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009─男子、三日会わざれば刮目して見よ

またまた遅くなりました。もう誰が覚えてるんでしょうね。

 それから俺が家に帰ったのは深夜二時を回った後だった。

 膝を着き、その場にいる羽重の事も忘れて蹲り続けて、羽重がどうなったかも、自分がどうやって家に帰ったかも覚えてはいなかった。

 あれが、あの言葉が、青華を精神的に孤独にすることがどんなことを意味するか。俺はそれを誰よりも知っていた筈なのに。だから何があってもあいつの味方であると誓ったはずなのに。


 「ばっかじゃねえの」


 ガリっと煎餅を一砕き。

 勝手に人のベッド占領してその上、傷心の兄にそんな言葉を投げかけてくる。つーか撃ち放ってくる。

 そんなんだからモテないんだ、と狛人はくと


 「うるせえ」


 そんな事分かってる。俺が馬鹿なのも、俺がモテないのも。

 大体なんだ、お前だって俺と兄弟なんだから変わんないはずだろうが。


 「俺は小さい頃から兄貴を見てこうはなるまいと思いながら生きてきたからね。もうモテモテだよ」

 「人を勝手に反面教師にしてんじゃねえ」


 そしてベッドの上で煎餅を食うな。もうボロボロして山みてえになってんじゃねえか。


 「ていうか、お前いつまで居るんだよ。帰れよ。そして寝ろよ。もう三時なんだよ。さっきの話の流れから分かる通り今はお前の相手してやれる気分じゃないんだよ」


 俺は狛人に羽重邸での一部始終を説明したのだ(もちろん、いくらかぼかしてだが)。

 部屋に入ったら狛人が俺の煎餅を勝手にパクろうとしていたところに遭遇し、無視したら勝手に居座ったので何となく話してやったと言うのがここまでの経緯いきさつである。


 「兄貴が勝手に話し始めたんだろうが。いや、いやいや。兄貴がいくら自覚してても、どれだけ後悔してても、俺は何度でも言ってやるよ。ばっかじゃねえの、つーか、馬鹿。バーカバーカ」

 「──ふっ!」


 狛人の輝く金髪頭目掛けて中段回し蹴りを放つ──が、ベッドの上で座ったままにスウェーという無駄に器用な動きで避けられてしまった。

 我が家の兄弟は下に行くほどに頭が悪くなる傾向にあるのだが、代わりに下に行くほど運動神経がよくなっていくのだ。実は俺の素の身体能力は結構低い。五十メートル走のタイムは七・九九。それでも喧嘩で負けたことはないのは兄貴の意地、その一つに尽きる。


 「なんだよ、都合が悪くなったらすぐ暴力か。あーやだねえ。兄貴も姉貴もそんなとこばっか似ちゃってさ。一番下の肩身が狭いったらないよ」


 約束なんてまともに守られたことほとんどないんじゃないか。

 と、ひとしきりの恨み言を言い終えたのか、狛人は小さく一息吐ついた。

 そのタイミングで、俺ももう一度椅子に座る。一度落ち着かないと。


 「けどさ、兄貴は数少ない友達とか自分にとって大切な人間だけは絶対に裏切らない人間だと思ってんだぜ? 俺はさ。兄貴のそういうところだけはすげえって思うんだ」

 「俺は……」


 俺はそんな大した人間じゃねえ。嘘も吐くし、結構きつめの言葉を浴びせたりもする。

 そんな事を言おうとした。言えなかったのは狛人の目が、痛い程に真っすぐだったから。


 「たしかに兄貴はとてもできた人間じゃねえし、ましてや聖人なんかじゃない。だから失敗もする」


 だけど


 「だけど、その失敗で大切な人と疎遠になったり、失ったりして、それで諦めんのだけは違うだろ。大切な物だけは引き摺られてでも醜く縋りつくのが俺の兄貴だったはずだぜ」

 「……結構ボロクソ言うじゃねえか」

 「こんな時でもないと言えないだろ」

 「そりゃ、そうだ」


 ま、こんなときくらいは俺も許すさ。なにせ、テンションが低いからな。

 実は兄としては弟にここまで想って貰えてるという事実が結構うれしくて、小躍りしするくらいには感動しているのだけれど、流石にそんな事すると兄の威厳的によろしくない。

 確かに青華を傷つけちまった。間違いなく、あれは青華の中では裏切りに等しい行為だったはずだ。なら──もういっそ開き直って、そんなの気にならないくらいにうざく付き纏ってやる。

 青華が諦めるまで(ストーカー宣言)。


 「よし、狛人の黒歴史と引き換えに多少元気も出たし。明日──いや、もう今日か。今日からの行動方針も立ったし。レッツストーカーライフだな」

 「俺の黒歴史から犯罪を犯そうとすんな。今の僅かな思考の間に何があったんだよ」


 笑ってこの場を凌ぐことにする。もしも誰かに見られたらドン引きするほどの大爆笑。もちろん目の前で突然そんな奇行に走った兄に狛人はかなりドン引いていたが、正直俺はもう笑うしかない。完全に俺のせいで青華を傷つけて、勝手に落ち込んで、その上、弟に励まされて。自分の情けなさにもう笑うしかない。これ以上の狛人から問い詰められることを防ぐためでもあるけれど。


 「さて、そろそろ本当に寝ろよ。──もう半ば朝みたいなもんだけどな」

 「……そうするよ」


 ベッドから降りて扉へと向かう狛人。

 しかし、弟ってのは気づかない間に成長してるものなんだな。男子、三日会わざれば刮目してみよ、と言うのは本当らしい。そんな弟の成長が内心ちょっと嬉しかったりする。

 俺が中二の時に、狛人のような考えができただろうか。かつての自分を思い浮かべて、無理だと確信を得るのにそう大した時間は要しなかった。そもそもそんな考えができていいたら青華とは出会わなかっただろうし。

 そう考えると、別に悪い事のようには思えないが。大人になることがいい事とは、一概には言えないのかもしれない。

 しかし、今は弟の成長を素直に喜ぼうじゃないか。


 「おい、弟」

 「なんだよクソ兄貴」


 ドアノブに手をかけた狛人に最後に声をかける。


 「俺にとって大切な人間の中にはもちろん、お前も含まれてんだぜ」

 「──────」


 一瞬。狛人は僅かに目を開いて、複雑そうな表情を浮かべた。間もなく、なにかが浮いたようにその整った顔に小さな笑みを映して、頬のほくろを上に運ぶ。


 「──知ってるよ」

割と忙しくて……はるいろ、オープニング入るまでに2時間くらいかかったんですけど。それでいてまだ終わってないんですけど。

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