002・前編─男の夢とシチュエーション
朝の空気もそろそろ暖かいものになりつつあるゴールデンウィーク直前、4月の下旬。
夜から開けっ放しになっていた窓からは心地よくそよ風が吹き込み、カーテンを揺らしている。
そして、今の俺の状態──シチュエーションと言えば、それは所謂ところの、朝チュン、である。
朝目が覚めると、横には女の子が、ってやつである。
俺の場合は、朝起きると目の前にゴスロリ少女が居た。
朝起きると目の前にゴスロリ少女が居た。
朝起きると目の前にゴスロリ少女が居た!
「……おお」
こうして改めて状況を整理して、三回も同じ、男なら一度は体験したいシチュエーションランキングで間違いなくトップ5に入るシチュエーションを連呼してみると、なかなかテンションが上がる。
夢を叶えた。
実際、目が覚めて目の前にゴスロリ少女が居る可能性は一体どれほどのものなのだろうか。恐らく、百分の一パーセントにも満たない(つまり一パーセント未満)、逆の意味で天文学的数字を叩き出す事間違いなしだ。そりゃ夢にもなる。こうして夢やロマンと言われるからこそ創作物上ではよく起こるイベントなのだろう。
もちろん、俺はどこかのハーレム王のように無意識にでも体を触ったりはしないし、初心な奴等のように驚きのあまり声を上げて飛び退いたりもしない。
しかし、しかしだよ? この自分の横で無防備にも寝息を立てて寝ている女の子に指一本も触れる事がないというのはそれはそれで失礼じゃないだろうか。むしろ男の布団に入り込むという事はもうそれだけで何をされても文句は言えないのだ。
うわあ、髪なんて見るだけで解るくらいサラサラだし、キューティクルだし、ほっぺたもすごいもちもちだ。もう、もっちもち。まつ毛も長くて、唇も柔らかそうだ。
ふに。
ふにふに。
ふにふにふに。
ふにふにふにふに。
ふにふにふにふにふに。
もっちもちな頬を触ってみる。
やばい、ずっと触ってられる。
なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。
こんなに触り心地のいいものがこの世に存在していいのか。
「……そんなに触られると、さすがの僕でもちょっと恥ずかしいかな」
「うおわっ!」
驚きのあまり声を上げて飛び退いてしまった。
いつの間に起きていたのか、ほんのりと頬を朱に染めたメデスから恥ずかし気な非難の声が上がる。
そりゃ起きるか。こんなに触ってたら。
「布団に潜り込んだのは僕だから多少触られたって文句は言えないんだけど、それでもあんなに触られると恥ずかしいというか……まあ、間違いなんて起こりようも無いんだけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ?」
文句を言われている。
メデスの頬を触った(と言うか、つついていた。指一本でしか触る勇気が無かっただけである)ことに対して文句を言われている。
さて、なんて言い訳したものか。
大丈夫だ。こんな時こそ冷静に、クールに対処するんだ。
クールになれ暮木鈴人。
「ま、まったく、女の子が男の布団に無防備に入ってきちゃ、だ、ダメだろう。男は皆ケモノなんだぞ」
「頬を指一本で触るだけで勇気を絞り切った君が言えることじゃないよね」
「……………」
バレてた。
俺がチキンだってバレてた。
クールでもなんでもなかった。
だって仕方ないだろう。こんな事初めてだし、実は俺って彼女すらできたことが無いんだから。
「って、だからそんな間違いは起こりようもないんだよ?」
「起こりようも無い?」
それは俺がチキンだからと、そういうことか? やはり俺がチキンだからかっ?
「いや、そういうことじゃなくてね。もう根本的に起こりようがないんだよ。僕と君では」
「? だからそれがどいう事かってのをだな──」
「まあ、君にソッチの趣味があるんなら別だけど」
ソッチの趣味。
ソッチの趣味とは。
え、待って、ソッチってどっち?
何が何だかと混乱する俺を見てメデスはやれやれとばかりに呆れて首を振っている。
「君が同姓愛の気があるんなら別だけど?」
「……同性愛?」
同性愛ってあれだよな? 女同士だったり男同士だったりでの、つまりは同性間での恋愛関係の事だよな?
今のメデスの発言が意味するところはつまり──
「──俺って実は女の子だったのか……!」
「いや違うから」
馬鹿な事言わない、と否定とお叱りの言葉をいただく。
「むう? じゃあ他に説明のしようがないだろう。俺が実は女だった以外の可能性以外に一体どんな可能性があるというんだ」
「君の性別が実は女の子じゃなかったんだったら、もう可能性は一つしか存在しないんだよ? そもそも選択肢が二択になってるのが最初からおかしいと僕は思うよ」
「──え、じゃあもしかしてお前、いや、本当にない事だと解ってるけど、まさか自分が男だとでも言うつもりか?」
「うん」
「……………」
……いや、まさかそんな。
まさかそんなことあるわけないじゃないか。
もう一度メデスをよく見てみる。
朝日を反射させている艶のある鳥の濡羽色の髪。長いまつ毛にぱっちりとした黒い瞳。もちもちでふにふにの柔らかい頬。ぷっくりとした唇。きめ細かな肌はまるで陶磁器のようだ。
ふりふりとレースのあしらわれた黒を基調としたゴスロリドレスも良く似合っている。
「どこが男だと言うんだ?」
「純然たる事実として全体的に男だと言うよ」
「だってこんな可愛くてにいい匂いがするんだぜ? これが男なわけあるか」
「やめて近づいてクンクンしないで、と言うかそれだといい匂いする人は皆女性になっちゃうよ」
グイと寄せた顔を押し戻される。
甘いな、メデス。そこにはまだ可愛いくないといけないという条件がまだ残っている。
「……ま、まったく、女の子が男の布団に無防備に入ってきちゃ、だ、ダメだろう。男は皆ケモノなんだぞ」
「もしかしてループしようとしてる?」
駄目だった。速攻で阻まれてしまった。
信じられないよ! 味方だと思ってたやつが実は敵のスパイだったことよりも信じられないよ!
「まあ、そんなリアクションにももう慣れたよ。性別の事言うとみーんな同じ反応するんだ。まあ君のは結構面白い部類の反応だったね」
「勝手に俺のリアクションを採点すんな」
「五十五点!」
「しかも微妙に低い!」
しょっぱい評価だなあ。俺で五十五点だって言うんなら、百点なんてどんなだよ。
きっとそいつは余程面白い奴か、もしくは余程の変態かどっちかだ。
「ん、そうだメデス」
「なにかな?」
「お前の性別の話はいいとして。いや、前から気になってたんだけどさ。お前って普段俺の中に居るって言ってたけど、それって具体的にどこに居るんだ? 腹とか、頭の中とか」
「いや、そういう風に物理的に入ってるんじゃないんだよ。君の中って言うのはより具体的には、君の魂の中にいるんだよ」
「魂」
「分かってはいるだろうけど僕は人間じゃないからね。そういうこともできるのさ」
「はあ……」
魂なんて言われても分かりずらいな。確かに『魂』の概念は、科学的に(霊力が絡むものを科学と言っていいのか)証明されているらしいが、一学生で、しかも成績のよろしくない俺にはさっぱりだ。
「僕はかつての王の願いと、星の意思によって存在を確立させている、『星霊』なんだよ。幽霊みたいなものと考えてくれていい」
「精霊……ってあのよくファンタジーとかに出てくる妖精みたいなアレか?」
「いや、漢字が違うね。星と書いて星、だよ」
「星霊ねえ……、幽霊みたいなもんっつっても実際に触れてるわけだからなあ。あんまイメージ湧かねえな」
「僕の体は、と言うか星霊や神霊は霊力や星の力で体を構築してるんだよ。ほら、君達も霊力を使って物質を創るだろう? つまりはあれと同じさ」
「ふうん?」
青華が能力で氷を出すのと同じって事か。そういえば物質を創ったわけじゃないけど、俺も似たようなことやったしな。
そんな簡単な事じゃないような気もするけど。
「かつての王ってのはこの、王権戦争を始めた奴って事だよな。なんとまあ、面倒な事だな。……んで、星の意思ってのは?」
「……その質問には答えられない」
急にメデスの顔が暗くなる。
「なんだよ、禁則事項ってやつかよ」
「禁則事項です」
「カワイイ! って、違う、今はそうやってボケる時ではない」
なんで皆一様にボケたがるんだよ。真面目な空気を壊すな。
可愛いけど。
説明パートは普通ボケないだろ。
そしてそのネタも古い上にそんなに面白くない。
嫌いじゃないけど。
「星の意思によって回答の許可が下りなかったんだよ。星の意思についての情報は与えられないってさ」
「融通の利かないお星さまだな」
そういうのって、だいたい黒幕だったりするんだぞ。
「と、こうやってお話してるのも良いんだけど、そろそろ君は準備しなくちゃいけない時間じゃないかい?」
「ん、もうそんな時間か」
時計を見れば確かにそろそろいい時間だった。こりゃ今日は遅刻せずに済みそうだな。いつもいつも作文書かされてそろそろ作家にでもなれそうな気がするぜ(無理)。
「んじゃ、メデス。目を瞑ってくれ」
「? どうして?」
「え? いや、着替えるからだけど……あ、俺の中に戻るとか、部屋の外に居るとかでもいいけど……」
「別に目を瞑る必要は無くない?」
「え、だって女の子の前で半裸になるなんて……恥ずかしいじゃん」
「──はあ」
と、深くため息を吐かれる。しかも、これはあれだ、何かかわいそうなものを見る目だ。養豚場の豚を見る目ではないが。
むう、なにか俺は憐れまれているらしい。
「だからね、鈴人君」
夢見がちな少年少女に現実を教える大人のように、あるいは、諭すように、言う。
「僕は男なんだよ?」
原神が想像の三倍くらい面白かった……!
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