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三島という村長

前回のあらすじ。音無がネリケシで男性器を作っていた。

 黙々と絵を描き続ける彼の名前は三島みしま。音無に並ぶ危険因子である。四角い顔、ゴツイ体格、モミアゲとつながったアゴ髭、しかし歴とした未成年であり、外見に忠実に人を殴ったりはしない。そういった意味での<危険因子>ではないことはあらかじめ保証しておこう。ちなみに言っておくと、しゃくれているのはコンプレックスではない。チャームポイントである。


「……。(無言で絵を描いている)」


 前に聞いた話だと、彼は自分の家に居たくないらしく、よくこの研究所に来ている。村長の孫であり、そして村長の孫であることがココに遊びにくる原因なのだが、まあその件はまたいずれ……。


「三島君。なにを描いてんだい?」


 俺はゆっくりと尋ねてみた。―――慌ててはいけない。こういう時こそ冷静に対処すべきだ。すると三島君は俺の方を振り返ることもなく、絵を描き続けながら返答する。


「………おっぱい……」


 そう、三島君は恥ずかしそうに答えてくれた。


「……」


 なぜ恥ずかしそうなのかは全く理解出来なかった。まったくこいつ、キテレツな野郎だ……。


「恥ずかしいなら描くなよ……」


 戸惑いながらも、とりあえずツッコミを入れておいた。A4用紙いっぱいの大きさに丸、そしてその中に点が打ってあった。おっぱいというよりもこれは……<的>だ。もし、こんな乳房の女性が居たとしよう。その人は、シンプルな乳房をしているがために誤射されて死ぬだろう。はたまた酩酊したおっさんがダーツを投げてきて重傷を負ったり、もしくは突然頭のイカれたウェスタン野郎に銃撃されて――――いかんいかん、このまま《シンプルな乳房の女性の死亡理由》を延々と夢想するところだった。ていうか、何だよ、シンプルな乳房って!


 唐突だが、この三島という少年、実は魔法が使えない。「魔法の一つも紹介しない内から、いきなり何なんだ」と思うかもしれないが、そこは温かい目で見てほしいのだ。

 以前魔法は“万能薬”だと述べたが、万能薬ゆえに使える人は限られているのだ。もちろんそれは先天的な才能に依存する場合が多く、使えない人の割合は決して少なくない。ちなみに音無は魔法が使える。実を言えば先ほど既に、彼女は魔法を使用していたのだが……。


「あ、そうだ三島君。君のお爺さんが今どこにいるのか知ってるかい?」


 俺は村長が呼んでいたことを思い出した。さきほど研究所スタッフの長谷部君が伝えてきたことだ。孫がここに居るならもしかしたら一緒に来てるのかと思ったのだが


「さっき自宅に帰った……」


「あ、そうなの?」


 三島君はこちらを一瞥せずに、低いトーンでそう答えた。三島君は少し暗い。さっきからずっとおっぱいを描き続けて俺には見向きもしないし、外見は不良みたく怖いし、残念ながら頭も三十個ほどネジが飛んでしまっている。(ちなみに頭部は全、三十一パーツだ)

 内向的、ネガティブとでも言うべきか。友達は居るだろうか。将来は大丈夫だろうか。俺はそう、少し心配しているのだったりする。だが俺とて、今は用事が出来た身だ。この場でいつまでも他所の子供の行く末を憂慮している場合ではないな。


「じゃあ二人ともバイバイ。―――くれぐれも変なことはしないように、ね?」


 実は以前、三島君と音無のコンビに大事な研究機械を破損された事があった。子供がした事なのでそこまで激怒はしなかったが、流石に注意した。それ以降、暫くは平和な日々が続いていたのだが……何かあっては困る。なので釘を刺しておくのだった。「ん? うん」という上の空の返答だったが、とりあえず俺は二人に別れを告げ、村長の自宅に向かうことにした。


 *


「やれやれ。外は暑いな」


 研究所を後にし、村へと続く林を抜ける。俺はぶらぶらと村長の家へと向かっていた。気温は暑く、陽光もまぶしい。―――季節も既に夏。太陽は三十歳過ぎのおっさんに汗をかかせてイジメるのが大好きなんだな、と下らない事を脳裏に浮かべ自嘲しながら道を歩く。いや、決して俺はマゾヒストではないのだけど。

 ―――村長。この村一番の年寄りで、名字は三島。先程研究所でシンプルな乳房を描いていた三島君の祖父だ。しかし、そもそも村長といっても村の大事な行事に出席する程度しかアクションは起こさないし、村長としての威厳はゼロに等しい。風呂から出てきたのを子供が見ただけで最近では近所でストリッパーなどと呼ばれるようにまでなってしまった。

 こないだまでは「出た出た、また始まったよ、村長いじめが」などと軽く子供をあしらっていたのだが、最近の悪ガキのジャイアニズムには勝てず、現在は白旗をあげて降参。子供たちからは格好の遊び相手、もとい生き餌となっている。娯楽の少ないこの村では、童心をくすぐるようなものは少ない。その結果が村長に向けられているのかもしれない。


「そういやこの前、履いてるトランクスを後ろからいきなり引き裂かれていたな……」


 正直やり過ぎだとは思う。無論、ズボンを履かないトランクスLOVEな村長もどうかと思う。いつも涼しげだ。しかし、いじめっ子というものはターゲットのアラを探す洞察に優れているのだ。彼らの前で下着姿になったら最後、潔く穿いているトランクスを差し出すしかない。

 そんな村長だが強化魔法(主に筋力などの、肉体を強化する魔法)に関して右に出るものが居ない程の腕前なのだとか。尤も、村長が魔法を使うこと自体が珍しいので多少信じ難いのだが。


「半袖の白衣を買うべきか…? いや、売っていないだろうからオーダーメイドか……」


 あまりの暑さにそんなことを考えていた。そろそろ衣替えしないと駄目だろう。自分の体温を変化させて少しは涼しくしているんだけどなぁ……。勿論これも魔法で、なのだが。


 少し歩くと村の商店街通りが見えてきた。八百屋に肉屋、文房具屋、クリーニング屋、コンビニ、小さな喫茶店……。一応目ぼしいモノが一通り揃っているのは、この村の誇示できるアピールポイントだろう。村民もみな重宝している。


「そういえば長谷部を殺害するのを忘れてたな……」


 そんな事を独りごちっていると、村長宅が見えてきた。―――平屋の古民家といった様相だ。その周りを今日も今日とて悪ガキがウロチョロとしている。何か企んでいるのだろう。


 ドンドンドン! 「美崎です。村長、居ます?」


 玄関扉を強めに叩いてみた。数日前、インターホンが近所の子供に破壊されたので、今ではドアをノックするのが主流な伝達手段だった。玄関の横には無惨な姿となったインターホンが、俺をそっと見守っていた。


 ガンガンガンッ!!


「村長~?」


 アレ? おかしいな……。

 ご老人にも聞こえるように強烈な力で扉を叩いたのだが返事がない。いつもなら「強く叩くな! 壊す気かッ!?」とか「聞こえてるわボケェ!」という、元気一杯でお茶目な返事が返ってくるのに。耄碌してしまったのだろうか。俺は「村長ー?」と、もう一度だけ再チャレンジしてみた。


「………」


 もしやこれは死亡フラグなのか、と思いながらも一応待ってみる、がやっぱり様子がおかしい。とうとうお迎えが来たのかもしれない。老人の孤独死というのは、この世界でもまぁ無い訳ではない。

 扉に手を掛けて動かすと、施錠されていなかったらしく玄関扉が僅かに横へとズレた。俺は不審に思いながらもガラガラ、と真横にスライドさせて開けてみるのだった。すると目に飛び込んできたのは、まぁ見慣れているのだが一般的な作りの内部―――下駄箱、廊下、リビングへの扉、トイレへの扉―――しかし村長の姿は見当たらない。


「居るんでしょ村長ー? 入りますよ?」


 相変わらず返事が返って来ない。廊下には電気もついておらず、まだ昼間だがリビングのカーテンが閉め切られているのか、家の中はかなり暗い。朝の早い老人の家にしては少し異様な雰囲気だった。もしかして本当に居ないのだろうか。


「あ。そうだ」


 ふと気付いた。そういえば外の悪ガキ達はこの家の裏手に回っていったな。あいつらは村長を辱めることを何よりの悦楽とし、好物は村長の怒気、欲しいものは村長の弱みという悪魔のような奴らだ。だから間違いなく彼らの行く先には村長が居るはずである。――――家の裏側ということは、風呂場か!

俺は靴を脱いで廊下に上がると、ギシギシと床を軋ませながら少しカビ臭い廊下の奥へと進んでいく。なるほど。微かだが確かに水の音が聞こえる。風呂場に居るのだろう。


 浴室の扉の前に立った美崎。俺が風呂場の扉をすぐに開けなかったのは、万が一いきなり扉をブチ破って、入浴中の老人の裸体が網膜に焼き付いてしまったら、と気が引けたからだ。おそらく一生脳を蝕み続けるだろう。それほどに、壮年のしわしわの乳首と棒きれ(否、枝か)を見ることを躊躇った。なので扉の外から声を掛けようと思い


「村長? いるん―――」


「出やがったなこのゴミどもがあぁぁぁあああ!!!!」


「!? うわぁッ!!??」


 浴室の扉をノックしようとしたまさにその瞬間だった。怒号が響き、風呂の内部から湯けむりに紛れて老人が転び出てきたのだった。


 ブウゥゥゥンン!!(謎の振動音)


 湯気で互いによく見えない。しかし鈍器(?)を持った老人が、ビーフジャーキーのような男根をふるわせながら襲いかかってきた。


「!? あぶな!」


「! なぬぅ……ッ!?」


 俺は焦慮と身の危険(おもに貞操)を感じて、咄嗟に手で鈍器を防ごうとした。すると鈍い音とともに鈍器がハジかれて吹っ飛ぶ。その反動で踏鞴を踏む老人だったが、湯気もだいぶ晴れて相手の顔を認識すると、老人はハッとしたかのように我に返ったのだった。


「なんじゃ美崎か。よく来た、待っておったぞ?」


「いや待っておったじゃなくて……」


 老人は記憶喪失のごとく、何食わぬ顔で体を拭き始めていた。人に襲いかかっておいてそれを無視するとは……。いくら年長者だからと言ってもここは諫めておかないと……!


「ちょっと、村長。危ないじゃないですか!! いきなり殴りかかってくるなんて非常識すぎると思わないんですか!? 何度も呼んだのに返事もしないし、もし俺じゃなくて近所のター君とかだったらどうするんですか!!」


 ター君とはこの近所に住む悪ガキ(最近調子に乗り出した)の一人である。先ほど外で見かけた、小憎たらしい笑みを浮かべていた少年だ。俺が言及すると村長は「ター君なら死んでもいい」とボソリと呟いたのだが、いや、オイそれはマズイだろ……。


「村長聞いているんですか? というかいつまで大事なところ拭いてるんだよ! もう水滴ついてねえよ念入りすぎだろ……」


 何故いきなり村長が襲ってきたのか、大体は見当がつく。おそらく悪ガキが風呂を覗きにくると予想し、鈍器(なぜか電マだった)をもって待ち伏せしていたのだろう。しかし人を電マで殴りつけようとしておいて謝罪の一つもしないなんて、俺は家畜以下の存在なのだろうか。いや待てよ……? ひょっとしてさっきの「クソ」呼ばわりは俺だと知っていた上で言っていたのか? なんてことだ……!! それに第一、俺じゃなくて子供だったら本当どうするんだ! あの勢いじゃあ打撲どころじゃ済まないぞ。というかなぜ電マのスイッチはONになっていたんだ。

 俺がくだらないことを分析している間に、局部から燻製肉を生やした老人はとっくに着替え終わっていた。


「待たせたのう。じゃあとりあえず居間に行こうか」


「え、はあ、そうですね」


 美崎は白いTシャツとトランクス姿で泰然と歩む村長のあとに着いて行った。―――ぐちゃぐちゃに溶けた電マに背を向けて。

村長は愉快な人です。たまに子供にマジギレします。

「~じゃ」とか爺言葉を使いますが、本人が雰囲気で気に入って使用しているみたいです。

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