう何もわからない。
俺は誰だ。
仕方なかったんだ。原付の免許を取りに行ったり、家事をしたりで結構忙しかったんだ……。




