組織、前編
前回のあらすじ。
研究所を復旧していた
次の日、午前中には壁面の工事が完了した。その旨を聞き、村長が研究所を訪ねてきた、らしい。
「らしい」というのも、実はその時丁度買い出しに行っており、入れ違いになったらしい。俺は研究所に帰って来てから、受付でそう聞いたのだった。用事は大したことではないらしいが、ちょうど俺も例の組織の事で聞きたいことがあった。後で村長の家に直接向かおうと思う。
「美崎、どっか行くのか?」
受付に居た俺の所に、音無がやってきて尋ねた。
「ちょっと、村長の家にね。ああ、そうだ。この荷物、休憩室に運んでおいてくれる? 中身、食べてもいいから」
そう言って大量のウ○ダーが入った袋を渡す。
「ウ○ダーばっかりだな……」
音無の機嫌が悪い。まるで「夕飯はハンバーグよ。あと、ピーマンの炒め物よ」と告げられた時の、ピーマン嫌いの子供のような顔をしていた。子供にとって、それは死刑宣告に近い。
ウ○ダーばかり俺が買ってくるのが、気に入らないらしい。十秒でエネルギーを補給できる夢のアイテムだと思うのだが……。まぁ、ほぼこれらは俺の主食であり、音無には栄養バランスを考えて穀物、野菜、肉、魚をメインに、五大栄養素を網羅できるような食生活の提供を心掛けている。――スタッフがね。いや、俺もたまには料理するんだけどね? 人には得手不得手が、ね。
兎も角、何やらイヤそうな表情が見受けられる。そうか、やっぱり子供だし、オヤツとかも食べたいよね。それに、貰ったとしても、それがウ○ダーだと複雑だよな……。よし、じゃあ
「じゃあ、ついでに音無のおやつを買ってくるよ。何か食べたいのとかある?」
「でん七豆!!!!」
「で、でん七豆って、おっさんかよ……」
もっと子供らしく、プリンとかケーキとか、ファンシーなものを頼めばいいのに。それを“でん六○”っていう、おっさんの淫らな食生活を支えるキーアイテム、おっさんのおっさん達によるおっさんの為のおっさんを……って、アレ? おっさんの為のおっさんって何だろう? オプション?
いや、とりあえず注文通りにしよう。コンビニは帰りに寄ればいいか。ウ○ダーを手渡したおっさん、否、俺は村長の家へと足を運ぶのだった。
―――村長宅の前。
玄関前で、全裸で全身に湿布を貼っている村長と近所の子供が騒いでいた。
「貴様、わしのトランクスをどうするつもりじゃ!!」
「決まってるだろ、こうするのさ!!」
少年はそう言ってパンツの「社会の窓」をグイグイと引っ張って、無理やり伸ばし始めた。
「ここを広げたらどうなっちゃうかなぁ?」
「そ、そんなことをしたらトイレとか出す必要が無い時まで出てきてしまうじゃないか!! 無限ポロリじゃ!!」
「はははは! 四六時中、水漏れの止まらないその蛇口を晒しているがいい!!」
「止めろ! いや、止めてください!! お願いします!!」
俺が村長宅を訪れた時、玄関先で得体の知れない攻防が行われていた。――なんだこのカオスな状況は……。ていうか、その伸びちゃったトランクスは諦めて、他のを穿けばいいんじゃ……。どうでもいいが、これでは村長と話ができない。子供には悪いが帰って貰おう。
「なぁ、君! トランクスを村長に返してあげてくれないか?」
「ははは! ……あれ先生? あ、はい。分かりました」
少年は心優しく素直にトランクスを返してくれた。俺に返されても困るのだが、それを村長に返し、村長と二人で家の中に入った。
「得意の筋力強化魔法で取り返したらいいじゃないですか」
「そんなことしたら子供がバラバラになってしまうわ! 馬鹿もん! それに、今は筋肉痛で上手く強化出来ないんじゃ」
どんだけ子供に舐められているんだ、この人は、と聞いてみたのだが、中々儘ならないようだった。まぁ半分は子供と遊んでいるのだろうけど、時として村長が子供相手に本気でブチ切れているのでは、と勘繰ってしまう事がある。
村長が着替えてくるまで、俺は居間で待っていた。炬燵に入り、寛ぐ。夏なのだが、冷房が効いた部屋で炬燵に入るのは案外心地よいのだ。こうやって人の家でも気にせず寛げるのは、昔ここで村長と一緒に暮らしていたからなのかもしれない。
「待たせたのう」
村長が居間へと戻ってきた。今日は青いアロハTシャツに、下はさっきのトランクスだ。あれ? 今、村長の蛇口が見え隠れしたような……うわぁ、もう!
逃げちゃだめだ! 逃げちゃだめだ! 逃げちゃだめだ! と俺はどっかのアニメのようになりながら場の空気(主に自分の空気)を変えるため、やや唐突だが切り出す事にした。
「実は村長、聞きたいことがあって来たんですよ。この前の組織の奴らについてで。やっぱり、あいつらって国が動かしているんでしょうか」
「わしもお主に話すことがあって研究所へ行ったんじゃが……まぁ、先にそっちの話からで良いかのう」
「ああ、すみません……、そうでしたね」
「むぅ。まぁ国家単位で動かしていると見て間違いないじゃろうな。あんな強力な魔法を使える人材となると、フリーランスは少ない。国に買われている者が多い」
「そうですよね」
「そうじゃよ。事実、わしの代の頃……」
何かを言いかけた所で、村長が言い淀んだ。しまった、といった面持ちであり、その先の言葉は俺にとって大変な事実である予感がしていた。
「村長、“わしの代”ってどういうことですか?」
美崎が促すと、村長は暫し逡巡した後、観念したかのように続ける。
「……ここが話すべきタイミングなのかのう。よし! 心の準備はいいか? 美崎」
「え? はい……」
急に気合を入れ直したかと思うと、村長は俺に尋ねた。
「どんな事をわしが言ってもBe coolじゃぞ、いいな!!」
「あ、はい」
いつもの放埓とした雰囲気を感じさせない村長。その毅然とした様子を、俺も真摯に受け止めた。
「――その組織。わしも所属していた」
村長は一つ咳払いをすると、突拍子もないことを告げたのだった。