終幕と、黒幕
前回のあらすじ。魔法で伸長させた妖刀をフルスイングし、早馬をぶっ飛ばした。
早馬によって破壊された研究所の壁は、明日以降修繕することにした。もう夜も遅いので、損害が無かった研究所の休憩室に赴き、ソファに音無を寝かせる事にした。近くの棚に毛布がしまってあったので勝手に活用する。暫くして少女が寝息を立て始めたのを確認した俺は、休憩室を出て廊下を歩き、更に研究所を出るのであった。
ストラップも何もついていない、無骨なケータイを取り出し長谷部君に電話をする。事態は実験室の破損だけで落ち着いたから、もう皆大丈夫だと伝えた。と同時に、音無を一旦休憩所にて預かる旨も伝えておいた。間もなくして研究員同士の連絡網で事態の収拾を伝え合い、爆発は実験途中に俺が誤って起こしてしまったものだということにした。研究員には真相を伝えたが、村の人にまで真実を話すと面倒になる可能性があったので、そういう事で塗り替えておいた。若干の無理があったが、そこは俺のポーカーフェイスで半ば強引に乗り切ったのだった。―――そう、この日のことを知っているのは研究所内の人と音無だけだ。暫くして、この日の夜勤のスタッフが律儀に研究所へと帰って来たので、仕事は無いけどその代わりに音無を見守っておいてくれと頼んでおいた。スタッフは了承すると、休憩室へと向かって行った。
長谷部君たちに電話をかけた後、何名かのスタッフはそのまま自宅に帰ったり、事件が気になる奴らは研究所に戻ったりしていた。それに伴い、野次馬や警察なんかも出入りしているのだが……。ついでに拘束しておいたハウルは警察に突き出しておく。「研究所の前で襲ってきた危ない人です」と伝えると、軽い調書は取らされたのだが、言葉巧みに襲撃された事は隠蔽しておいたので、大事には至らなかった。と言うのも、俺がハウルと戦っていたのを見た人が一人も居ないので、証言出来る人間が居ないのだ。ハウルにこっそりと「俺に話を合わせてくれ」と耳打ちすると、そもそも俺の虜になっていたハウルは傀儡人形と化したのだった。そのままハウルは警察車両に乗せられると、連行されて行った。――この手練手管を誰かに褒めて欲しいほどだ。
俺が外をうろついていると村長に出くわした。
「あれ、村長。こんな夜中にフラフラと、どうしたんですか。年のせいですか」
「徘徊するボケ老人と一緒にするな! アルツか! アルツって言いたいのか!?」
「いやそこまでは……」
やたらとテンションが高くて困る。まるで友達とのお泊まり会で夜中になると急にはしゃぎ出す奴みたいだ。この爺さん、夜行性なのだろうか?
「喧しいわ! ……ところで研究所の方は大丈夫だったかの? 敵が来たようじゃが」
不敬にもそんな事を思っていると、村長は俺に小声で尋ねてきた。――驚いた。村長にはまだ真実を伝えていなかった筈だ。
なぜ知っているのか、と問うと、どうやら村長も敵と遭遇したらしい。そこで色々と白状させたのだとか。
「相手は十人くらいじゃったな」
「十人!? そうか……早馬が言っていた実行部隊の連中か。で、そいつらどうしたんです?」
「倒したよ? わしが。ところで早馬がどうとか何じゃ? 会ったんか、アイツに」
「十人相手に軽く言いますね……。それが……早馬君は今回の襲撃を行った部隊のリーダーで、壁を爆破したのも彼だったんです。組織の人間だったみたいですね。でも事件の本当の黒幕は別に居たみたいなんです」
「なんじゃと!? いや、そうか……。そうじゃったか。残念じゃのう」
まさか村の住人が敵として対立するとは、村長も驚きを隠せなかったようだ。素行に問題はあったが、早馬君は魔法において優秀な人材であったらしい。どこか遠い目をしていた。
黒幕に関しては、ふむ、と暫し考えこむ村長。そして「わし、その黒幕に会ったかもしれん」と、しれっと言い放った。思わず俺も聞き返すのだった。
「まぁ逃がしてもうたんじゃが。変な魔法を使うヤツでの。存外、能力に長けておったわい。林の中で隠れて研究所の電気を漏電させておったようじゃぞ」
電気を……。停電の犯人だろう、間違いない。そいつが裏で動きまわっていたヤツだ。十中八九、こいつが内通者と見ても良いだろう。
「いやぁ、しかし顔を見れんかった! 上から下まで黒い装束で隠してたし、夜で暗かったし。はは、村長、一生の不覚ぢゃ!」
俺は村長と事件の一部始終について語り合う。情報交換である。何のつもりか知らないが時折おどけてみせる村長のリアクションは全て無視した。面倒くさかったのだ。勿論「~ぢゃ!」という口癖もノータッチで話を進めた。大事な話をしている最中に話の腰を折るのは大概にしてほしい。もしかしたら陽気な態度で場を和ませようとしているのかもしれないが。
そして、公的には村長が「爆発は美崎のヤツがやらかしたんじゃ」と公表し、噂を広めておくと言う事で話がまとまった。
*
時間を少し遡り、美崎達と早馬との熾烈な戦いが始まる前。研究所に向かう途中の林にて
「美崎が言ってたのはこういうことじゃったんか?」
研究所へと向かって歩く村長。美崎から先程「研究所が大変なことになっている」との電話があったが、あの時は勝手に電話を切ってしまった。組織が攻めてくるのは予測していた通りだったが、やはり心配であったので自らも赴く事にしたのだった。そもそも、実は最初から美崎達に加担し、助けるつもりで居た。立場上、大っぴらには色々言えないが、美崎は自分が育てた子供のようなもの。その子供が妖刀修復実験を止めないと決意したのならば、老体に鞭打ってでも力を貸してやろうと考えていたのだ。
美崎が電話で言っていた内容は目下、どういうことか理解できた。――だるそうに歩く村長の後ろには、十人以上の敵兵が地面に突っ伏していた。早馬が言っていた実行部隊の連中である。
この出来事の更に三十秒ほど前。十人ほどの実行部隊隊員が村に向かって歩いて来ていた。組織と言っても、統率の取れた軍隊ではない。その為、いや……そもそも今回任された作戦自体が簡単なものであった事からも、雑然とした様子で彼らは村への一路を辿っていた。村人に襲撃を伝えるだけの任務……楽観視して、警戒も怠っていた。現場に着いたらそれぞれ手分けして、流布する腹積もりだった。
「俺らは村に敵襲だと伝えればいいんだよな?」
「そう。そうすりゃ、あのバカな実験も中止に傾く。これであの日の秘密も迷宮入り。イントゥー・ザ・ラビリンスだぜ!!」
「そうじゃのう」
「はっはっは! 簡単な仕事でいいぜ、全く。戦闘なんてやってられないからな」
「ああ、リーダーもそろそろ戦闘に入るだろうから、早く済ましちまおう。終わったらパーティだ!」
「パーティはどこで開催するんじゃ?」
「……え!? なんだこのクソジジィは? 誰、ぐぉぉぉ! ちょ待っ―――」
「レッツパーティじゃッ!!」
ちなみに、一番最初の台詞から数十秒経過しての戦闘開始だった。隊列に見慣れぬ老人が混ざっていた事に気付かなかった。……簡単な仕事で浮かれていたのだ。寄せ集めの烏合の衆でしか無かったのだが、幾ら戦闘に不慣れな者とは言え、その数は十人以上。数に物を言わせて村長へと各々が襲いかかった。不意を突かれはしたが、老い耄れに負ける訳が無いと、隠し持っていたナイフや魔法で応戦し、村長を一斉に攻め始めた。
――つもりだったのだが、瞬きした瞬間、老人の姿が消えるのだ。目で動きが追えず気付けば背後を取られたり、急速に接近されたりと翻弄された。壮年の男性とは思えない佇まい。やや細いが、衰えるどころか見事に鍛え上げられた筋肉。獣のような柔軟な身のこなしからして只の爺ではないのだが、それだけではなく一撃一撃が異常に重く、強いのだ。その上、こちらの攻撃は掠りもしない。その事実に気付いた時には、既に地面へと沈んでいるのである。雇われ風情のチンピラでは相手にすらならず、かくして団体さん十名を天国へとご案内したのだった。
小悪党どもを千切っては投げ、千切っては投げたその足で研究所へと向かう道中、その類稀な五感によって村長は道から逸れた林の中に何者かの気配を感じ取っていた。耳を澄ますと、何か聞こえるような。花火……? いや、電気を放電でもしているのだろうか。そう思った矢先、研究所の方角から大きな爆発音が轟いた。一瞬、瞠目する村長だったが、すぐに気を取り直した。
「爆発音といい、この音といい……、一体何をやっとるんじゃアイツは。」
爆発は実験室の壁を破壊した大魔法のことだが、村長はうすうす強者による魔法での爆発じゃないかと勘付いていた。だとしたらそこには誰かが、恐らく美崎が向かうであろう。ならばこの場合、裏でコソコソしているコイツは儂が取っちめてやろうと、村長はそう思い至った。林に足を踏み入れ、ゆっくりと、そしてこっそりと何者かが居る方向へ移動する。
そこには怪しげな黒装束の男が居り、魔法を唱えていた。
(放電してるのか……)
村長は下生えの影から様子を窺っていた。今気づいたが、研究所の方に明かりがついてない。となると……村長はすぐに状況を理解した。こいつが研究所に何かしていると見て間違いない。研究所から電気を放電、もしくは漏電させているといった所か。
さて、見つけたはいいが、どうしようか。
「面倒だな……。いっそのこと、この電気を逆流させるか? 研究所内に放電させて機械もろとも破壊するのもアリか。中に居る人たちも含めて」
村長が決めあぐねていたその時、黒装束の男が聞き捨てならないことを言いだした。中に居る人間丸ごと殺そうか、と言うのだ。これには慌てて村長も動き出した。中には恐らく美崎や、スタッフが居るかもしれないからだ。黒装束の男が右手を虚空にかざし、魔法を詠唱し始めた。膨大な電気を一か所に集中させ、極大な攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
「そこで何をしとるんじゃ?」
黒装束の男は一瞬驚いたような素振りを見せた。その手からは電気が霧散していく。―――村長は飄々とした態度で相手に聞くと、黒装束の男の前へと歩み寄った。しかし男は特に動じることもなく、ただ顔まですっぽりと被った黒いフードの中で、耽々と村長を見据えているようだった。
「お洒落なフードじゃのう」
「……定期連絡が無いと思ったら。実行部隊をやったのは、あなたかな?」
研究所の予備電力が入ったのは丁度このときである。犯人=黒装束の男には、この老人が只者ではない事がハッキリと分かった。予期せぬ大物との戦いに備えて、停電する為に使用していた魔法を取り消したのだ。そして、地面に置いてあった包丁を右手で持ち上げる。ハウルが使っていた包丁だ。
「この刀、包丁に見えるでしょう? 実は妖刀でしてね。魔法で作られているんですよ」
「それで、なんなんじゃ」
「形態変化の魔法が込められています。あなたに剣筋が見切れますかね?」
「儂とやる気か? 言うとくが、儂、めちゃめちゃ強いぞ?」
男はフフ、と小さく笑うと、包丁――妖刀を構えた。同時に、村長も覚悟を決めていた。久々に面白そうな相手だ、と。
「あなたと戦えるなんて光栄です、村長さん。強化魔法で右に出る者は居ないんですってね。是非、見せてください」
「ほう? 知っておるのか?」
どこか聞き覚えのある声の主、その男は言った。自信満々のようである。話し合いを望んでいた村長は諦観を抱きつつ、渋々と臨戦態勢に入った。
「できれば魔法を使いたくないんじゃが……。恐ろしいほどの筋肉痛になるからのぅ」
「……じゃあ始めましょうか」
男が刀に向かって「形態解除!」と詠唱した。その瞬間、刀が無数のカミソリのように分裂し、空中で浮き始めた。そして漂う凶刃の切っ先が、まるで意思でもあるかのように村長を捉えた。村長はそれを見ると、不敵な笑みを浮かべて強化魔法を開始する。
「詠唱開始。筋力強化終了。皮膚硬化終了。神経伝達速度強化終了……終了、……終了、終了!」
すぐに戦闘が始まった。黒装束の男が無数の刃を一斉に村長へと射出する。圧倒的速度で襲い掛かる無数の凶刃。すると、キィン! という金属音が村長の体から響いた。――鋼のような硬度となったこの老人の皮膚には、生半可な斬撃は効かなかった。
「残念じゃったのぅ。今度はこちらからじゃな!!」
オーバーロード(過負荷)の原理というものをご存じだろうか? ある一定以上の負荷を超えないと筋肉は増強しないという筋トレ系の話なのだが。この話の要訣は、筋肉を鍛えるにはそれなりに筋肉にキツイ仕事をさせないと、筋力アップにはつながらないということである。筋力強化魔法も同じ原理だ。爆発的に活性化させた細胞を活かし、刹那という短い時間で筋肉に過負荷と休止を繰り返し、詠唱者が何年も休まずに超過酷な筋トレを続けた結果「得られたであろう」筋力をその体に発現させるのである。
勘の良い人はもう気付いたかもしれないが、つまりこの魔法は「その人が持っている筋量以上の筋力」は使えないのだ。分かりやすく言うとこうである。―――老人Aが居たとして、ムッチリな外人並のパワーを得ようと強化魔法を使う。しかし、老人Aがいくら頑張って筋力を強化させても、それは老人Aが将来筋トレを頑張った結果得られるであろう筋力が限界なのだ。もう一つ例を挙げてみる。ガチニートのA君と野球大好き人間のB君が居る。それぞれ筋力を攻撃力に置き換えて考えてみる。現在のA君の攻撃力は十、B君は五十である。それぞれが魔法強化して戦ったとすれば、勝つのはどっちだろうか。
答えは“分からない”である。普通に考えればA君は野球のバットでフルボッコにされるが、どうだろうか。もし生まれ持った筋肉量自体がA君は一千、B君は五百だとして、A君はただ筋肉を鍛えてないから弱いだけで、B君は小さい頃から筋トレをしているから強いだけだったら。ならば勝つのは潜在的な筋量が多いニートのA君、となるのである。また、潜在能力が五百、五百で拮抗していたら筋力強化では勝敗が付かないだろう(この場合は、純粋に技量の差や、他の魔法等で雌雄を決する事になるだろう)。
言い換えればポテンシャル以上の力は手に入らないということである。つまりこのルールの中には、絶対的な条件として「人間は人間以上の力を使うことは出来ない」という縛りが存在する。
―――では果たして、人間は、投擲された刃物をパンチやキックで粉々にしたり、手刀で樹木を真っ二つにしたり、しまいには残像が見えるほどの速さで動いたりできるものなのだろうか。否、そんな筈が無い。ましてやそれを、老後の人生をエンジョイし尽くしているこの村長=老人に出来る訳がないのだ。しかし眼前に広がる光景は違った。その蹴りは空を裂き、その拳は大木を穿ち、黒装束の男を完封していた。身体速度も異常である。
黒装束の男は避けるばかりで、村長に攻撃してこない。無論、攻撃は出来るのだが、何度やっても超合金のような体に弾かれてしまうのだ。例えるならチタン合金のハエが飛び回っている感じである。
「くっ、この妖刀《四死永》でも駄目とは……」
「まだまだじゃァ!!」
「魔法の基本は等価交換のはず……。何故あなたのエネルギーは切れないんですかねぇ?」
「ふん! 教える気なんてないわい!」
フードで隠れていた為、外見では分からないが、男は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。この“魔器”、妖刀<四死永>は本来絶大なる力を秘めているものだった。変幻自在の太刀筋を持ち、通常の包丁のような形状の他にも大太刀、分離など、使用者の力量に呼応してその力を解き放つのである。このままではジリ貧だと判断したその男は、自らにどんな災厄が降りかかったとしても“第四の形態”も使わざるを得ないかもしれない……と考えていた。
村長は内心で驚嘆していた。この熟達された格闘術や魔法、それから特殊な歩法や戦闘技術をもってしても、決定打を与えられない。この相手は何者なのか……十中八九、組織の人間なのだろうが、ここまでの人材が居るとは思わなかった。それに相手の持つ武器にも心当たりがあった。
無数に分離した刃先の一つが、先ほど頬を掠めたのだが、皮膚の硬度を強化していたにも関わらず、村長の頬からは微量ながらも血が滲んでいた。普通の刃物では傷一つ付ける事すら不可能なのだが……この武器は恐らく“原初の十”と呼ばれる、あの……? いや、何であれ強力な得物であり、切れ味は油断ならなかった。肉体の硬度を強化しているのに、その鋼のような身で受けずに手や足で受け流しているのは、それが理由だった。
早馬と戦っていた時、音無が美崎の妖刀を魔法で伸長させていたが、戦闘後、疲れてウィダーを飲んでいたのを思い出してほしい。前にも述べたが、魔法を使うとエネルギーを消費する、つまり疲れて動けなくなる「はず」である。
一見、互角の攻防が続いているように見えるが、黒装束の男はエネルギー切れが近かった。対して村長は、そんな様子など微塵も感じさせない。そして、生きて来た、戦ってきた経験値の差が、徐々に明確に見え始めていた。そんな村長を相手に、男がまだ戦闘不能になっていないのは、この超人的な村長の正拳突きや回し蹴りを紙一重で避け続けているからである。早すぎて知覚できない村長の攻撃をなんとか避け、色彩変更魔法で自らを透明にしたり具現化させたりして翻弄する事で致命的ダメージをずらしているのである。――どういう訳か、完全に体を透明化させても、この老人には居場所が分かるようなのである。恐らく聴覚……視覚に頼らない戦闘技術を確立しているようであった。
長引きそうな戦闘に痺れを切らした村長は、相手の斬撃を後方に飛んでかわし、着地したと同時に地面の泥土をむんずと掴むと、前方に向かってばら撒いた。――目眩ましである。相手が怯んだ隙に、その男の後方へと回り込み、背後を取った。そのまま男の側頭部に回し蹴りを入れる――振りをし、男が咄嗟に屈んだ所、衣服を鷲掴みにして地面になぎ倒した。そのまま馬乗りになって動けなくさせる。
男も、この老兵が投げ技を使ってくるとは思っていなかった。いや、想定の範囲内ではあったが、後ろから、自らの頭部に向かって飛んでくる足を視界の端に捉えた時、屈んで避けざるを得なかった。蹴りの範囲内だったので、前方に飛んでいたとしても直撃は免れなかっただろう。
だが、まだだ。まだ何とかなる、と男は瞬時に打開の策を巡らせる……。
「ヒャッハァ―――!! マウントポジションを取ってやったぞい!! さぁ、顔を見せてもらおうかロンリ―ボーイ……」
この時、村長は完全に浮かれていたと言っていい。勿論、強化魔法は解いていなかったが、相手の両腕を押さえておくべきだった。油断した合金ジジイの足を男が引っ掴むと
「色彩覚醒、革命…!!」
男が詠唱したその瞬間、村長の視界が真っ白になった。敵の姿はおろか、自分の身体でさえ視認できず、村長は狼狽する。意識を失った訳では無かった。五感の内、視覚のみ封じられたのだ。
「何をしたのじゃ!!」
「……油断しましたね。色彩系の魔法は得意でしてね。こっちの攻撃はあなたに通用しなかったけど、あなただってこれじゃあ攻撃は出来ないでしょう」
全く息切れしていない村長に対して、男は長距離をマラソンしたかのように呼吸を乱しながら喋っていた。そんな男を相手に、意外な事に村長は冷静で、参ったと両手を挙げるのだった。
「成程。コチラも体力切れでね。では引き分けという事で、……帰らせてもらいましょう」
「待て、と言いたいところじゃが……まぁバイバイとでも言っておくかのう」
体勢の上では明らかに村長が優位だった。視覚を封じられたままに暴れる事も可能であったが、それは本意ではなかった。それにどうも、手合わせしてみて分かったのだが、相手の敵愾心が軽薄に感じられた。本気で敵対する意思が無いというか、積極的に殺しに来ないというか……。このまま戦っても敗北するつもりは無いのだが……。白旗を上げてみて、様子を見るつもりだったのだが、男は帰るのだと言う。
また会いましょう村長さん、と告げると酷薄そうな笑みを浮かべながら男が去って行くのが感じられた。それと同時に村長の視界が元に戻った。なかなか奇妙な魔法を使うヤツだ。仕組みは分からないが、おそらく村長の視界を白く、色彩変更したのだろう。
色彩変更……いや<色彩覚醒>か。あんな魔法を使えるヤツがいるとは……。
村長は筋力強化を解いた。美崎も恐らく戦闘中なのではないか、と考える。――自分が戦っていたヤツは相当な手練れであった。自分で言うのも何だが、相当な実力者である儂が引き分ける相手……恐らく襲撃してきた組織の中でも上位の人間だろう。と言う事は、あの黒装束の男が退いた今、大きな脅威はこの村に残ってないのでは、と村長は考えた。そう何人もあんなレベルの奴が居るとは思えない。
研究所も心配だったが一旦、薬局へ湿布を買いに行く事にする。筋力強化の魔法は、使用すると肉体への負荷がかかるのだ。
「明日は凶悪な筋肉痛が襲ってくるんじゃろうなぁ…」
村長は、悟りで境地に達したような遠い目をしていた。
*
「そうですか。そんなことが……」
俺は村長の長話に殺人的な効果を見出していた。まぁでも村長のこの話で黒幕が居たってことは確定だ。その黒幕が組織の上位の人間かもしれない、と。……幹部とかなのかな。
俺は村長に別れを告げて研究所内部へ戻ることにした。
研究所の休憩室まで戻ると、音無がスゥスゥと寝息をかいていた。音無を見守っておくように頼んでおいたスタッフが横で「そりゃ色々ありましたから。疲れますし、寝ますよ」と苦笑した。何だか微笑ましいと言った感じだった。
やっぱり子供はおとなしいのが一番だと思う。間違っても早馬のようにはなってほしくない。
この日の事は“襲撃事件”として、俺達の間で語られるようなった。紆余曲折あったものの、実験室の壁が大破しただけで、死人も居らず、乗り越える事ができた。過去の事件の真相を知りたいと願う俺、そして仲間たち。そして裏で暗躍する組織。そのメンバーには音無の兄である早馬、それから研究所の内通者であり、組織の幹部クラスと思しき影。等閑に付していた様々な問題が、妖刀修復実験が佳境を迎えた事により、動き出したようだった。
俺はこれから出遭う難題の数々を思うと、頭が痛くなるのだった。
襲撃編はここで終了となります。
読んでくださった方、ありがとうございます。嬉しいです^^
反響とかあれば続編を書きたいですね。学校編、魔器編……等々考えている次第です。