【第5話】
ミッドナイト
クレイジー・キャンディデイト』にようこそ♪
無駄口を叩かない的確だった男は、時間の経過と共に次第に熱を帯び、熱血教師と化していた。
「そもそも私が貴殿に肖像画になるための条件を提示した張本人。そんな私が言うのはお門違いだと思うのだが…あくまでも私の話は今までの傾向に過ぎん。これから起きる未来のことは予測は出来ても、知り得ることは不可能。それは貨幣制度においても同様。誰にも分からん」
「その通り。だから面白いし、だからワクワクする。そう前途洋々だよね?」
男の不器用な励ましを嬉しく思い、俺は自身の根幹を成している信念を晒し、明るく応えた。
「でもあれだね?功績を残して、肖像画になる資格を得ても、俺が天国にいく頃には一万円札と五千円札は廃止されてるかもね?」
電子マネーや仮想通貨の浸透も要因の一つだろうが、世界的に高額紙幣の新札発行はなされなくなっている。劇的な変化を嫌う日本でも、将来的には実際に手で触れられる通貨は消滅しているかも知れない。
「どうしたの?」
「ねぇおじさん聞いてる?」
「ちょっと聞いてる?」
一瞬、俺には男が固まっているように見えた。
動かない男は、本物の樹木のように映る。
「おじさん聞いてる?」
「さ・・さようか?」
「それは・・さようか?」
「ただ未来のことは誰にも分からん・・分からん・・」
俺には男が自分自身を励ましているように見えた。しかし即座に、男は語気を強めてこう話した。
「この先の紙幣の有無はさて置き、肖像画に選ばれるほどの素晴らしい功績を挙げ、『凄い 凄い』と祭り上げられたとしても、決して自分を見失ってはいかん。どのような人物も人には変わりなく、人に上下は存在しない。それを忘れてはならん」
「人類皆平等ってことでしょ?」
「さよう。そして時に、人は他者の人物像を都合よく自分の心中に創ってしまうことがある。良きにつけ悪しきにつけ。そこで今、貴殿の目に私はどのように映っておるかな?それが真の姿か?または貴殿の中で創り上げた心象なのか?よく考えて欲しい。見誤らぬように…」
「要は、イメージだけで勝手に人を決め付けるなってことでしょ?第一印象は悪かったのに、実際に話してみたら、意外と良い人だったってことあるもんね?」
「さよう さよう」
優しい眼差しをした教師のような男は、問題を解いた生徒のような俺を満足げに見つめ、何度も頷いた。
「さよう」
「人のことを勝手に決め付けて、自分の中に人を創るのは良くないってことは分かるんだけどさ……。どうやら、俺の中に尿がたんまり作られちゃったみたいなんだよね?おじさんの生ビールのお陰で…。もう限界。器から溢れそう。だからお話し中に申し訳ないけど俺ちょっと……お花摘みに行ってくるわ?」
「花を摘みに?尿意が我慢の限界に達しておるのにか?なぜだ?」
国境どころか大気圏を越え、男は異星人を見るような目で俺を見ている。
「いや比喩ね?昨今の日本男児はさ…しゃがんで用を足すことを強いられててね!? 半強制的に」
「ん?全く貴殿の言葉が理解出来んが?まぁ良い。では私はその花に相応しい花瓶を調達してこよう。大きさは、いかほどかな?」
「それは行ってみないと分からないんだよね?いやいや、あくまでも比喩だから…例えだから…」
「そうか分かった」
俺が発する言葉の理解を断念したのか?男は川を流れる一葉のごとく、会話の流れに逆らわず、流れに任せてこう話した。
「大は小を兼ねる、と言うことでよろしいな?」
「そうじゃなくてさ?……すぐに戻ってくるから待ってて?待っててよ?」そう言って俺は席から立ち上がった。
こげ茶色の和服男をテーブル席に残し、足をふらつかせながら、俺は小さな花畑を目指して歩く。
もうちょいと続きます♪