終末のロボット
「…ただ、お話がしたかっただけなの」
高校に進学する僕には、忘れられない記憶がある。もう、六年も前の出来事だ。親にとっては別の意味で忘れられない出来事だろう。
『少年行方不明。〇〇地区に住む小学三年生の中野 みくる君が、〇月15日の午後1時頃から行方不明となった。現在〇〇地区を捜索中……』
『少年発見! 〇〇地区の公園で行方不明だった中野 みくる君が一週間後に発見された。少年に大きな怪我はないが、失踪中の記憶がないと証言している。発見者は……』
…実に可愛くない子供だ。警察の取り調べに対しても、記者の質問に対しても、親の問いただしに対しても、嘘を突き通した。失踪中の記憶は忘れていない。むしろ、楽しくて忘れられない、いや、忘れたくない_
まどろみから覚めると世界は真っ白。怖くは感じず、ただただ不思議だなぁ。と、のんきに考えていた。春のように温かいそよ風が足下に吹く。
「どうしよっかな」
真っ白い世界の果てはあるのだろうか? 人は居るのかな?
「ここはどこだろう?」
秘密基地を造っているようなわくわく感が沸き上がってきた。僕は好奇心が旺盛な訳ではない。むしろ消極的過ぎて成績表に響くレベルだ。そんな違和感に気が付かないまま、好奇心が向くままに歩いた。
「あ、ドアだ」
白い空間を風の方向に歩くと、ぽかんと浮かぶように飾り気のない木製のドアがある。そっとドアノブを回して開けると……
「…わぁ! 凄い…」
どこを見回しても、本、本、本、本…。僕の身長よりも高く積み上がった本や巻物。厚い本、薄い本、小説、哲学、聖書、漫画、英語、日本語もある。その本の数々に圧倒された。
「こんにちは」
積み上がった本の間から優しそうな笑みを讃えた女の人が出てきた。突然の事に驚かなかったのは何故だろう。
「僕はみくる。あなたは誰?」
「私は結。ここの博物館の管理者をしているの」
「ここって、博物館なの!?」
「はい。見ての通り、人間の知識を詰め込んだ本の博物館です。もう、見に来てくれる方は居ないけど…」
結は困ったような顔をして笑った。
「…お話し聞いてくれる?」
「うん。僕もお姉さんに聞きたいことがある」
「私はね、ロボットなの。最後のロボット…」
「え?」
本の積み上がった部屋の隅っこにある古いソファーに腰を掛けて最初に聞いた衝撃発言だ。
思わず結の顔を見るが、人のそれと同じで信じられない。勿論、他の体の部分も同じだ。
「嘘?」
「うーん。体の何処かを開けて…みたいに漫画や、小説のようには出来ないの。私は痛覚があるから痛いんだよ」
「なんでそんな機能付けたのさ」
「…自分を大切にしてほしいからだと聞いたけど、未だによくわからないの」
「…へぇ。そうなんだ」
よくわからないけど、大切にされていたんだなということだけは解った。結は理解していないようだが。
「最後のロボットって?」
「言葉の通り。今、世界にある最後のロボットなの。それと、最後の人間が造った最後のロボットでもある」
「…ちょっと待って! 最後の人間!?」
「はい。人類は滅びました。もう、百何十年も昔の話だけれど…」
「じゃあ、今ここは何年?」
「残念ながら何年という概念はもうないの。でも、みくるさんの生きている時代よりずっと遠い未来であることに間違いはないよ」
「…タイムスリップ?」
「そうとも言うけれど、タイムトラベルと言うのが正しいかな。みくるさんは私が勝手に呼んだけど」
「…なんで呼んだの?」
「…ただ、お話がしたかっただけなの」
寂しかったから。と、結は笑った。
「ロボットでも寂しく思うんだね」
「私は人間そっくりに造られているから」
結は、食べようと思えばご飯も食べれるよ。と、ガッツポーズをする。それからしゅんとおとなしくなって、
「ごめんね」
と、突然謝った。
「何が?」
「勝手に呼んだこと。タイムトラベルには、少し移動時間が掛かるの。みくるさんの時代だと、約往復六日間。多分ご両親や、周りの人は心配してる…」
「…まあ、なんとかなるよ。帰れるんだよね?」
「うん。そこは心配しなくていいよ」
「ならいいよ」
結は申し訳なさそうな顔で、もうひとつあるの。と、言った。
「ここへ来る時、来た時に、怖いと思わなかったでしょう?」
「…うん?」
「それね、心を少しコントロールしたの。この機械で。この機械が開発された後、大規模な戦争が起きて、それから人間の間では使用が禁止された。私のおとうさんはそう言っていた…」
結の視線の先は戦争に纏わる本。何度も開かれたのか、少し他の本よりも年期が入っていた。
「それはまあ、そうなるよね。心がコントロール出来たら、世界征服楽勝じゃん」
「うん。だから、君に勝手に使っちゃてごめんね」
「いいよ。僕も楽しいし、変なことしてないし。でも、もう使わなくてもいいんじゃない?」
「みくるさんがこの部屋に入った時点で、この機械は使ってない。その証拠に、君は私の言葉をを疑ったでしょ?」
「…まあ、実感はないけど」
「おとうさんが死んで、人類が絶滅した後、ロボットが中心の世界になった…。暫くは平和な世の中だったけれど…」
結は複雑な顔をして、本ではない何処かを見た。
「…ロボットが多すぎて、地球環境が悪化したの。そこで、『守地球法』つまり、ロボットによるロボットの破壊がはじまった…」
「…え?」
「ロボットとは、本来人間により人間の為に造られた物なの。人間に支える事を前提としている…」
「でも、居なくなっちゃった…」
「そう。私はともかく、他のロボット達が途方に暮れて、支える誰かを探した結果が…」
「地球だった」
「支える事を何より望んでいた、彼らは自分達を破壊することに躊躇いはなかったの。例え破壊されるのが自分であっても」
「なんか、可哀想…」
僕がそう言うと、結は緩く首を振った。
「しあわせだったのよ。彼らにとっては」
「…でも」
「物語の死が、日本人にとってはバットエンドでも、外国人にとって天使が迎に来ることはハッピーエンドなんだよ」
「…」
「…でも、人類は滅ぶんだね」
「…人類は滅ぶけどね、過去は残せるよ」
「え?」
結はパァっと明るい表情で、大量に積み上がった本を背にして立ち上がった。
「私は博物館の管理者。人間の歴史はここに詰まっている」
ばっと腕を広げて、にっと笑う。
「私がここの管理者になったのは私の意思ではないけど、でも、なったことはきっと何かしら意味がある」
だから…。と、結は続ける。
「精一杯、駄作でも、拙くてもいいから、本を書いてくれないかな。君が、みくるさんが精一杯生きた証を残してくれないかな」
僕は、自分が何て答えたのか覚えていない。
「あ、そろそろ時間だね。ごめんね。それから、ありがとう。さようなら。楽しかったよ」
突然の打ち切りに、僕は焦った。まだ、聞きたいことは沢山ある。
「僕も、楽しかった。だから、またね!」
結は虚を突かれた顔をした。やっぱり、結がロボットなのは信じられない。
僕は昼寝をした時のように、ソファーでまどろんだ。
「…さようなら。みくるさん」
結の悲しそうな声が頭に降って、雪のように消えた……
「高校生としての自覚をもって…」
入学式のつまらない話を聞き流しつつ、物語の構想を練っていく。
「みくるが、高校生か…。よく、生きて帰ってきたな」
オヤジにグシャグシャと頭を撫でまわされる。
「本当にな」
不思議な体験だった。夢オチでは片付けられない空白の一週間。終末のロボットは、結は、何をしているのだろうか。
「…ふっ。まだ、造られてないのにな」
「なにがだ?」
「何でもない」
僕は後に、作家として人生を歩むが売れず、結果、家業を継いでささやかな生活を送る事になる。まだ、知らない未来の話。
あぁ、そういえば。あの後、結に呼ばれる事は無く、未来には行けなかった。でも、僕の子供が三日間行方不明になった。
「何処に行ってたの?」
「…覚えてない」
嘘が下手な息子はそっぽ向いて言う。
「…結は、元気だった?」
「パパ、結に合ったことあるの!?」
まだ、誰も知らない未来の終末の話。
今日の空です。
最後までお付き合い下さり
ありがとうございます!
未来の終末は穏やかだといいなぁ
と、常々思います。
実際の人物・団体・事件とは関係ございません。