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【第1話】


 さ・い・そ・く……


「最速?今、誰か人類最速って言わなかったか?」

 このワードを耳にすると条件反射的に俺の口は動き始める。

「あのデカいジャマイカ人は世界中の人達にリスペクトされて、裕福な暮らしをしてるのにさ…何で俺はこんな所で、安い酒チビチビ飲んでるんだろうな?」

 机を挟んで座る風間と広瀬は「やれやれ」と言わんばかりに、言葉が発せられた方向を眺めた。

 二人の視線の先にいる何も知らない座敷の団体客は、勝利のポーズを全員で決め、天井めがけて次々と矢を放ち、内輪で大いに盛り上がっている。

 (うたげ)とは本来そういうものである、それは俺も理解している。もちろん風間達の気持ちも十分に。

 しかし脳を経由しない俺の独立器官は意志を持って話し続ける。

「俺だって人類最速だっつぅの!? なおかつ競技の創設者でもあるんだぞ…俺は!?」

「まぁまぁまぁ」広瀬は馴れた手付きで気の抜けたビールをコップに継ぎ足し、「チャンピオンは堂々としてなくちゃ!? 不平不満は決して口にしない。品格品格」そう言って風間は俺をなだめた。


 俺達三人がいるのは駅前にある居酒屋。

 毎週水曜日には社員証を提示すると料金が半額になるチェーン店で、同僚と連れだって来店する会社員で賑わいを見せる。

 閉店間際のスーパーで、見切り品に半額シールが貼られるのを、今か今かと待ち構えている主婦と同じように、水曜日の居酒屋店頭は開店を待つ会社帰りの人々でごった返す。

 そんな居酒屋から歩いて十分ほどの場所で俺はスポーツジムを経営している。定期的に競技の教室を開き、少しでも裾野を広げようと奮闘している。

 しかし実際、スポーツジムの経営は世間で思われているほど簡単ではない。そのカツカツのスポーツジムで共に汗を流してくれているのが風間と広瀬。

 彼ら二人と慰労も兼ねて、度々開催している水曜日の飲み会はパターン化してきている。

 

 そう今日のように・・・


「ねぇチャンプ…今日はとことん飲みましょうよ?ね?私も飲んじゃう~!?」そう広瀬が言うと、風間は()かさずビールを継ぎ足す。

 実に連携がとれている、無駄な動きが一つもない。長年連れ添った夫婦のように。

 きっと彼ら二人が協力してついた餅は抜群に美味いだろうし、二人三脚で目指す世界一周も冒険のうちに入らないだろう。

 どんな世界でも二人が組めば必ずや天辺(てっぺん)をとれる。二人を見ていると心底そう思える。


 そして今日も共同作業の(たくみ)の二人によって、俺は(いざな)われてしまった。

 赤子の手をひねるように容易(たやす)く・・・




        ◇◆◇◆◇◆◇




「どこだ?ここは …… 」


 俺は白色(しろいろ)に包まれていた。

 上下左右、全方位見渡しても白一色の世界。

 他の色彩の存在を否定しているかのような潔い白さ。天と地の境界も判別出来ない。

 地に足を着け、起立しているはずだが、視界全てが純白のキャンパスのようで、陰影も無く、俺は雲中(うんちゅう)を浮遊している感覚に見舞われる。

 距離感がつかめず、平衡感覚(へいこうかんかく)を奪われ、気分も優れない。

 色彩の異なる俺がここに存在していなければ、白色の世界を認識出来る者はゼロになる。そう仮定すると、その時ここに広がるのは、単なる空白に過ぎないのかも知れない?

 しかし俺はこの地に足を踏み入れてしまっている。

 

 全てを白色に彩られた場所に・・・




「ご相席よろしいですかな?」


 白一色の世界で、微かに小さな声が鼓膜に届く。


「相席よろしいか?」


 声は力強さを増しながら、徐々に近付いてくる。


「よろしいか?」


 雪山で起きたホワイトアウトに、全身を包まれた遭難者の俺に近付いてくる。


「よろしいか?」


 文字を書き記す前の巨大な半紙に、誤って落ちた一滴の墨汁の俺に、俺とはまた別の、色彩の異なる存在が声を発しながら近付いてくる。


「よろしいか?」


 声の主は俺の真横まで来て、立ち止まった。はっきり息づかいまで聞こえる。そして念を押すように、俺の耳に向かって直接語りかける。


「よろしいか?」


「あ~~ぁう~~ぅ誰~?」

 返事をした途端、俺のいる白一色の世界は暗転して暗くなり、そして黒くなった。それは閉じられた(まぶた)の内側の黒色。

 俺は、いつの間にか居酒屋のテーブルに突っ伏して寝てしまったようだ。

 (ふさ)がった(まぶた)を剥がしながら俺は顔を上げる。


「相席よろしいか?」


 ぼやけていた目は徐々に鮮明な視力を取り戻し、真向かいに男が座っているのが見えた。

「誰~?あぁ~ぅ。もう…とっくに座ってるじゃん?別にいいけどさ…」

 和服姿の中年男だ。

「あ~~くそっ また逃げられた…あいつら~そんなに不味(まず)いかね?俺と飲む酒は…」

 風間と広瀬。

 また二人に、俺はしてやられてしまった。

 風間が座っていた席に和服姿の男。

 男の前には数枚の千円札が乱雑に置かれている。

「おじさんは…」俺はテーブルに置かれた千円札を手繰(たぐ)り寄せ「お一人様?ボッチ?」と訊ねた。

「いかにも…ただ禁酒中だが」そう言って男は口を真一文字に結び、腕を組むように両手を和服の袖の中に入れ、背もたれに身体(からだ)を預けることなく、姿勢を正して座っている。

「いかにもってさ…いつの時代よ?」

 会話中、男は表情一つ変えることなく俺の前で姿勢を正し続けている。

 酒の飲み過ぎか?あるいは寝ぼけているだけか?俺には樹木のような茶色がかった黒色に、男の全身が覆われているように見える。

「禁酒中に居酒屋か……おじさん変わってるね?じゃあジュースでも頼もうか?」

「ではビールを頂こう」

「だって禁酒中じゃないの?」

「ビールは酒ではない」自信満々に男は言い放つ。

 もしもそれが真実ならば、なぜ俺はこんな状態に陥っているのだろうか?俺は頭を巡らせ「いやいやビールは立派なお酒です。はい」とやんわり男の発言を訂正し、要望通り生ビールを注文する。

 

 ほどなくして元気溢れる女性従業員によって、溢れんばかりの泡帽子(あわぼうし)を被った生ビールがテーブルに運ばれてきた。

 しかし男は数分経過してもなお、ジョッキに一口も口をつけず、ただただ俺の眼前に存在し続けている。話しかけない限り口も開かない。

「ビールは一口も飲まないしさ?おじさん全身こげ茶色だし!? 分からないことだらけなんだよね?いったい…おじさんの目的は何?で、何者なの?」いたたまれなくなって俺は核心を突く。

 俺の目には、男が居酒屋の景色と同化することを拒み、存在を主張するために自らの意志で周囲から浮かび上がっているように映った。

「人に問いを投げかける際の礼儀として、()ずはご自身が答えるべきではないかな?その(のち)に質問されるのが筋だと思うのだが?それが人の道。貴殿はいったい何者ですかな?」

「貴殿ってさ…おじさん何年生まれよ?何歳?」俺が何を訊いても、男は口を結んだまま微動だにしない。

 風間達といい、和服の中年男といい、どうやら俺は自分のペースで物事を運ぶことが出来ない性分のようだ。もういい。俺は男に理解されないのを承知の上で、先に自分から話をすることにした。

 

 ここまで無事にたどり着いた方々、お疲れ様でございました。

 つづきは近々にもUP出来ればなぁと思っているのですが…お見かけした際は覗いてやって下さい♪

 

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