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【第2話】


『クレイジー・キャンディデイト』続きだよ♪


「こう見えてね~実は俺…世界記録保持者なんすよ!? 今はベロベロ…ただの酔っぱらいっすけどね」

 酒に酔っていても客観的な目を保持している俺、一流のアスリートだな、と心中(しんちゅう)で自賛しながら俺は話を切り出した。

「世界記録保持者?それは貴殿が、この世で一番の存在ということか?」


「オフコース、世界一」

 

 この言葉の響きは俺を有頂天にさせる。

「う~~ん。貴殿には申し訳ないが、世界一の競技者にはとても見えんのだが…」

 男がそう思うのも無理はない。俺の外見は童顔な上に背が低く、おまけにガリガリときている。海外遠征の夜、街のパブを訪れた際に子供と勘違いされ、つまみ出されそうになった経験がある。しかもそれは一度や二度では済まない。

「それはいったい、どのような種目かな?」

「なんと50メートルを7秒87で、100メートルを15秒66で走破してしまうんです俺……凄いでしょ?」

「ん~~ん…ますます分からん?その程度の記録ならば、野山を走り回っておる子供の方が速いのではないか?」

「そう思いますよね~?誰だって。実は普通に走るんじゃないんです。1・2・3・4。四足で駆け抜けてしまうんです。俺は四足走行の世界記録保持者なんです」俺は指折り数えて男に説明する。

「四足?……では貴殿が今、手拭きに触れている手は…手ではなく足だと?四つある足のうちの一つだと?分からん…」終始一貫、男の表情に変化はない。しかし声音(こわね)が若干上擦り、驚いている様がありありと伝わってきた。

「いやいや…両手を前足のように使って走るのよ!? 猿みたいにね。猿の走り方に憧れてさ~・・なんか格好良く見えてね俺には。時々、動物園に行って猿の動きを観察したりして、独学で四足走法極めちゃいました。一応…競技の創設者を名乗ってます」

「う~~ん。足よりも器用に扱うことが出来る手を、()えて前足のように使って走るか…。人類の進歩に(あらが)う行為!? なるほど、進化に対する挑戦ということでよろしいか?」

 相変わらず表情に変化はないが、男の声は元に戻り、俺の目には男が落ち着きを取り戻したように映る。

「まぁそんな大袈裟な話じゃないけどね。でもその方が(はく)が付くかな?合宿中の山中(さんちゅう)で、獲物と間違われて猟師に撃ち殺されそうになったり…変人扱いされることの方が多いから…。海外ではクレイジーパタスとか、パタスマンなんて呼ばれてるよ!?」


「……パタス?」


「パスタじゃないよ?パタスね。パタス。パタスモンキーっていう名前の霊長類最速の猿がアフリカにいるんだけど…あいつらさ時速55キロで走るのよ。速いでしょ!? そのパタスモンキーに例えられて、俺はそう呼ばれてるみたいなんだよね!?」


「パスタ?パタス?さようか……」


 少し混乱しているように見えたが、やはり男は変わらぬ顔で「まぁ変人扱いされることなど、余り気に留めぬことだ。突出した存在は称賛される分、同じ数だけ非難の的になったりするものだ。貴殿が余り幸福そうに見えないのは、その中傷が原因かな?」と話した。

「クレイジーパタス?いや、そのニックネーム自体は嫌いじゃないよ!? ただ、俺はもっともっと世界の人々に認知されたい。そうしたらハッピーパタスなんだけどな~!?」

 テーブルを挟んで座る男。最低限度の言葉しか口にしないが、的確な指摘をする男。俺には男が夜な夜な街頭で占う易者(えきしゃ)に見えてきた。

「名をより浸透させるために何をすれば良いか?だが…。最終的に貴殿が目指しておる終着地は、目標は何かあるか?」


「目標かぁ……」


 無駄口を叩かない男の前で考える。沈黙。泰然自若(たいぜんじじゃく)な男と俺はテーブルを挟み、(しば)しの静寂が流れる。


「あぁこの人みたいに…」俺は風間達が置いて帰った千円札を手に取り「野口英世になりたいな!?」と話した。

 それは男に話すというよりは自分自身に対する問いかけのように。

「野口か……つまり紙幣の肖像人物になりたいと?」

「うん。目標はデカい方がいいでしょ?………うそうそ冗談。冗談」そう笑って話す俺を見ながら、男は初めて会った時と変わらない顔でこう言った。

「貴殿に助言出来ることがあるかも知れん…微力ながら。今、紙と鉛筆はお持ちか?」

「えっ!? いったい何始める気よ?おじさん」

「まぁ良いから…じきに分かる」男は淡々と応えた。


 男を見ていると、感情の起伏を自らが操るブルドーザーで絶えずならし、凹凸のない抑制された表情を意識的に保ち続けているように感じる。


 俺は手帳を一枚破り、ボールペンと共に男に手渡した。

 男はノック式のボールペンを、物珍しそうにカチカチカチカチ繰り返し何度も鳴らしている。

「貴殿は酒がまだ抜けていないようだから、忘れぬように書き留めておく」男はそう言うと何やらメモ紙に書き記し始めた。

 

 会話に夢中になり気が付かなかったが、辺りを見渡すと、派手に盛り上がっていた団体客の姿もいつの間にか消え、居酒屋の客は男と俺の二人だけになっていた。

 俺は男の前に置かれた水滴だらけの泡無し生ビールを、手前に引き寄せ、一気に喉に流し込む。

 

 男とボールペンとメモ紙の時間の共有は五分ほどで終わり、男は俺にメモ紙を差し出した。「これで良し」



まだ続くよ~♪

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