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閑話 正義の味方の鍛え方

 この話にはSAN値を燃焼させるような内容が含まれています。

 耐性の無い方はお気を付けください。

 これは異世界の賢者(アルス・マグナ)変態筋肉(チューバーマン)としてデビューする前、まだ一般人だったころの話である。


 まだ賢者(アルス・マグナ)が異世界から飛ばされて来て一ケ月ほどたったころ、一通りの座学が終わり、社会勉強も兼ねて、昼は肉体労働系のアルバイト、夜はトレーニングと勉強、そして休みの日にはジムに通っていた。

 筋肉を付けろとの第一命令(ファーストオーダー)によるものである。


 居候しているマンションから電車で一本、最寄駅から徒歩数分、ロッカールームで着替えを済ませて扉を開けば、そこは正に夢の国(ドリームランド)、様々なトレーニングマシンがずらりと並ぶ遊び場だ。

 出来れば全部の器具を使い倒したい所だが、時間と筋力は有限だ。出来るだけ家では鍛えにくい部位を優先したい。


「学さん、どうかされましたか?」


 入口辺りで器具を眺めている僕に対して、女性が話しかけて来た。青いスポーツブラを着込み、引き締まった体をした、麗しい女性である。


「こんにちはナギさん」

「ごきげんよう」


 こちらが軽く挨拶(アイサツ)すると、会釈して丁寧な挨拶(アイサツ)を返してくれる。彼女は四天王の一人で、久遠(くおん)ナギと呼ばれている。

 女性でありながら、体脂肪率は10%を維持しているという驚異の絞り込み具合で、特に腹筋に定評がある。

 胴の空いたスポーツブラの格好で、バキバキに割れた腹筋をさらすその姿は、やはり自信の表れだろう。


「久しぶりにジムに来たので、何からやろうか目移りしてしまいまして」

「そうですね……。では、ドラゴンフラッグから始められては?」

「それは無理デス」


 見て分かる通り、彼女はバリバリの腹筋至上主義者(アブリアン)だ。

 

 ドラゴンフラッグというのは、究極の腹筋と呼ばれる最高強度の腹筋トレーニングである。

 あおむけの状態から、腹筋だけで三転倒立の様に見えるまで足を高々と上げる姿を想像してほしい。両手を固定して首や肩甲骨の辺りだけを床につき、足や腰を床につけないようにして足の上げ下げを繰り返す。

 僕にはまだ無理な芸当である。


 きついトレーニングをさらりと進めてくるあたり、この娘はいわゆるドSなのか?


「あまり無茶なトレーニングをされてもらっても、困りますねぇ」


 その時ぬるりと、隣から声がした。

 赤黒いユニフォームに身を包んだ、腕の太い女性である。


「こんにちわ黒井トレーナー」

「ごきげんよう黒井さん」

「はいこんにちわ、学さん、ナギさん」


 彼女は黒井野愛(くろいのあ)、このジムのトレーナーである。


「学さんは他人行儀ですね、もっと気さくに呼んで下さいよ。

 何なら名前で呼んでくれてもいいんですよ?」

「……」


 いやそんなに親しくないし。それに、なんとなく彼女を名前では呼んではいけない気がする。


「それよりもナギさん、無茶なトレーニングを勧められては困りますよ~。

 怪我でもされたら、私も怒られるんですから~」


 黒井トレーナーは、困ったような、申し訳ないような、名状しがたい笑みを浮かべて釘を刺す。

 怪我や肉離れは日常茶飯事だが、起きないに越したことはない。何より事故が起きたときの日報の提出は面倒だ。


 彼女は比較的気さくなトレーナーで、若い女子ということもあり、人気のあるトレーナーだった。

 せっかくなのでトレーニングについて相談をしてみる。本格的な指導はレッスンを受ける(お金を払う)必要があるが、二言三言のアドバイスなら個人の裁量で黙認されているらしい。

 

「であればやはり簡単な運動から、習慣化させないと長続きしませんよ?

 ここはダンベルを持ち上げるところから始められてはどうでしょう?

 太い腕というのは女の子にもてますよ?」


 黒井トレーナーが肘を曲げると、半袖の袖ががはち切れんばかりに膨らんだ。彼女は自分の腕も好きだが、他人の太い腕も大好きという、ムキムキの二頭筋愛好家バイフィリアである。

 個人指導パーソナルトレーニングの時は真面目に指導をするらしいが、隙あらば腕を太くするためのトレーニングを勧めて来る。実にいやらしい。


「腕よりも胸よ。殿方の魅力は大胸筋」


 ユッサユサッと、真っ赤なスポーツブラを揺らしながら、女性が歩み寄ってくる。


「「こんにちわ輝夜(かぐや)さん」」

「ごきげんよう姉さん」

「ごきげんよう皆さん」


 見事に鍛え上げられた大胸筋の上に、さらに自前の追加装甲が乗っている。彼女は久遠輝夜(くおんかぐや)、ナギの姉である。

 ナギとは同じデザインのトレーニング着のはずだが、色違いとはいえ、とても同じデザインのスポーツブラには見えない。

 ここまで鍛え上げて、これだけの脂肪が胸に残る女性も珍しいらしく、ファンの中には整形疑惑があるほどだが、【嘘発見(センス・ライ)】の魔法で確認したところ、驚くべきことに天然素材(ナチュラルボディ)のようだ。


 遺伝子が仕事をしない姉妹である。


「せっかくジムに来ているのですから、ベンチプレスをやりましょう。そうしましょう」


 そして輝夜は大胸筋至上主義者(ペックリアン)であり、ベンチプレス万能論者(ベンチスト)だ。


「学さんも、早く100kgを超えるバーベルを、ガツガツ、上げれるようになって下さいね」


 輝夜が悩まし気に身をくねらせる。何人かの男が、ベンチプレスへと向かった気がする。


「トレーニングの基本は下半身んんん」


 呼ばれてもいないのに、黄色いハーフパンツをはいた変態が躍り出る。尻をこちらへ向けると、バック・ラットスプレッドの格好で尻を引き締めた。


「美しい尻こそ男の魅力!さあ(まなぶ)クン!一緒にスクワットから始めよう!!」


 変態にしか見えないその男が、尻をきゅっきゅっと引き締めると、尻にぴっちりと張り付いたハーフパンツ越しに、大臀筋が蝶の様に羽ばたいた。均整の取れた見事な尻である。

 ただ、自分はノーマルなので、男の発言にいささか身の危険を感じるところがあるが……。絶対に後ろには立たれないようにしよう。


「汚い尻を向けるんじゃありません!」


 ビチィッ!


「びゃー」


 ナギの足が一閃し変態男の尻を打つ。

 手加減のない見事なミドルキックに、変態は情けない声を上げてつんのめった。

 ちなみに、ナギには格闘技の心得がある。


「ちょ、ナギさん!ジムの中で暴れないでください!」

「あ、ごめんなさい、ついいつもの癖で……」

 

 黒井トレーナーの制止に、ナギは「オホホホ」と年齢に似合わない誤魔化し方をする。しぐさは上品だが、取り繕うことは無理だろう。完璧なマナー違反であるし、普通なら傷害事件になりかねない。普通なら。


「全く、姉者はいつも乱暴だな、このゴリラ女め」

「ありがとう、最高の褒め言葉よ」


 変態が何もなかったように立ち上がり文句を言うが、ナギは涼しい顔をして受け止める。女性に対してゴリラは侮蔑だが、高みを目指すものにとっては違うらしい。

 そして、恐るべきことにこの二人、いや三人は姉弟だ。


「チッ」


 言葉選びを間違ったことに気が付き、変態は舌打ちをしてそっぽを向いた。


「こらこら蓮太ちゃん、はしゃぎすぎですよ。

 家ではないのですから、周りへの迷惑を考えなさい」

「うぐ、申し訳ありません大姉者」


 変態の名前は久遠蓮田(くおんはすた)、常識的?な姉たちと比べると甘やかされて育ったようで、自由人である。今どきの空気を読まない軽薄さで、ついたあだ名はチャラオのパス太。

 彼は、何やら美しい尻にこだわりのある大臀筋(グルート)マニアだ。

 身の危険を感じるが、幸運なことに姉達には従順である。ナギには多少突っかかることがあるが……。姉に逆らえる弟など存在しない。


 大胸筋の輝夜、腹筋のナギ、チャラオのパス太、この三人はジムの中でもちょっとした有名人だ。弟御のおかけで三馬鹿兄弟と揶揄する人もいるが、これでも良い大学に行っているそうな。

 

「そんなことよりも蓮太、あなた学さんに気安すぎるのではなくて?

 学さんの方が年上なのよ」

「問題ない!学クンとは親友(マブダチ)だから!さ!」

「記憶に御座いません」

「ありゃ?」


 パス太が肩を組もうと手を伸ばしてくるが、スッと横に動いて躱す。

 ヤヴァイ。

 ないわー。

 瞬間移動したい。


「すいやせん」


 一寸薄い頭頂部にサングラス、黒く焼けた肌に比例するように鍛えられた全身。そして何より、床から生えているかのように誰よりも太い足!


「先程からちょいと、騒ぎ過ぎじゃ御座いやせんか?」


 ズシン、ズシン、と現れたるは、歩くたびに幻聴が聴こえて来るほどの太ましい太もも、偉大なる大腿筋(グレートサイ)と呼ばれている四天王筆頭、渡会道弘(わたらいみちひろ)さんだった。

 元々自転車競技をやっていたプロのアスリートで、太ももの厚み(バルク)が素晴らしい。最近定年退職をしたので、五十五歳か六十歳か、引退後にトライアスロンを始めたそうだ。老いて益々盛んとはこういう人かと感心させられるが、全身のバランスが悪く自転車競技以外は苦手だそうな。

 定年のためほぼ毎日ジムに入り浸っており、全身のバランスを整えるためのトレーニングに励んでいる。訓練の相談にも乗ってくれる頼れる人である。


「すみませんすみません、渡会(わたらい)さん、すぐに片付けますんで」

「「「ごめんなさい」」」

「さーせん」


 流石の貫禄に、黒井トレーナーは土下座しそうな勢いで謝罪する。湧き上がる三下臭が見事である。


「なに、話は聞いておりやした。簡単です。全部回せばよろしい」


 渡会さんは白い歯を見せて、ニカッと笑った。

 言葉は少ないが厚みがある。つまりすべてのトレーニングマシンを回ってこいと言うことですね。うん知ってた(白目)。

 

 

 

 

 約二時間後、僕達はバーで乾杯していた。無論併設のプロテインバーである。

 

 今日のトレーニングは内容が濃かった。誰かがつきっきりで補助というか指導してくれて、逆に言うと監視されてたようなもので、気合が入った。明らかにオーバーワークである。

 

 魔法が無ければ危なかった。


「いやあ、このまま鍛えていけば、学君も来年には大会に出れるんじゃないかい?」

「僕なんてまだ無理ですよ」

「ネカティブなこと言わない」


 渡会さんは、トレーニング中には見せないものすごい陽気さで、バシバシと肩を叩いて来る。サングラスをかけているのも地目(じめ)が怖いからだそうで、以外に気さくな人だ。


 話題はトレーニングのことから大会の話へ、ボディビルの大会が近いらしい。僕が出場する予定はないが、四天王の中には参加する人がいるというので、時間があれば観戦に行きたいと思っている。一塊(いっかい)の筋肉として。


「ニトウガデカイ、バリバリ、ダントツ、キレテル、

 シアガッテルヨ!シアガッテルヨ!ナイスバルク!」


 怪しい呪文のように聞こえるが、掛け声(シャウト)の勉強中だ。これでも初級編である。

 なぜか、野菜山盛り系のラーメンが食べたくなって来た。


※この物語は創作(フィクション)だが、

 創作(フィクション)でない掛け声(シャウト)もある。


「チョコパイ、メロン、チョモランマ、

 カニの裏、6LDK、板チョコ、グレネード、

 クリスマスツリー、バタフライ、ゴリラ、ダイヤモンド……」


 筋肉への掛け声……なのか?

 ちなみに久遠家は都内にある6LDKの豪邸らしい。


「ジープ、冷蔵庫、

 新人類、石油王、

 阿修羅像、ダビデ像……」

 

 きん……にく?


「ガン○ム、エヴ○ンゲリオン、

 豊洲○場、イン○ーダーゲーム、

 筋肉本舗、ムー大陸……」


 ……。


※この物語は創作(フィクション)だが、

 創作(フィクション)でない掛け声(シャウト)しかない。



 もしも君が人生に行き詰まった時、夢の国(ジム)の扉を叩くと良い。

 そこでは様々な導きにより、新しい自分を発見できるかもしれない。


 だが忘れてはならない、君が筋肉を望むとき、筋肉もまた君を望んでいることを……。





 活きの良い筋肉、肉の宮にて、夢見るままに鍛えたり。


 プロポーションダントツ!

 腹筋カニの裏!

 6LDK!

 板チョコモナカ!

 バリバリ!


 イエスイエスマッスル!



 ナイスマッチョ!

 イエスマッスル!

 

 二頭がチョモランマ!

 イエスマッスル!


 腹筋カニの裏!

 バリバリ!


 二頭がチョモランマ!

 デカイ!


 仕上がってるよ!

 仕上がってるよ!


 ナイスシェイプ!

 ナイスバルク!


 ナイスシェイプ!

 ナイスバルク!


 イエス!イエス!マッスル!!



 プロポーションダントツ!

 デカイ!

 大胸筋が歩いてる!

 赤が似合ってるよ!

 泣く子も黙る大胸筋!


 イエス!巨乳!

 


 イエス!イエス!

 お尻にバタフライ!

 

 イエス!イエス!

 グレートプリケツ!


 ハムケツ切れてる!

 ケツプリ!


 ナイス!ナイス!

 ハムケツバタフライ!



 大腿四頭筋クアドリセプス・フェモリス

 大腿直筋(レクタス・フェモリス)

 外側広筋ヴァスタス・ラテラリス

 中間広筋ヴァスタス・インターミディアス

 内側広筋ヴァスタス・ミディアリス


 ハムストリング

 大腿二頭筋バイセプス・フェモリス

 半腱様筋(セミテンディノサス)

 半膜様筋(セミメンブラノサス)


 はい!ずどーん!

 イエスマッスル!


 太ももよ!太ももよ!

 カニカマの千倍の厚みのある足よ!


 イエス!イエス!マッスル!


 栄光あれ!栄光あれ!

 肉体で一番大きな筋肉よ!

 筋トレで最初に鍛えるべき筋肉よ!


 イエスマッスル!


 ジムでバリバリの腹筋カニの裏を鍛え上げる前の、

 訓練を始める前からありし肉塊よ!

 ゴリラの様な太ももの偉大な大腿四頭筋よ!


 イエス!イエス!

 クアドリセプス・マッスル・オブ・サイ!


 イエス!イエス!

 太ももカニカマ千倍!



 ……………………。



 …………。



 ……。




 おや、誰か来たようだ。



 いや、そんな!


 あの顔は何だ!



 背中に!背中に!


 というわけで、SAN値を燃焼させながら日々筋トレに励んでおります。

 いいですねダンベル、とくにOPがトレーニング時間を計るのに丁度いい。


 あと、念のため言っておきますと、腹筋至上主義者(アブリアン)とか、そういう思想の人は存在するとは思いますが、呼び方自体は創作です。


 以上、今日も楽しく良い筋トレを!

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― 新着の感想 ―
[一言] 導入部分は良いのだから続きを書けばいいのに。 どこが行き詰まっているのかな?
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