襲い来る敵、後編
前回のあらすじ。
敵(早馬)が親玉だった! なんかヤバそうな魔法を詠唱を開始してヤバい。
「もういいや、死ねよお前ら」
そう告げると、早馬は聞き取れないほどの小声で魔法を詠唱した。すると彼の青い髪がゆらゆらと揺れ始める。詠唱が長く、手間がかかっている事から、何か大きな魔法を構築しているのは明らかだった。
「音無、そこを離れるなよ。」
こういうケースは、直感的に何か強力な魔法が飛んでくる気がする。俺はいつでも《避けられるよう》に身構える。……そう、最初からこちらも魔法を放って迎撃するなんて考え方は無かった。避けて相手の出方を見るのが一番だ。……などと、いつもなら考えるのだが「死ねよお前ら」ってことは二人分を抹殺できる強力な魔法が前提で飛んでくると思われる。俺がもし避けたせいで音無に魔法が当たったら最悪だ。うーん、仕方がない。出来る限りの事はしよう。
「ベストを尽くすよ、音無!」
俺はそう言ったあと「ベストはベストでも、僕の着ているのはカーディガンだけどね」と続けた。白い目で見られた気がする。畜生。生死を分けた戦いの真っ最中であり、ピリピリとした雰囲気を少しでも変えようと、俺なりに場を和ませようという、出来る大人の機転だったのだが。音無の「え……?」という言葉で幕を閉じた。ギャグの意味を理解してないのかもしれない。マイゴッド、なんてことだ。お子様には少し難しかったのか? 今のはかなり精神的なダメージを負ったぞ。音無の不安げな目が余計に苦しかった。
そうこうしている間に、早馬がポケットからマッチ箱を出した。そして中からマッチを一本取り出し、擦って点火した。マッチ……ってことは火炎操作系の魔法とみた。
ニヤリと笑うと、早馬は火のついたマッチを真上に大きく投げ上げ、そこから更に詠唱を――?
「詠唱開始! 火炎操作、火炎強化、温度変化、色彩変更、……終了。腕力、脚力、……対風圧用皮膚硬化構築、筋力強化、……終了」
――重ね始めたのだった。ヤバい!! これは<重魔法>だ!! 最初の詠唱はフェイク!? マズった!!
まさか、《等価交換法則の無視》だと…ッ!?
上空のマッチの落下速度がゆっくりになったかと思うと、熱量が一気に増大、マッチは巨大な爆炎となった。そして、早馬の姿がマッチの火と共にゆらりと蜃気楼のように崩れたかと思うと、ふわっと消えたのだった。否、燃え盛る炎の熱は感じるからそこにいるのだろうけど、姿が見えなくなったのだ。だがしかし、おかしい。熱気が移動している。それも徐々に加速していき、美崎たちの周りを囲み込むような感覚となっていく! やがて何かがものすごいスピードで走り回る轟音とともに熱の根源も感知できなくなった。
「「「ハッハッハァ!」」」
早馬の笑い声が全方向から聞こえてくる。違う、実際は一人だが高速で周囲を移動する事によってそう聞こえて来るのだ。――やられた。完全に。炎を支配し、筋力を増大させ、そして自分の姿を眩ます。一つ一つでも難易度の高い魔法だが、それを複数同時に操ってみせた。敵ながら称賛に値する。それにあのクラスの魔法を使うとなると何をエネルギーに差し出し……? いや、なんでもない。
最初に炎が増大した時、すなわちまだ早馬が火球を操作している間になんとかするべきだったのだろうが、俺は初めて見る巨大な炎に一瞬気を取られてしまっていたのだった。
ちなみにだが、今早馬が自分の姿を透明にしている色彩変更魔法は、普通のレベルでは髪の色を変えたり、ペンキ無しで壁を塗ったり(塗るというよりは色を付ける、の方が正しい)するような魔法なのだが、上位レベルになってくると、その自由度は一気に増すのだ。
ここでちょっと理科のお勉強だ。電磁波には短い波長や長い波長がある。可視光線は、人間に見える範囲の電磁波の波長であり、逆に不可視光線は、目に見えない範囲の電磁波の波長である。可視光線とはつまり<光>である。人間の目にはこの光の波長の違いが赤や青といった具合に色として識別される。逆に不可視光線とはその名の通り、人間の目には色として識別できない範囲の波長のことを指す。人間には見えない紫外線や赤外線のことだ。ちなみにこれらは人間には見えていないだけで、昆虫とかには見えていたりするのだが。
色彩変更魔法には幾つか系統があるのだが、多くはこの原理を利用して色を変えている。自分に対する光の波長を紫外線もしくは赤外線レベルのものに変えることが出来れば、人の目に見えなくなることも可能なのだ。尤も、そんな事が可能な高次元の魔法使用者は、大国に二人居るか居ないかといった程度で、彼が天賦の才を持ち、希少な存在である証左だった。
「やっとマジで力が使えるよォ! 俺はこの日が楽しみだったんだぜ先生!!」
「目的は済んだだろ! なんでこんなことを!」
どこに居るかも分からない相手に向かって俺は叫んだ。
「はぁ? 先生は自分の魔法がどれくらいのモノなのか試してみたくないのかよ!」
「試すって、……他の方法で試せばいいだろ!」
「イヤだね! そりゃ、つまんねェ!」
実験室はものすごい暑さとなっていた。しかし、そんなことを気にしている場合ではない。こっちから攻撃しなければ殺されるかもしれない……。でもどうやって? 音無を連れて逃げるか? いや無理だ。追いつかれる。じゃあどうする? 温度変化ではまず対応が不可能だろうし、さっきの水流操作だって体に触れなきゃ無理だ。生憎操作できそうなものも見当たらない。風でも操作してみようかとも思ったが、早馬が走り狂う事で、制御不能な風が生まれていた。音無を巻き込んでしまう可能性もあるかもしれない。そもそも、守りながらじゃ無理だ。ヤバい、ヤバいぞ―――こうなると、もう
幸いここは実験室で、近くに折れた妖刀があった。「折れた」と言っても、長さは一メートル近くある。妖刀すらもまとめて葬り去ろうとしているのか、妖刀に手を伸ばしても早馬の邪魔は入らなかった。しかし、取り出したはいいが、どうやって使おう。緑色の服とスカートを穿いたどっかのコ○リ族みたく回転切りでもしてみようか、と思ったがリーチが足りない。というか論外だ。手に取ってみたはいいけど、九割ほどは自棄っぱちだったな。
「へぇ!? 滑稽だよ、アンタ! それでどうやって戦うんだよ! や、やべぇ。笑いが止まんねぇよ! こりゃ笑い死んじまうかもな! ひゃひゃ!!」
確かにこれは無理がある。卓球のラケットで、飛んでくるバスケットボールを跳ね返そうとしているようなもの、というかそもそもラケットが折れているようなものだ。早馬が笑うのも頷ける。
「……! 美崎、それ貸して!」
熟考したのだが、良いアイデアは浮かびそうになかった。このまま死ぬのか? と考えていた矢先、折れた刀を横で見ていた音無が何か閃いたのだった。何をこいつは……、と思っていると、少女はすぐに魔法詠唱を開始したのだった。
一体何の魔法を使うんだ、と諦観しながら、ふと気付いた。音無の得意な魔法、……そうか! その手があった! 音無の魔法なら可能だ。
「音無、早く!!」
俺は筋力強化魔法を詠唱しながら、音無を急かした。少女は分かっている、と言った感じでこちらを見やると、妖刀を軽く手でつまんで、ニュウウゥ~と粘土のように、細く伸ばしたのだった。長さは刀身が五メートル程だろうか。歪な長さの妖刀が出来あがった。
魔法で強化された俺の両腕は、白衣がはち切れんばかりに膨れ上がっていた。
「しゃがんでて!!」
太い針のようになった刀をすかさず音無からパスして貰い、俺は筋力強化した両腕の膂力を用いて、フルスイングの要領で右から左へと空間を一閃した!
「なッ!?」
妖刀を伸縮させるという、予測していなかった手段に早馬の気が一瞬逸れた。俺はその瞬間を見逃さず、勝利を確信する。
「おしおきだ、早馬ァァ!!」
一閃。振り抜いた途中で、ガキィン! という硬いものに何かが当たる音がした。無論それは壁では無く、皮膚だった。早馬がさっきしていた皮膚硬化魔法。咄嗟に硬度を高めたようだ! ―――切れない! ならば、これなら!
俺は強化した腕力に任せて、思い切り手前に刀を引いた。切断は出来なかったが、ミリミリ……という、硬いものが若干削れるような手応えがあった。
「いっ! つぅ……」
勢い余って実験室の壁に激突する早馬。砂塵を撒き上げながら、膨大な熱量を誇っていた熱気が消え失せた。そして俺が刃先で据えていた前方より、透明化の解けた早馬が姿を現す。魔法を続行出来なくなったらしい。左の脇腹からは血が垂れており、皮膚硬化のおかげで致命傷は避けたようだが、明らかな重症に見受けられた。そして、俺が妖刀をフルスイングした瞬間とほぼ同時に、実験室の照明がついた。予備電力が戻ったらしい。
「く、てんめェ……。クソ痛ェじゃねえか……!!」
「おやおや、大丈夫かい? 行きつけの病院を紹介するよ?」
「調子乗んなよクソ! ……実行部隊からの定期連絡は来ねぇし、電力は戻りやがる! ふん! まぁいい、目的自体は達成したんだし。今回は見逃してやるよ」
俺は嘲笑を込めて挑発してみた。しかし、早馬はそう言い残すと、壊れた壁の穴から疾風の如く姿を眩ませてしまった。筋力強化の魔法だけ残していたのだろう。全速力で逃げ去ったようだ。
「チッ、逃げたか……」
俺は早馬が逃げた穴を憎々しげに見やりながら、嘆息した。だが、良かった。あんな大振りの攻撃、初見殺しも良い所だ。二回目は簡単にかわされてしまうだろう。正直この後も早馬が戦う気だったらどうしようも無かった。そう思ったからこそ、挑発したのだ。こちらにはまだ余裕があると見せれば、相手も撤退を考えるかもしれない、と。賭けだったが、勝ったようだ。
しゃがんでいた音無が立ち上がったが、ぐらりと蹌踉めいた。伸びていた刀がもとの長さに戻った所から察するに、音無が疲れて魔法を解除したらしい。
「大丈夫かい?」
……実の兄が黒幕だったなんて。しかも自分を襲ってくるなんて。どんな声をかけていいか分からない。ショックだろう。こういうときはそっと、優しさを見せるべきだろうか。さきほど実験室から脱出するときに置いていった買い物袋は無事だった。全くもって奇跡である。あんなにバタバタと走り回る血気盛んな奴が居たのに。と言う事で、一つ取って、差し出すのだった。
「ウ○ダー、飲む?」
「……ありがとう、美崎」
音無に二、三個譲った。よかった。素直に受け取ってくれた。ここで「いらない!」べチャァ! などと床に叩きつけられたら俺は泣き崩れていただろう。それに、製造会社にも申し訳ない。
「ソウマ兄ちゃんは、いつか事件を起こすだろうって分かってたから……気にしないで」
なんとなく俺の心情を察したのか、音無がその小さな口を開いた。俺も何となく聞き返してみる。
「それは、なんで?」
「家でもいつも、ああゆう感じだったから」
音無の言葉を聞いて、俺は鼻白んだ。えっ、家の中でもああゆうスピードで走りまわったり炎を出したりしていたのか? そんなの病気じゃないか! ―――いや、違うな。この場合、それくらい乱暴だったと捉えるべきか。
俺は「そうか……」と呟き、俯いた。
早馬は俺の事を狙っている組織の一員だったのだろうか? 仮にそうだったとして、研究所の内通者は早馬? ……いや違うな。早馬はスタッフでもないし、なにより研究所の内部に入ってきた事はない。つまり爆破の犯人=早馬であるため、内通者の線が疑いようの無いものとなってきた。
「ねぇ、早馬君は何か怪しい組織とかに入ってたりしてなかった?」
俺は駄目もとで音無に聞いてみた。いくらなんでも自分の正体がバレてしまうような情報を妹に流したりは……
「ああ……。よく家に黒いスーツの人たちが来て、『会議するからお前は研究所で遊んでろ!』って」
え!? 怪しい!! モロかよ! 百パーセント組織に入ってね!? バカな兄貴だなぁオイ! いや待てよ……? 戦闘センスはずば抜けていたけど、ここまでバカなヤツってことは、一連の計画的な犯行は無理だ。リーダーだと言っていたが、他に誰か研究所内部の情報をリークした本当の黒幕がいるな。
《あいつが美崎には気をつけろって言ってたしなぁ。人質とかガラじゃ》
早馬がボソリと一人呟いていた内容を思い出し、吟味してみる。その“あいつ”とやらが真犯人で、停電の実行者と予測をつけてみる。なるほど、辻褄が合う。大方分かってきたぞ。だが、なぜ予備電力が入ったのだろうか。それが分からない。術者の魔法が切れたってことだろうが……なんで?
ちなみにここで音無の能力紹介。さきほど刀を伸ばしていた魔法。あれが音無の能力である。物体の硬さに関係なくあらゆるものの形を自由に変化でき、以前ネリケシで男性器を大量生産した魔法もこれだ。一見聞くと、なんだって出来そうなチートばりの強力な魔法だと勘違いしてしまうだろう。しかしながらこの魔法にはそれなりの制限が存在するのだ。まず一つ目に、物体の面積、体積を超える形にはできない。つまり大きさは変えられないという事である。例えばA4用紙が一枚あるとする。縦の長さを二倍にするには、その分横の長さを二分の一に削らなければならないのだ。また、B5用紙の大きさにするなどもできない。面積(大きさ)を変えられないとはこういうことである。体積もまた同じ原理だ。重さを変えられないといった方が正しいのかもしれない。(重さは変わらないが、重心が変われば重くなったと感じることはあるけど)
二つ目に、物体の耐久力(強度)はその物体を構成している材質に依存する。つまり物体の形を無理に変えようとすると変形に対応できずに物体が壊れてしまうのだ。簡単に言うと、タマゴの形を変えようとしても、変える途中で割れてしまうという事である。
もともと変形させて用いるような素材ならまだしも、この二つの制限によりなかなか融通が利かない魔法となってしまっている。使い所が難しいのだ。が、その残念な魔法に助けられたのも事実で、早馬との戦いで伸縮させた妖刀が壊れなかったのは奇跡に等しい。五メートルにも伸ばしたのだから途中でポキッと折れる可能性が高かった。しかしながら見事に使えたわけで。いやはや、妖刀の力だろうか?
ふと、ここで音無が兄と二人暮らしだったことを思い出した。流石に兄貴は家に帰っていかないだろうから、必然とここに居る少女は独りぼっちになってしまうな……。
「君はこれからどうすんだ? 兄貴は帰って来ないだろうし、独り暮らしになっちゃうんじゃないのか?」
このまま放置、なんて真似は出来ない。というよりも少女愛好家……否、子供を守るのは大人の責任である。尋ねてみると、音無もどうしていいか分からないと言った様子なのか、暫く沈黙が支配していた。今度は質問を変えて「ひとまず研究所に泊まっていくか?」と尋ねてみると、素直に首肯してくれた。その嬉しそうな表情は……忘れられないな、これは。
アイッヤアアアアアア!!!!
前編、中編、後編で納まりきらなかったネ。
読みやすくしようと分けたのですが、次回で襲撃編が一旦終わる筈です。読んでくださっている方々、ありがとうございます。リアクションとか貰えたら小躍りして喜びます。