襲い来る敵、中編
前回のあらすじ。敵が襲ってきた
所かわってココは研究所の裏手の林。
「せっかく貸してあげたのに負けちゃうなんて、あの下っ端には過ぎたオモチャだったのかな」
怪しげな男が一人、漆黒の装束に身を包み何か呟いていた。広げた両手からはバチバチと火花が飛び散り、電気を建物内から空中へと受け流しているようだった。そしてその横には先程の下っ端の男が持っていた解体包丁が無造作に転がっていた。
――俺はまだ残りの敵がくるかもしれないので、とりあえずそのまま正面入り口に居ることにした。
「美崎さぁぁぁあんん!」
さっきからハウルが煩いのだ。くそぅ、コイツ……とても不快だ。だがしかしココを離れる訳にはいかない。殺しておくべきだったのだろうか? 俺は目の前で、芋虫状態で転がっている男を見ながらそう思った。逃げられても厄介なので、先ほど縛っておいたのだ。
「美崎さああぁん!」
(タッタッタッ……)
ハウルの嬌声に紛れ、廊下を走る音、研究所内から誰かの足音がこだまする。敵? いや、そんな筈はない……ということは
「美崎……! 何かあったのか」
やはりそうか。音無が受付に現れた。だがネリケシは持ってない。どこかに隠してきたようだ。相当急いできたらしく、膝に手をつき、肩で息をしていた。
「ちょっとね。でも僕はこの通りピンピンしてるよ! 音無こそ、ネリケシはどうしたんだい?」
所々が斬れて破けた白衣を着ながら言うのも何だが……。白衣はともかく、体は別状ない。嘘ではない。
「ネリケシは置いてきた……。美崎、そいつは誰だ?」
「近づいちゃ駄目だよ。危ないおじさんだからね」
「美崎さああぁぁん!」
「名前を呼ばれているぞ。美崎」
「……き、気のせいじゃないかな」
俺は我ながら自分の語彙力の無さに呆れていた。この男は恐らく放っておいても問題ないだろう。動けるようになるまで、かなり時間がかかるはずだし。それよりも残りの敵がやってくる気配がない。そもそもこの男は「俺か妖刀か研究所、どれか一つで任務達成」と言っていた。俺、研究所――三つのうち二つがここにあるのだから、ココを狙ってくるとヤマを張っていたのだが……むぅ、来なさそうだ。
こうなると、この停電を起こしている犯人を探し出した方が利口かもしれない。だとしたらこちらから出向くまでだ。流石にこのまま朝までずっと待機なんてのは御免被るし。
「音無! ちょっとここを見張っていてくれないか? 俺はそこら辺を見てくるよ」
「わかった」
俺自身、子供一人置いていくのは若干気が引けたのだが、流石に無辜の児童を誘拐したり殺害したり……それは無いだろうと高を括っていた。「誰か来たら大声で知らせてくれ。ヤバくなったら隠れるか逃げるんだぞ」と念を押し、研究所の周りを巡回する。空には丸い月が浮かび、葉が舞い、生温かい風が顔を撫でる。
俺は後々、迂闊だったと後悔する事になる。
林の中を適当に歩き回った。静かだった……。夜だからという事はあるかもしれないが、もし敵襲なんて状況なら普通は大変な騒ぎになっているはずである。
そうか、皆知らないのか……、いや「知らされていない」のだ。敵側としては村人にバレると都合が悪く、動きづらい。そしてこっちとしても、その方が敵の表立った動きを封じられるのでメリットはあるだろう。
いや、待てよ。
村にもし敵襲が知られたら「この実験=危険」というレッテルを俺や研究所に貼られてしまうかもしれない。当然そうなれば俺の実験を不快に思う連中も増えるし、中止に追い込まれる。だから村人には出来るだけ隠密に対処したい。スタッフは適当にごまかしておけばいいだろうけど。
……ちょっと待った。敵の狙いは実験の中止でもある。もしも敵に頭のキレる奴がいて、敵襲だと村にバレた方が俺にとって都合が悪く、実験中止に追い込まれるかもしれないということまで見透かしていたら? そしてもし俺の殺害に失敗した場合、村で敵襲だと騒ぎ立て、実験を中止に追い込む算段までを整えていたら?
……否、さすがにそんな知能犯、頭脳明晰な俺じゃあるまいし考え付かないはずだ、などと考えた矢先、ゴオォォォン!! ガッシャーン!! という落雷のような音と、壮絶な地鳴りがした。
俺は慌てて走り出した。―――爆発音だ。咄嗟にそう思った。建物を破壊する音だろう。多分この建物の裏手、見取り図で言うと、研究所の実験室がある一角であろう。
「しまった、そういうことか!!」
俺は忌々しげに舌打ちした。完全に甘かった。敵の美崎殺害計画の次の狙い……。研究所の壁は分厚い。並みの魔法では傷一つ付かず、おそらく戦車で突っ込んでも破壊できない。リフォームする時に、この区画だけ綿密に設計し、頑強に作り直したのだ。そんな壁を爆破しようとするワケ。それは壁を壊して中に入ることで、実験機械もしくは妖刀を破壊すること。実験機械が壊せればそれもよし、例え壁を壊せなくても村に“敵”の存在をアピールできればよかったのだ。―――そうすれば実験は中止に向かうのだから。一石二鳥の作戦か。そうと分かっていれば最初から実験室に向かったのに。
「敵側にも随分と頭のいいヤツが居たもんだ……!」
ぼやきながら、俺は建物の裏に辿り着いた。あまりモタモタしていると村にバレてしまう……急いで敵を倒す、もしくは平和的解決をしなければ!!
先ほど轟音がした研究所の外壁の方に近づく。土煙でよくわからないが、うっすらと輪郭が見える。円を描くように黒く映るシルエット。――壁に穴が空いている!? そんな! 大工さんは「百人乗っても大丈夫です」って言ってたのに!
「あの建築詐欺野郎! 一部始終、ずっと胡散臭かったんだ! リフォームっつったのに建物を木っ端微塵に吹き飛ばしやがるし!」
とは言え、冗談抜きでこの壁の強度は確かなものだった。それが壊されるとなると間違いなく魔法だろう。それも恐ろしく強力な。
「親玉さんか? ヤバそうだな……」
高温で赤く変色している右手。俺は魔法を詠唱し、戦闘態勢を持続しながら実験室の中へと足を踏み入れて行った。破壊された壁から実験室へと入ったのだが、ちょっと良いだろうか。―――穴が空いているのは一箇所しかない。つまりこれが意味すること、それは《ここに実験室があるという確信を持っての爆破》である。まぁ爆発音が一回しか聞こえていないということからも分かるが。
さてここで疑問が一つ生まれる。というか確定的な事実が一つ。敵はどうして中が見えないのに外側から実験室の正確な位置が分かったのだろうか?
つまりだ、これにより確定事項が一つ成立するのだ。それは内通者の存在。おそらく内部情報に詳しい者が手引きし、外から爆破すべき位置を教え、爆破させたのだろう。もしくは内通者自体が爆破したのかもしれない。しかしこの研究所のスタッフにそんな強力な魔法が使えるやつなんていなかった筈だ。誰かが猫をかぶっているのだろうか?
「ふむ……」
もしくは《内通者など居ない》という可能性。敵自身、実験室の正確な場所は知らなかったが、自ら透視魔法で内部を観察、ドカンということも考えられなくはない。しかし透視にも限度があり、この線は薄い。実際、俺の頭ではこの危機的状況で「裏切り者は居ないさ」などという楽観的な発想など、馬鹿馬鹿しかった。みんな怪しく見えるぐらいだ。
「最近スタッフとして雇ったあいつか? いや、あいつはバカだし……。そうだ、口の臭いあいつは……? いや、口が臭いだけで何も取り得がないしなぁ……」
内心で溜め息をついた。考えるのに疲れたのだ。もう犯人は長谷部でいいや。明日、村長にそう伝えておこう。
俺は一旦思考を中断し、壁に穴が空いた実験室内を見渡した。だいぶ煙も引いて、視界が良好になっていた。空けられた穴からは月明かりが差し込んでおり、それは敵の正体を暴いていた。男と女――複数犯?
「ハッハッハァ!」
鬱陶しげな笑い声が部屋に響いた。声の主は冷酷そうな笑みを浮かべていた。
「美崎先生。そのまま動かないでくださいよォ? 動いたらどうなるか分からない年じゃないですもんねェ! ッへッハッハ!!」
当初、敵は二人かと思っていたが違った。敵は一人で、もう一人は人質のようだった。
俺は「あ」と声を漏らした。最初よく分からなかったが、そこに音無の姿があったのだ。勿論、人質としての姿が。手足を縛られたりはしていないが、俺が下手に動けば敵は何かするつもりだろう。そしてもう一つ、声を漏らした別の理由が俺にはあった。
「君がこの事件の黒幕か、早馬君!」
音無の後ろに居る犯人と思しき人物に投げかけた言葉だった。そう、驚くべきは敵、爆破の犯人―――それは早馬。音無の兄だった。
「黒幕ねぇ……。実行部隊のリーダーと言ってほしいかな。あ、そうそう。停電は俺のせいじゃないぜ?」
「実行部隊……」
唖然。俺は言葉を失った。俺も十分ショックだけど、実の兄に命を握られている音無だって、比べ物にならないくらいショックだろう。爆発音が響く前、音無に何かあったら知らせろ、と言ったのに俺へ知らせなかったのは、まさか自分の兄が敵だとは思わなかったからだろう。油断した結果……それに一人にさせてしまった俺のせいでもある。
ところで、ん? 実行部隊と言ったか? あいつ。
部隊ってことは、敵はもしかしたら他にもまだ居るのかも。だが俺はまだ二人しかあってない。包丁の変態(ハウルと言ったか)と、この早馬の二人だ。……変だな、部隊というからには、もっと遭遇してもおかしくないと思うんだが。少数の部隊なのか?
「あ、そうそう! 俺以外の実行部隊は村に向かったぜ? でも安心しな! 敵が来たああぁって伝えに行っただけだからなぁ……ヒャヒャ!」
早馬は俺の疑問に答えるようにそう付け加えた。やはり別働隊が居たか……。どうやら完全に村に知らせる気のようだ。ここまで頭が回る奴が居るとは考えていなかった。なかなか手強い。
「あー、つーか全部ぶち壊しちまいてぇんだが。チッ! あの野郎が美崎には気を付けろって言うからな。人質とかガラじゃねぇんだがなぁー……」
早馬は何かぶつぶつと独り言を言っていたが、後半部分はうまく聞き取れなかった。そして一通り言い終えると、早馬はこちらをじろりと睨みつけるのだった。
「取り引きといこうじゃないか先生。そうだな……、お前の手で実験機械を破壊しろ。そうしたらコイツを安全に返してやる。さあ、どうする!」
早馬が自分で機械を壊さずに、あえて俺に壊すよう言ったのは早馬が機械を破壊している間に俺が何かをし出かすかもしれないと考えたのだろう。こいつ、俺を相当警戒しているな。
そもそも、俺にとってこの実験の成功は、あの忌々しい日の真実を知りたいという自分一人の願いだけでは無くなっていた。今では大勢のスタッフに支えられ、村人も応援してくれている。責任と重圧が発生しているのだ。そこで俺が研究に必要な機械を自分で破壊、失敗に持ち込みました、なんて結末を迎えたらみんな俺に失望し、蔑むだろう。それに実の妹に本当に手を掛けるとは思いにくい。ならば、―――答えは決まっていた。
「……そうだな、分かった。答えなんか決まっているさ!!」
早馬を一瞥すると、俺は落ちていた瓦礫の欠片を拾い上げ、思い切りブン投げた。
ゴッ! という鈍い音が聞こえた。欠片は月明かりに照らされながら空を裂き、放物線を描くこともなく真っすぐに飛んで、そして―――実験機械に命中したのだった。
一瞬だった。電気は停電で通っていなかったので、ショートするような光景は無かった。ただ単に、長年の願いが遠ざかるような無機質的な音だけが空間に響き渡った。
――俺の過去と人命、そんなもの比べるまでもないだろう。俺は音無の命を選んだのだった。例え早馬が妹を本当に殺すような凶人では無かったとしても、確証も無く少女の命を晒す事は、出来なかった。しかし、終わったな……またパーツの発注からやり直しだ。
「そうそう……あんたは正しいよ先生―――でも」
早馬は満足げに頷くと瞑目した。自分の思い通りに動いてくれて助かるよ、とでも言うかのように良い笑顔を浮かべたのだった。しかし次の瞬間、予想外の行動に出る。
「俺がコイツを生きて返すとは限んねぇだろうがああぁあぁぁ!!」
「!? やめろッ!!」
コイツ、頭がおかしい、どうかしている!! そんなに人を殺したいのか、それが例え自分の妹でも!
哄笑と共に早馬が魔法を詠唱し始めた瞬時に、俺は剛速球で、早馬の顔面に向かってドロドロに溶けた高温の物体を投躑した。思わず後ろに跳んで避ける早馬。詠唱を邪魔され、舌打ちする。そしてその一瞬の隙を突いて音無が走ってこちらに逃げてきた。―――俺が投げた物体、それはウ○ダーの空き容器だった。カラになった容器を咄嗟に取り出し、溶解してブン投げたのだ。武器としては格好悪いが、直撃すればダメージを与えるだろう。……そういえば、先ほど下っ端の男、ハウルとの戦いで「人に誇れる魔法なんて温度変化魔法だけだ!」と豪語したが、この魔法も使い方によっては人を傷つけるものになる。―――魔法なんて所詮何にしても人を傷つけてしまうものなのかもしれない。例えば料理するために具材を切断する包丁なんかのように。便利なものには相応の危険が付与するものなのだから。
「音無、ケガはしてない?」
「ううん。それよりも美崎、私のせいで機械が……」
走って胸に飛び込んできた少女の頭をクシャと撫でる。いや、いいんだよ、と言い聞かせた。
「機械は作り直せる。また作れるものはまた作ればいいんだよ。でも……命は作れないだろ?」
「美崎……」
俺は少し格好つけて言ってみた。今のセリフは我ながら名言だ。私の人生第三十五章に記録しておこう。そう思ったところで
「命も作れるぞ。美崎知らないのか? 子作りだ。男と女が―――」
「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ! いたいけな少女がそういうことを言うな!」
音無によって空気がぶち壊された。―――台無しだ、空気の読めないマセガキめ。―――だが確かに間違いではない。正鵠を射た発言にうまく反論できなかったのは事実だ。悔しいが。同じ命は何度も作れない、そう言いたかったのだが、ああ、どうでもよくなってきた。
「お前の力を試したかったからわざと隙を作ってやったのに、温度変化の魔法とはな。拍子抜けだぜ」
蔑むような声が聞こえた。早馬の声だ。……ああ、そうだ。事件はまだ解決していない。人質を救出して少し浮かれてしまっていたが、ここからが本番といっても過言ではないだろう。
「もういいや、死ねよお前ら」
冷徹な眼差しをこちらへ向けると、早馬は目を閉じて淡々と魔法詠唱を開始するのだった。
前編、後編で分けようと思ったら無理でした。