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研究職の中年が研究もせずに魔法でああだこうだでキリキリ舞い  作者: ディ・オル
第二章~学校編 vol.1~
17/28

前夜

前回のあらすじ。

臨時講師をやる事になった。

 研究所の復旧工事が終わり、何日かが経った。平和な日々が続き、研究所へ引っ越した音無も馴染み、日々の生活にも順応してきていた。

 研究所の休憩室で、風呂上がり、美崎は音無とトランプをしていた。実験の再興に必要な機材の大体は届いた。この機材のセッティングやプログラミングの構築に時間と人数が掛かりそうである。パソコンが数台並べられた実験室では、仕事に復帰したスタッフ達が矢継ぎ早にタイピングし、プログラムを書き換えたり、データのバックアップや見直しを行ったりしている。

 実験室が破壊される以前と遜色ないほど、いやそれ以上に身を粉にして働いているようだった。まだ本格的な修復には遠いのだが、襲撃事件を乗り越えて、以前よりスタッフが一致団結しているような印象を受ける。

 そんな中、トランプをしていた美崎と音無の所に女性スタッフが一名やってきた。どうやら本日の業務を終え、一服しに来たらしい。

 棚からマグカップとティーパックを手に取り、ポットでお湯を注ぎ、紅茶を淹れた。……今更ではあるが、休憩室は美崎が快適に居住できるよう改造されている。簡素な造りではあるが調理台が設えられており、電子レンジや冷蔵庫、調理器具も完備。音無が暮らすようになってからは、スタッフの誰かがオーブントースターや炊飯器すらも持ち込んで来た。買ったのだろうか?


 スタッフに気付き「お疲れ様ですー」と軽く声を掛ける美崎。スタッフは微笑むと、マグカップを軽く持ち上げて会釈した。この研究所に恭しい上下関係は無い。いや、そもそもこの村にはそういった、ある種の日本人特有の傾向が薄い。目上の人間や先輩を敬うという事は、決して義務ではない。善意であり、マナーやモラルと言った概念に帰結される。それを強制しようとする瞬間、悪習へと変わるのだ。そう考える美崎だからこそ、上下関係や先輩後輩、年功序列……堅苦しい雰囲気は徹底的に排除しているのだった。そもそも村長があのように放埓な、もといラフで寛大な態度なので、村そのものに、この空気が伝染していると言っても良い。


 *


「そういや、美崎先生、町の学校で臨時講師するんですって?」


 女性スタッフがこちらへ尋ねた。俺も「そうなんだよね」と呟く。何気ない会話だったのだが、音無だけは「え?」と訝しげに聞き返すのだった。研究所スタッフには代理を任せたり、これからのスケジュールを把握してもらったりするので、折りに触れて伝えているつもりだったのだが、音無に伝えるのをうっかり忘れていた。


「あ、そうだ。言ってなかったっけな……。忘れてたけど明日から俺、町の学校に行かなきゃいけないんだ。講師として」


「! そうなのか?」


 音無がぎょっとした様相で俺を見る。


「うん。暫くの間、研究所はスタッフに任せておくよ。二週間くらいで戻る」


「美崎、居ないのか……。私はどうすればいい?」


「うーん、スタッフが面倒を見てくれるよ。でも俺が居なくても大丈夫でしょ?」


「無理。ヤダ」


 おっと……知らぬ間に、随分と懐かれてしまっていたようだ。少女に好かれるのは嬉しいのだが、正直参った。話していなかったのも悪いのだが、学校に連れて行くのはちょっと難しいと思う。


「その点については大丈夫じゃぞ!!」


 そんな事を俺が考えていると、村長が休憩室の窓から入ってきた。なんでだよ……。


「そ、村長!? なんで窓から! それに大丈夫…って、村長が預かる気ですか?」


 アロハに草木を絡ませながら、転がり込んでくる村長。――おい、部屋の中で葉っぱを払うなよ……誰が掃除すると思ってるんだ。


「ん? 窓はちょっとな……。研究所の入り口で子供に『合言葉を言え!』って遮られてのう。入れてもらえんかった」


「それ絶対に合言葉とか無かったと思いますけど……。ただのイジメですよ」


「くそ、やはりそうか……。ああ! で、話を戻すと、わしが預かるわけでもないぞ」


 土足でそのまま休憩室のソファに座り込むと、入り口で門前払いを食ったと語る村長。その村長が撒き散らした草木や小枝を女性スタッフが掃除し始めたと思ったら「村長さん、クツ脱いでください!」と不快を露わにして叱り飛ばすのだった。……いや、これは村長が悪い。


 そんな様子を垣間見ながら、話が脱線したので、俺は村長を一瞥する。視線に気付いた村長は、ぷりぷりと怒るスタッフを歯牙にもかけず、悠然と語り出す。


「学校のな、入校許可証を二人分もらっといたんじゃよ。今日はそれを届けにきたんじゃ。音無も丁度良いから、そのまま学んで来ると良い」


どうやら二人分というのは俺と音無の事らしい。つまり、音無も授業見学という形で、俺と一緒に学校に行って来いという事なのだろう。

 成程、そういう事だったのか。村長も気が利く。これで音無も安心できるだろう。それに、初めて行く場所に誰か見知った人が居てくれれば、嬉しい。


 音無であるが、一応近隣の小学校に通っている、とは村長から聞いた事がある。研究所に入り浸っている様子を見かける事が多いので、真贋の程は定かではないが、トランプや簡単な計算、日常的な会話が成り立つ辺り、登校しているのではないだろうか。

 しかし、早馬の件があってからは毎日研究所の休憩室に居る気がする。実父母ではないが、学校に通ってないのは心配である。家庭教師を付けようか、とも思ったのだが……純粋な勉学ではなく、集団の中で学ぶ事は多い。学校で学べる事が全てでは無いにせよ、大きな割合を占めるのは確かなのだ。学業だけでなく、集団生活で常識的な面を身につけて欲しいとも思う。


(常識だって人によって違うんだけどね)


 人々の中に普遍的に存在する共通の認識を常識だ、と考えている人は多い。しかしそれは半分正解で、半分違う、と美崎は思う。何故なら、それは育った環境で大きく異なるからだ。理解できなかったり、納得できなかったりした時「常識だろ!」と豪語する人は居る。だがそれは、貴方にとっての常識であり、相手にとっての常識とは異なるかもしれない。自分の認識がすべからく正しいと妄信している人間に限って、そういうセリフを吐くものだが……。“常識とは、十八歳までに身に付けた偏見の事を言う”とは、アインシュタインの言葉だっただろうか。人によって常識は違う、と知っている事が一つの常識なのだ。俺はそう思う。

 音無には、社会で生きていく為に必要な知識や経験を充分に身につけて欲しい。俺の生い立ちは少々特殊である故、そう願う。


 ソファで踏ん反り返っていた村長に、一緒に来ないのか、と問うてみたが、その気は無いらしい。知っている顔が多いらしく、少し恥ずかしいのだとか。

 村長は別れを告げると、休憩室の窓から出ていき、また静かなトランプが始まった。帰りは入り口から出て行っても良くないか? と疑問に思ったのだが、突っ込むのを止めた。ちなみにトランプだが、やっているのはババ抜きである。こういう時こそ大人数でやりたい、と密かに切望した。

学校編に入れませんでした。もうすぐ入ります。

それと、連日投稿する余裕があったのですが、また不定期更新に戻りそうです。。。

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