D無限自爆装置
さて、読者のあなた。今さら言うまでもないが、改めて確認しておこう。
誰が村岡李実を殺したのか?
犯人はもちろん、読者のあなただ。
書いてある通り、この小説は実話。私こと六時六郎の名前も含め、全て本名を使った。
解答編末尾にある通り、村岡李実は読心術(精神感応能力。テレパス)が進化し、そのために私こと六時六郎に、自分を殺してくれと頼んだ。
私はその頼みを引き受けた。
彼女の頼みとは、この小説を書くことだった。
私は、彼女に頼まれてこの小説を書いた。
時系列を整理すると、まず現実世界で解答編末尾の会話をしてから、私は現実に基づいて『問題編』と『読者への挑戦』を書き上げ、小説家になろうにアップした。
その二つの章をアップした数日後、村岡李実は死に、私はこの小説の『解答編』を書き上げ、アップした。
なぜ彼女は死んだのか?それは、読者がこの小説を読んだからだ。つまりあなたが、この小説を読むことで、彼女を殺した。
説明しよう。
村岡李実は読心術が進化し、全ての人類の思考を読めるようになった。というより、無意識的に読んでしまうようになった。李実は空想の人物ではなく現実の大学生だから、ここで言う全ての人類とは、読者のあなたを含む現実世界の全人類となる。
村岡李実は人の心を読める。本文にも書いた通り、もっとも得意なのは人の心に浮かんだ『悪い言葉』を読むこと。
また心の中で『繰り返した言葉』を読むのも得意だった。能力が進化しても、その得意分野は変わらなかったはずだ。
そして彼女には、もう一つの特徴があった。それは、読んだ人の心に強く影響を受けてしまうこと。
だから、あなたが犯人なのだ。
あなたはこの小説を読み、李実に対する『悪い言葉』を『繰り返し』心に浮かべた。それを読み取った彼女は、あなたの言葉に強く影響され、死んでしまった。
そう、あなたは何度も何度も、李実に対してその言葉を思ってしまった。
あなた一人だけではない。およそこの小説の読者全てが、みな一様に、その言葉を心に浮かべた。
その憎しみのエネルギー、言葉の魔力が、村岡李実を殺してしまった。
あなたが何度も、李実に『死ね』と言ったから。
実際に口には出さなかったかもしれないけれど、心で何度もその言葉を思ってしまったから。
そんな言葉言ってないし思ってもいないって?本当に?
しかし、あなたがミステリの健全な読者であるならば。あるいは、「読者へのお願い」の指示に従ったのなら。
あなたは最低でも一回。そしてミステリという形式を愛するならば複数回、確実に、彼女に対して死を命じたはずだ。
あなたが問題編の文章を、一度でも繰り返し読んだのならば。
ミステリにおいて問題編は一番読み返す可能性が高い部分。
そしてミステリはどこにどんな仕掛けがあるか分からないから、最初から最後まで目を通し、また最初に戻って最後まで読み返す。
最後まで行って最初に戻る。
ところで、問題編は以下の言葉から始まっている。
『死ね。』
ただこれでは誰に対して『死ね』かは分からない。
一方、問題編の最後は
『その四人は、全員が本気で泣いていた。泣きっぱなしの私、やはり泣きっぱなしの橘、当然泣きっぱなしの木津岡。そして、困惑した表情で「分からない…」と呟いた、李実』
となっている。
問題編は繰り返し読むもの。そして『繰り返す』とは最後まで行って、最初に戻ること。
すなわち順番は逆転する。
最後から最初に、文章が繋がる。
繋がらないはずの言葉が繋がる。
ミステリという名の悪魔が、繋がらないはずの言葉を繋げる。
あなたは最後まで読んだあと、最初に戻った。すると文章は以下のようになるはず。
『困惑した表情で「分からない…」と呟いた、李実』
『死ね。』
↓
『「分からない…」と呟いた、李実』
『死ね。』
↓
『李実』
『死ね。』
―李実死ね。
あなたは無意識の内に、彼女に死ねと言ったのだ。
そして読み返せば読み返すだけ、その呪文は、あなたの心の中で唱えられ続ける。
なぜ小説の書き出しが『死ね』なのか。なぜ最初の段落なのに一文字下がっていないのか。なぜ会話文でもないのに、文章の最後に読点がついていないのか?
全ては、あなたに李実を殺してもらうため。
全人類の思考が読める李実。彼女はあなたの『李実死ね』というメッセージを受け取ってしまった。
あなただけじゃない。読者全員の、夥しい数の、名指しでの『死ね』を受け取ってしまった。
『李実の身体は、他人の心の声に強く影響されてしまう』。たくさんの『死ね』が、彼女の体に影響を与えたのだ。
しかも彼女の能力は未来の思考すら読み取る。
つまり、今読んでいない未来の読者や、李実が死んだ後にこの小説を読み『李実死ね』と思った読者も含めて、『李実死ね』のメッセージを受け取ってしまった。
彼女の能力が覚醒した瞬間、現在過去未来全ての『死ね』を彼女は読み取り、そして死んだのだ。
だから、彼女が死んだ後に読んだ読者よ。あなたもやはり逃れられない。あなたも彼女を殺した犯人なのだ。
能力が覚醒し、自制がきかなくなった瞬間、大量の『死ね』を一度に受け取る。
この小説は彼女にとって、自爆装置だった。
直接『李実死ね』の文章を挿入するのではなく、最後の一行と最初の一行を繋げる形にしたのは、私にはどうしても、『その一文』を書くことが出来なかったからだ。私は彼女の親友だから。だからせめて彼女が生きている間は、例え文章上だけとはいえ、『李実死ね』とは書きたくなかった。
また繰り返しになるが、およそ小説というジャンルの中で、読者が最も再読しやすいジャンルはミステリだ。
だから私はミステリを書いた。
『李実死ね』のメッセージを隠しておく媒体に、繰り返し読みやすいミステリという形式を選んだ。
繰り返し読んでもらうために、問題編と解答編を分け、読者への挑戦(はさすがに失礼だったので「お願い」にしたが)を挿入した。
この計画を思い付いたのは李実本人だ。
解答編末尾を読めば彼女がこの計画を考えた動機や心境が分かるだろう。
この方法を使えば、誰にも迷惑をかけずにすむ。まさか私が自殺幇助で捕まることもないし、娘を自殺させたとして両親が責められるはずもない。
しかし殺しは殺しである。
李実は自分を殺す計画を考えた。李実はネットで趣味小説を書いている私に依頼した(本当はもっと有名な、きちんと『なろう作家』と名乗れる人に頼みたかったろうし、まともな文章を書ける人に依頼したかっただろうが、彼女の能力を知っている人が、両親を除けば私しかいなかったのだ)。
私はそれに応え、この小説の問題編を作った。
つまり私は、彼女を殺す遠隔装置を作成した。
そして、彼女を実際に殺したのは、読者のあなただ。
テレパスの彼女に『死ね』と言ったために、彼女は死んだのだから。
未来を含む全ての読者の『李実死ね』が、彼女を殺したのだから。
あなたの無意識の言葉が彼女を殺した。
あなたが、彼女を殺した。
つまり―
読者が犯人だ。
実話とか書いてありますが、フィクションです。念のため。