復旧
前回のあらすじ。
実験室がぶっ壊れたので、退職したい人は名乗り出てほしかったが、一人も居なかった。組織の動きも無いし、裏切り者も誰だか分からん。
会議が終わった後、美崎の判断で解散とした。帰宅する者も居たのだが、少なくない人数のスタッフが居残り、掃除や音無の引っ越しの手伝い等を自主的に行い始めたので、あぶれた何人かを集めて、実験室の瓦礫の撤去を行った。
半壊した建築物を修復するとなると、魔法では難しい。念動力、つまりサイコキネシス能力については解明が進んでおり、使用出来る人間もこの世界には居る。だが残念ながらスタッフの中には居なかった。多くの場合、その実力を買われて、警察や大きな企業、研究機関の傘下に入る事が多い。それ故、瓦礫を撤去したり実験機器のパーツを発注したり、それから業者を呼んだりと、そうこうしている内に、時間が経っていった。
ちなみに、ここで“Magical Low”について、説明しておく。魔法について解明が進んできた時、利便さと共に、その危険性が注視され始めた。その為、使用や研究する際の注意事項、遵守項目、禁止項目などを研究の先進国であったドイツ、米国の研究機関との間で、綿密な会議を何度も設けて、Magical Lowとして立案される事となった。当初は草案のようなものだったのだが、「魔法を使用する全人類、並びに国家間で、これらは適用されるべきである」として、現在では各国共通の事項として普及している。
日本ではこの並行世界であっても、日本国憲法に組み込まれる形で規定されている。事の重大さに気付いた日本政府が議案を既決しており、メディアを通してそのルールが認知されるようになったのだ。
新たな事象“魔法”に関して、どうルールを制定するか。当時、何度も論争があった。柔軟な発想を持っていた海外の某国では、すんなりと改定されたのだが、日本では柵に囚われて、中々議定されなかった。日本国憲法に新たな章として、魔法を追加するべきではないか。いや、そもそも国民、人々が持ち得ていた能力――腕力や脚力、その他の特技等と同義――であり、人間離れしているとは言え、法の下に扱いは同じではないか。魔法と言っても現象が解明され始めた今、それは“科学”に等しく、であれば、憲法や法律、その他を改める必要は無いのではないか、等。会議は幾度となく平行線を保ったのだが、過激な連中が魔法を使ったデモを起こし、国会を爆炎で焼き払おうとする<国会魔法襲撃未遂事件>が起きた。早急な議決が望まれた所、ようやく日本国憲法に付け足されるという妥協案が生まれたのだった。
*
スタッフに指示を出していた俺は、携帯電話の時計を見やる。時刻にして午後二時。誰も休憩する気配が無いので、自ら切り出そうとした所、実験データのバックアップや管理を任せていた筈の五人が居ない。俺にはすぐ、この場に居ない五人が誰なのか、予測が付いた。消去法ではない、五人と言ったらあいつらしかいないのだ。
トランプ中毒者共め、と嘆息する。実験室を後にし、休憩室へと向かった。さぞかし冷房の効いた部屋で寝っ転がって、寛いでいるのだろう。そう思っていたのだが、休憩室の扉を開けようとした時に聞こえてきたのは怒鳴り声だった。喧嘩だろうか?
「はぁ!? ふざけんなよ!!」
俺は部屋の外から様子を窺う。中からは怒声がまた聞こえてきた。声の主はバカなスタッフで間違いない。
「そんなローカルルール、聞いたことがねえ! 無効だ!」
「普通これくらいデフォだろ! てゆうかゴウに入ればゴウに従うっていうだろ! 今は俺がゴウだ!!」
「二人ともやめなよ、次からちゃんとルールを固定すればいいじゃないか!」
「次って……、それじゃあ俺は都落ちで大貧民なんだよぉぉおおお!!」
「じゃあ革命あがりも無しにしようよ」
「黙ってろ大貧民が!!」
「なんだと!?」
「甘えるなよ、今はセルフディフェンスの時代だぞ!」
「てゆうか、ここはお前のゴウじゃない! 俺たちは皆、既にゴウの人なんだよ! ゴウ育ちなんだよ! ゴウ出身、ゴウ在住、ゴウ学校卒業―――」
「それどこの学校だよ! 私立か! 金持ち私立なのか!」
「え、ホラ……あれだよ、国立附属大学だよ」
「国立!? てゆうか国立附属っていう響きがかっけぇ―――!!」
「おい、話を逸らすな! で、結局“階段革命”はアリなのか?」
「階段革命くらいで揉めるなよォオオオオオオ!!」
俺は思わずドアを思い切り開け放ち、ツッコミを入れてしまった。最初は喧嘩かと思ってドア越しに聞いていたのだが、内容があまりにも低レベルな論争で、我慢ができなかった。そこには突然の乱入に目を見開くスタッフの姿があったが、即座に気を取り直すと各々が俺へと陳情を述べるのだった。
「美崎先生! でもコイツ、さっきから自分があがると同時に残りのプレイヤーに多大な損害を与えていくんですよ!? これ以上コイツの好きにさせるなんて耐えられません!」
「そうですよ! つけ上がりますよコイツ!」
「でも先生はアリって言ったぞ! ここは先生の研究所。先生のゴウだ! 従うしか……」
そう熱く語った研究スタッフ達。こいつら絶対バカだと思う。俺は「好き勝手にしてるのはお前で! 付け上がってるのはお前だろうが!」と順に指名していく。あと、何だよ、俺のゴウって。
「休憩を取るな、とは言わないけど、断りも入れずにトランプをやっていることが俺には耐えられないね……。他のスタッフは皆、汗水垂らして復旧工事を手伝ってくれているのに。実験室は壁が爆破されたから、エアコンが効かないんだぞ?」
俺は呆れながらスタッフに言い聞かせた。そう、季節は夏。爆破された壁からは外気が入り込み、実験室では熱気が充満していた。今や俺も白衣を脱ぎ捨て、ダサいTシャツをぺらり、と着用しているだけである。
「はっ! そうでした。工事の事を忘れてました、スミマセン! よし、お前ら行くぞ! いざ実験室! そして次からは階段革命はアリだあああ!!」
「イェス、マム!!」
そう言い残すと、五人はそそくさと部屋から出て行った。「いや、マムじゃないから……」という俺のツッコミが、実験室の虚空に消えていった。
尚、音無が研究所に移り住む事になってから、休憩室とは別にもう一部屋、空き部屋を貸しておいた。休憩室はスタッフも利用するし、もう一部屋、音無専用の部屋があった方がいいのではないか、と思ったからだ。ましてや、女の子だし。ここに居ないと言う事は、そちらに居るのだろう。
俺は休憩室の冷蔵庫を開けると、中にあった飲料やらデザートやらを一通りテーブルの上に出した。働いているスタッフへの差し入れを持っていくつもりなのだ。持ち運ぶのにカゴとかトレイがあるといいのだが……見当たらない。ゴミ袋はあるのだが……これでいいか。
妥協点は、越えてはならないボーダーラインを越えていた。
「みんな、一旦休憩にしよう!」
実験室に戻り、ゴミ袋を高々と掲げて、俺はスタッフへと呼びかけた。しかし、みんな呆然としている様子だ。
「あの、先生は私たちにゴミをくださるという解釈で宜しいんでしょうか……?」
その中のスタッフの一人が、苦笑して答えた。長谷部君だ。
「そうだね、長谷部くんにはゴミでもいいかもね」
「えっ」
長谷部君は適当にあしらっておいた。暑さで頭がおかしくなったのではないか、と怪訝そうにこちらを見ているスタッフに対し、「差し入れですから!」と、実験室のテーブルに中身を並べた。そして長谷部君にはグチャリ、と中身が偏ったミニパフェをプレゼントしたのだった。
よかった、みんな喜んでくれているみたいだ。
夕方頃になると、もう壁面の改修は七割がた完成していた。業者も途中から加わり、魔法を有効活用した作業工程で、下地を入れ直し、補強し、あっという間に代替が出来あがった。仮の状態ではあるが、明日また作業したら終了との事。実験のパーツは発注したのだが、発送まで時間が掛かるとの事だった。
あとは俺がやっておきますから、とスタッフに礼を述べ、その日は終了した。