008・中編其の貳─詐欺だ!
スタスタ、というよりも、ヒタヒタというような足音。その音は丁度、俺の数メートル先で止まる。
数秒。
そう、意識するほどの時間が過ぎる。
やがて、ゆっくり、ゆっくりと襖が開かれる。
強い金色の月光が部屋に差し込んでくるとと共に、それとは対照的な白い光──いや、白くて無垢い、純白の髪を夜風に靡かせた少女が現れた。
穢れのないその白さは絶対の正しさを脅迫的なまでに印象付ける。いっそ、道を踏み外してしまいかねない程に。
「……羽重?」
羽重千鳥。
六名家の一つ、羽重家の令嬢にして、青華と犬猿の仲にある少女。
そんな彼女が俺の目の前に現れたのだ。
俺の声に反応したのか、ただのタイミングだったのか、羽重が動き出した。この部屋に入り、こちらに近づき、座る。正座だ。そうして、一礼、畳に手を付き頭を下げる。
「私、秩序の番人、羽重家が次期当主、羽重千鳥と申します」
「はあ……? えーと、ご丁寧にどうも、暮木鈴人です」
感動的なまでに無感情な言葉。
つい返してしまった。
ご丁寧にどうも、と言うか、なにを返しているんだ、と言われそうな状況ではあるが、今、それを諫める人間はいない。どうしようもなく、状況は好転しようがないらしい。
兎にも角にも、とりあえず人が現れたのだから、疑問点──つまりは、今のこの状況について聞いてみる。
「俺を拉致してここに拘束したのって、もしかして羽重?」
「そう」
「詐欺だ!」
俺としては、「ちょっと、冷蔵庫に入れておいたプリンが無いんだけどー。もしかして食べた? あれ楽しみにしてたんだけどなー」みたいな、そんな軽い感じで聞いたのだけれど。
不正犯罪は絶対に許さないスタンスのキャラだと思ってたのに。
裏切られた気分である。まさに詐欺。
「?」
「いや、そんな風に首を傾げられても……」
可愛いかよ。
とは言え、いくら可愛くてもそれに惑わされる俺ではない。二人ともタイプこそ違えど文句なしの美少女である、メデスや青華と常日頃接している俺としては可愛い耐性は高いつもりだ。
「とりあえずこの拘束を解いてくれ。簀巻きにされるのは流石の俺でも辛いものがあるんだ」
「もちろん外す」
「……案外あっさり解いてくれるんだな」
「ただし──」
コクリと頷いた直後に但し書きが入る。
簡単に解いてくれると、なら最初から拘束とかするな、などと考えていた俺には寝耳に水な言葉だった。
そりゃ、簡単に解いてくれるわけないか、とも思うが。
「──あなたが私の質問に答えたら、解いてあげる」
条件取引、らしい。脅迫とも言うかもしれないが。
コチラノ要求ヲ呑メバ解放シテヤラウ。
誘拐犯の常套句だ。いや、こちらは現金の要求がメジャーだろうか。
とにかくそういうことらしい。
しばし逡巡。
「分かった、質問に答える。けどどうしても答えられなさそうなものは勘弁してくれ」
俺の回答に羽重はその瞳を揺らすことも無くうなずく。
まるでそのようにしか動かない人形のように。
「一つ目。先日の事件について、襲撃の犯人および事件の真相」
先日の事件というのは、俺の通っている学校が襲撃された事件で、事件の犯人と言うのは、謎の大男、ノーフィア、ウルス、そして平坂のことだが……真相と言われるとなかなか説明するのが難しい。どう説明すればいいのか。「実は、偶々偶然遅刻して行ったら校門に居た謎の馬鹿みたいに強い大男と戦うことになっちゃって、その上青華も連れていかれちゃって、なんだかんだで変な力とかに目覚めちゃって、もう理解の範囲外な事に巻き込まれちゃったんだよねー」とでも言えばいいのだろうか。
先日の事件に関しては、実はそこまでの情報が開示されていない。精々、学校が襲撃を受けた事と犯人が三人だったという事くらいだ。
「襲撃の犯人は三人。多分、全員日本人じゃない。一人は、なんだっけな、空気……空気何とかを操る能力の謎のでかい大男。で、次は多分こう、地面から壁か何かを作る──」
そんな風に説明する。
もちろん、話せない、話す事のできない事を除いて。概ね、公開されている情報をなぞるようにして、それに少しの補足を入れる形で。
そうして概要の説明を終え、反応を待つこと数秒。
「違う」
「違う? なにが違うってんだ?」
「もっと別の情報。あの襲撃は特異高専の上位戦力がいない日を狙って起きた。別、にまだいるはず」
「………………」
……平坂の事は話さなかった。なぜかと問われれば、実際の所、俺にも良く分からない。
分からないが──話したくなかった。
「あなたは事件の際脚に怪我を負っている。それも、襲撃犯三人の能力では到底つかないような怪我」
「………………」
「誰?」
問い詰めるその声に、その態度に、威圧感も、あるいは、答えなければと思うような強制力も何もない。あるのはただの言葉だけ。ただ、そういう意味だけを与えられた言葉だけ。
しかしその言葉は、言葉に与えられた意味は、その役割を全うすべく、頭の中に残響を残す。
「あの怪我は──」
一瞬、躊躇う。
「──ウルス。ウルスが持っていた武器に貫かれたんだ」
月が雲に隠れる。
部屋に差し込まれていた金色の光は翳り、代わりに白光が強くなったように思る。
こういうのを、確か、月に叢雲、花に風、と言うんだったか。
再び、間が開く。
「……そう」
ただの二文字。一つの感情も載せられていないその言葉からは、やはり、納得も不服も感じられない。
「では次」
「まだあるのか」
無感情な羽重とは対照的に俺の言葉には意味以上に感情が込められていた。大変不服だ。
つーかうんざり。
なんで簀巻きにされた状態で面白味の無い会話しなきゃいけないんだ。
訴えたら勝てるんじゃないか(個人で大企業に訴訟を起こすようなものだが)。
「急に辺りが暗くなった後に発生したあの光はなに」
「………………」
一番答えにくい質問がきた。
そもそも答えていいものなのだろうか。
全く関係ないけれど、三点リーダが多すぎる。
「あれについては俺も良く知らないんだ」
全く嘘というわけではない。むしろ、正直に掛け値なしの本音とも言える。
メデスに聞いてもはぐらかすばかりであんまり教えてはくれなかったし。
嘘はここから。
「ピンチになって八方塞がりになったところに急に暗くなったかと思ったら、地面から光が湧き出てきて、そしたらでっかいビームがウルスに直撃ってまあ、概ねさっき説明した通りだよ」
「自然発生」
「あれを自然と言ってもいいかは疑問だけれど」
あれ、きちんと技の名前まであるそれを自然発生なんて言っていい訳がないのだが、どうだろう。もしもそれが自然に発生した場合でも自然現象言えるのだろうか。
少なくともかなり不自然な現象ではある。
羽重が目を閉じる。
おお、こいつの表情と言うか顔がこんなに長く変化しているのをここまでの会話で初めて見た。だって瞬きですら分間に二回あるかないか程度の頻度なんだぜ。
「分かった。最後」
もしかしたら、今の逡巡したかのような間は、考えるための時間、そして納得できないと言うような感情の現れなんじゃないかと考えてみる。もしそうだったら、実は感情表現が分かりやすい奴なんじゃなかろうか。
そう思って羽重を見るが、やっぱり、何の感情も伺うことができない。一瞬だけなのかもしれない。
「あなたは──」
ふと、なにかの音に気付く。
羽重のようなヒタヒタという控えめな音じゃない。一切の配慮をしない、床へのダメージなど知った事じゃないと言うようなおと。
そうまるで、大胆不遜で傲慢な音──
遅くなりました。うちの学校、課題を出さないと単位がやばい事になるので忙しいのです。そういえば、最近人気の作品に「呪術廻戦」?ってあるじゃないですか。で、その作品にも「高専」が出てくるらしいんですよ。「呪術高専」という名前で。それでこの作品にも出てくる「特異高専」がなんか被ってると思うのですが、私は世間的に流行ってるものはあまり見ない人なので(捻くれ者)偶然の被りであることをここに明記しておきます。




