マネキの森の物語
人里離れた・・・というよりも、秘境のようなその場所にその森はあった。
「ふう~ん、ここがマネキの森なのね。・・・まだ先任者の結界は効いているじゃない。って、あたりまえか」
森の入り口に立ったフード付きマントを身につけた人物が呟いた。
もう一歩森に近づき、境の目印の石柱(苔むしていて一見しただけじゃ石だとはわからないだろう)に、手を翳した。
「我、先任のユウミから森の管理者の任を引き継いだものなり。名をマイカという」
首から下げた森の管理人の証のペンダントが、名乗りと共に光を放った。その光は石柱に伝わり、そのまた先の石柱へと伝わっていった。しばらく待つと光は森の反対側から石柱を伝わって、最初の石柱に戻ってきてペンダントへと吸い込まれた。
「これで良し」
マイカと名乗った人物はマントを合わせ直して、石柱を超えて森の中へと足を踏み入れたのだった。
◇
「やっとここまで来たわね」
森の中心にある大きな樹のそばに来たフードを被った人物、マイカは呟いた。マイカはあれから約ひと月をかけて森の中のを螺旋を描くように歩いてきたのだ。
マイカはしばらく木を見上げていたけど、風がマントをはためかせて過ぎていったことで、ハッと気がついて歩き出した。
マイカが向かったのは大樹から少し離れたところに建っていた家だった。外見は苔や蔦に絡みつかれた古い家屋。とても人が住めそうには見えないものだった。
マイカは家の前に立つと、ペンダントを捧げ持った。
「私は当代の管理者マイカ。先代のユウミとの契約解除を願う」
その言葉に家に絡みついていた蔦は離れて行き、コケや汚れなどの古ぼけた感じに見せていたものは、綺麗サッパリなくなった。その様子を見ていたマイカは満足そうに頷いた。
ドアを開けて家の中に入ったマイカは、ユウミが残していったものを見て微笑んだ。マントを脱いで、入り口にあったコート掛けにかけた。
「さすがに、ユウミね。趣味がいいわ。では、この部屋はこのままにしておきましょう。次は・・・先に台所かしら」
台所にきたマイカは残されているものを見て、ニッコリと笑った。
「これならすぐに使えるわね。本当にさすがよね、ユウミは。先代たちの中で最強の魔女だったのだもの」
マイカは先に屋敷の中を見て回った。その中から自室にする部屋を決めると、持ってきたものを取り出して、部屋の中に配置した。居心地よくしたところで、台所に戻った。
「さ~て、やるわよ~。あの子達への挨拶だもの。腕によりをかけなくっちゃね」
そうしてマイカは料理を作りだした。
◇
しばらくしたら森の中に料理のいい匂いが漂いだした。鼻をヒクヒクと動かして女の子が言った。
「なんか~、いい匂いがする~。ねえ、もしかしたらユウミが帰ってきたんじゃない」
「バカだな~、未紗は。ユウミは去る時に言っただろう。自分は役目を終えたから、次の魔女に役目を渡すって」
「でも、ゆーくん。この匂いってユウミがよく作ってくれたものに近いよ~」
「だから、彩までそんなことを言わないの。新しい魔女が何か作っているんだろ」
ゆーくんという男の子が、未紗、彩と呼んだ女の子達に諭すように言った。だけど、最後の言葉に二人の女の子は目を輝かせた。
「ねえ、それなら、挨拶にいかない?」
「そうよ~。未紗、新しい魔女さんに会いた~い」
「待てよ。その魔女がいい人かどうかわからないだろ。ユウミの前のギャレみたいなやつかもしれないじゃないか」
今にも飛び出して魔女の家に行こうとする二人の襟首をつかんで止めながら、ゆーくんは言った。
「えー、そんなことないと思うの~」
「そうよ、ゆーくん。きっと大丈夫だと思うな」
「あらあら、どうしたの」
三人がジタバタしながら騒いでいたら、そばにみんなが集まってきた。
「あ~、よつ葉姉さま~、楓兄ぃ~、瑠璃姉さ~ん。聞いて~、ゆーくんが新しい魔女さんが酷い人かもしれないっていうの~」
「大兄さん、絵郎兄さん、そんなことないよね。魔女さんはいい人よね」
「みこと、覇月、緋、龍斗、詩乃。お前たちは俺が言うことを信じるよな」
言われた皆は顔を見合わせて困ったような顔をした。その中で年長に見える女の子が口を開いた。
「そうね~、私も新しい魔女さんはいい人だと思うな」
「そうだな。俺もそう思う。お前達も気がついているだろう。このひと月で、ゆっくりと森を包む魔力が変わったことに」
年かさの男の子が言った言葉に、みんな(特に年下の子達)は頷いた。
「前の守りの魔法を損なわないようにゆっくりと丁寧に変えてくれた人よ。悪い人だとは思えないわよ」
「それに、きっとすぐに分かると思うけど」
「そうそう。そろそろ招待状が届くんじゃないか。・・・ほら来た」
みんなが話している場所に、翡翠色の鳥が飛んできた。男の子が手を伸ばすとその手に停まり、嘴を開いた。
「皆さん、初めまして。私は魔女のマイカ。この度ユウミの後釜となったの。お近づきのしるしに、食事に招待したいと思うのだけど、来ていただけるかしら? 待っているわね」
その言葉を言い終えると、鳥は嘴を噤んだ。腕に鳥を停まらせている男の子が皆の顔を見回した。
「だって、どうする?」
年下の女の子達は期待の視線をゆーくんに向けた。他の子達もつられて、ゆーくんへと目を向けた。皆に注目されたゆーくんはやけくそのように叫んだ。
「ああ、もう! わかったよ! 行ってみればどんなやつかわかるんだろ。それなら行こうじゃないか!」
女の子達はわあ~と喜びの声をあげた。その様子を見て、年長者たちは微笑みあった。頷いた男の子が鳥の目を見て、話しかけた。
「ご招待ありがとうございます。我々13名はご招待に応じさせていただきます」
男の子が鳥に向かってそう言い終えたら、鳥は男の子から離れて飛んでいってしまった。
それを見送ったみんなはニッコリと笑い合った。
「それじゃあ、僕達もいこう」
みんなは羽を広げると、木の枝から飛び立ったのだった。
◇
マイカにぶつかるように飛んできた鳥は、マイカに触れると共にその姿は溶けるように消えてしまった。だが、マイカの耳には伝言が残されていた。
「そう。みんなで来てくれるのね。・・・でも、そうか。まだ13人のままなんだ。まだ孵化していないのね」
マイカは少し寂しそうに呟いた。物思いに沈みかけて、首を振った。
「いけない。まずはあの子達と仲良くならなきゃ。すぐにくるだろうから、支度、支度っと♪」
マイカはテーブルの上に人数分の食器を並べ、料理を置いていった。数多くの料理が並んだところで、控えめなノックの音が聞こえてきた。
「はい、どうぞ。開いているわよ」
丁度台所からデザートのアップルパイを運ぶところだったマイカは、顔だけ廊下に出して声をあげた。そして扉を開けて入ってきた子達を見て、マイカは微笑んだ。
「お邪魔します」
「「「おじゃまします」」」
先頭の男の子のあとに続いて他の子達も挨拶をする様子に、マイカの目が優しく細まった。
「いらっしゃい。招きに応じてくれて嬉しいわ。さあ、こちらに来て」
マイカは廊下にアップルパイを持ったまま、姿を現した。そのパイを見た何人かは「きゃー」と歓声を上げている。
部屋に入ったみんなは最初から席が決まっていたという様に、迷わずに席に着いた。それを見てマイカも席に座った。
「改めて、私は当代魔女のマイカです。これからこの森の管理者となりました。お隣さんということもあるので、よろしくね」
「ありがとうございます。私は大、隣が龍斗、その隣が絵郎、ゆーくん、楓、みこと、覇月、緋、彩、未紗、瑠璃、詩乃、よつ葉です。よろしくお願いします」
「あら、そんなに固くならないでね。もっと気楽にいきましょうよ。さあ、まずは食事にしましょう。お口に合うといいのだけどね」
「は~い。いただきま~す」
「あっこら」
一番小さな男の子がスプーンを持ってスープを飲みだした。隣に座った年長の男の子が、みんなで挨拶してないと止めようとしたけど、スープを口に含んだ男の子が目を輝かせて言った。
「美味しい~。ねえ、これって何で出来ているの?」
ニコニコ笑って言う姿に毒気を抜かれたのか、年長の男の子もスプーンを手に持った。それを見てみんなは待ちきれなかったとばかりに食事を始めた。
マイカはその様子をニコニコしながら眺めていたのだった。
◇
このマネキの森は隠し森となっている。この森の中にいる生き物は全て保護対象だ。特にいま、マイカの前にいる身長が30センチくらいの背中に羽が生えた妖精たち。彼らのための保護区となっているのだ。
いまから500年ほど前、この世界は絶滅の危機に瀕した。界の境界が壊れ異世界から悪鬼共がこの世界を食い荒らして回ったのだ。
その危機を救ったのが妖精族だった。当時の王と女王は妖精族のすべての力を使って悪鬼共を打ち滅ぼし、界の安定に努めた。だが、その代償は大きかった。妖精族で残ったのは、1体のみ。それも次代の子達の守り人、ただ一人。そのものも深手を負い、明日をも知れぬ身となっていた。
妖精族は決戦に辺り、子らを繭へと閉じ込めた。妖精族は幼体の時には背中に羽を生やし、体長も30センチくらいだ。成体になると人と変わらない姿になる。背中の羽は消え、身長も人と変わらないくらいになった。
その子らの守りと成長を見守ることを頼んで最後の妖精は亡くなった。その願いに応えるように、この森は隠し森となった。
最初の妖精が目覚めたのは最後の妖精が無くなって100年後だった。
それから、一人ずつ目を覚ましてやっと13体にまでなったのだ。
彼らの成長はゆっくりだ。大体幼体でいる期間は500年から1000年と言われているそうだ。成体になってからも、1000年以上生きるという。
そんな彼らを心無いものが狩ろうとした。そこで立ち上がったのが、魔女だった。いつの間にか人間、それも女性に強い魔力を持つものが現れるようになっていた。それにどうしたわけか、魔女になると寿命が圧倒的に伸びたのだ。普通の人間の3倍くらいの200年くらいの寿命があった。
魔女たちの中で取り決められたこと。それは魔女の中でも一番強い魔力を持つものがこの森の守護者となることだった。
マイカは守護者としては5代目。
守護者になるには条件があった。それは100歳を過ぎていること。
100歳を過ぎた魔女の中で、当代で一番だったのがマイカだったのだ。
◇
この日からマイカと妖精たちとの穏やかで楽しい日々が始まったのだ。
どこかで聞いたことがある名前があるかもしれないけど、偶然だよ~。
本当に偶然だからね~。




