とある伝説と、修復実験
前回のあらすじ。
村長宅に行ったらいきなり電マで殴られかけた。
「まぁ座りなさい、よっとぉ……」
「あらためて、お邪魔します」
首にバスタオルを巻いたまま、村長は居間の畳に座った。俺も背負っていたギターケースを横に置いて胡座する。村長は瞑目しながら鼻くそ、もとい鼻の掃除をし出した。その様子を凝視していた俺に向かって村長は不思議そうな顔で言う。
「なんじゃ? やらんぞ」
「いりませんよ!!」
誰がてめえの鼻から精製された老廃物なんかを欲しがるっていうんだ。だが、まぁ村長なりのジョークなのは分かっていた。たまにこういう事を言い出すのだ、この人は。
居間にはこたつがある。その上には定番とも言えるミカンが乗っている。そう、真っ黒のミカンが。……今は夏だ。ズボラな村長なため、冬からずっとこのままなのだろう。正直ズボラなんて単語で納まる次元ではない。頭がおかしい、きっと。毎度そう思う。
「それでじゃな」
「はい」
村長は何かを慮るような表情で、少し思惟したあとに話を切り出した。ぴん、と鼻くそを飛ばす村長。物体は高速でどこかに飛んでいった……。
「呼んだのは、おぬしの家族に関することなんじゃがぁ……」
*
美崎はその言葉を聞いて陰鬱とした表情になった。実は、美崎には現在息子や妻、親。すなわち家族は一人もいない。そして村長のここで言う家族とは、美崎の《父親たち》のことである。もう随分前に他界している。
「俺の家族のことですか?」
と美崎が聞き返すと、鷹揚に頷く村長。そういえばネリケシで男性器を作っていた少女―――音無の家は兄との二人暮らしだった。聞いた話によれば母親は存命らしいのだが、入院しているのだという。父親に関しては分からない。まだ小学生くらいなのに……。あの娘は自分の置かれた状況に悲観したり誰かを恨んだりはしていないだろうか。美崎はそんな事を頭の片隅で思い起こす。
「あー。いや、そのじゃな……」
怪訝そうな美崎を見て、言い出し方を少し間違えたか、といった感じで村長が少し取り乱した。そしてチラッとこたつの脇に置いてあるギターケースに視線を移すと、話題を一端逸らす。
「そういや実験の調子はどうじゃ?」
「実験ですか?」
実験―――美崎が研究所で試行している研究、および実験の事だ。その研究とは、破損したとある物体の修復実験のことである。通常の方法では修理が不可能であり、現在美崎研究所で日夜、スタッフが汗水を垂らして研究に勤しみ、尽力している。既知の科学で直せないなら、未知の魔法で、というスタンスでだ。
「まぁ、かなり順調ですよ。あと少しで本格的な修復作業に移るつもりです」
「そのことなんじゃがのう? ソレ。実験を……中止してくれないかね」
村長はアゴでギターケースを指しながら言った。
「なぜですか? しかも随分と急な話ですね。穏やかじゃない」
「そうじゃな。随分と急で、穏やかじゃないな」
「俺の言った単語をリピートしないでください。腹が立ちます」
「いやぁ、そのぅ……」
「まさか“組織”にバレたんですか……!?」
「いやいや、それを言うなら昔っからバレておったよ。今までは泳がしていたが、実験が大詰め故、封じたいんじゃろうな。おそらく修復されると何かあちらにとって不利でもあるんじゃろう」
美崎は三十年前を思い出していた。楽しかった家族との思い出を。そしてそれらが一瞬で奪われたことを。更にもう一つ、とある伝承を……。
美崎の家系は先祖代々鍛冶屋を営んでいた。もっとも今の美崎の代でそれは途絶えてしまったが、父は国に仕える程の、有能で著名な鍛冶職人だった。古い祖先の話だが<美崎>という名字も、打った刀剣が美しく物体を切断するということから、美しく裂く、美裂=ミサキ、と由来しているらしい。そしてその血筋は皆、幼少期から同じ魔法を極めさせられるという風習がある。そして、三十年前にある噂が世間を震撼させた。この村で始まった伝承である。<三ツ首>という妖刀の話――
《それに触ってはならない。憑り依かれれば、三人の首を欲す》
触れればたちまち人を呪い殺すと言う――世の中で、これは妖刀<三ツ首>の伝説として知られているが、これは伝説なんかじゃない。実話なのだ。美崎の家族は妖刀に呪い殺されたのだ。三十年前に美崎の一家―――美崎ただ一人を残して父と母、そして兄―――三人を呪い殺したおぞましい妖刀。そのとき残った妖刀はちょっとしたアクシデントで、ぽっきりと折れてしまったのだが、今でも美崎のギターケースに大切に保管されている。この折れた妖刀を復活することが件の実験である。伝説には尾ひれが付いてしまっているが、家族三人が惨殺されたのは事実であった。
当時、警察は適当な理由をつけて事件の捜査を打ち切ったが、美崎や村長は裏で暗躍していると思われる謎の組織が関与すると考えていた。出来上がった妖刀を受け取りもせず、当時の依頼主が姿をくらましたのだから、何かがある、と。事件以来、美崎や村長に表立ったコンタクトも無かったので半ば放置していたが。その組織に一連の実験がバレていたのだと村長は言う。
今となっては、仮にその組織が存在していたとして、妖刀を打たせたのは軍事目的だったのだろうと美崎は思う。強力な魔法や武器は軍事力となるから。結果としてはトラブルが発生したのか、出来あがった妖刀を回収しなかったようだが。しかしそんな事は歯牙にもかけない。何故ならこちらは家族が殺されているのだ。思い出しただけでも気分が悪くなる。
「で、どうする? 中止するのか続けるのか。儂は中止するべきだと思うがね。村長としての立場もあるし」
「あ、はい。ええと……」
しわがれた、しかしながら力強い村長の声が聞こえて回顧を止めた。トラウマってのはどうしてなかなか鮮明に覚えているもんで。自分のメンタル面の弱さに美崎は腹が立った。
――実験を中止するか否か。でも中止したらきっと未練が残る。妖刀とは何か? 伝説は本当なのか? 本当に呪い殺されたのか? その真実が知りたい。だがもし続行すれば危険な目に遭うかもしれない。その時は周りの人たちも巻き込んでしまうだろう。
あの事件と何か関係がある筈だと、そう始めた実験。当初は極僅かな知己のみぞ知る研究だったが、秘密裏に行っていた訳ではないのでいつしか周囲に認知されるようになり、人数が増えていった。研究員、従業員達は今では平然と働いている。美崎の判断は軽率だったと言われても、反論出来ない。
「俺は……。――――俺はやっぱり」
「美崎よ。おぬしの生きる目的は……。知らない方が良いこともあるかもしれんぞ」
珍しく真剣な眼差しをした村長が、美崎の言葉を途中で制止した。美崎の知らない真実を知っているのかもしれない口ぶりだったが、そこには隠し事をしているという後ろめたさや負い目といった感情よりも、育ての親が我が子を心配するようなニュアンスが感じられた。
*
その後、俺は村長と暫く話し合った。村長宛てに脅迫文のようなメール(村長は意外とパソコンや精密機械が得意)が届いたこと。そして今、この村には既に“組織”の人間が侵入している可能性を教示してくれた。曰く「実験を今すぐ止めないと研究所を襲撃する」とのことだ。
正直、俺は村長に感謝している。三十年前、親を失った俺を拾って育ててくれたのは何を隠そうこのじいさんだ。数えきれないほどの恩でいっぱいだし、出来れば反抗はしたくないし、迷惑も掛けたくない。だけど……
「それでも俺は……実験をやめません」
だがこの実験ばっかりは譲れない。そんな気がした。そんな俺の答えに、村長は何も言わなかった。
村長の立場上は実験の続行に反対なのだろう。しかし寧ろ、俺のその答えを待っていました、と言わんばかりに薄い笑みを口元に浮かべたような……俺には村長が少し安堵したようにさえ見えた。
今後、少しシリアスが続くので、真面目に書きマス。