第31話 赤髪の美女
第31話 赤髪の美女
「誰だ?」
俺は突然響いた女性の声の主を探す。
声がしたのは……金髪の男の後ろ、山頂へと続く道だ。
そして、そこには1人の女性が立っていた。
「嘘だろ……」
一目見て、口から自然に声がこぼれた。
その女性は――とても美しかった。
真っ赤な長い髪のポニーテール。
優しそうな緑色の瞳。
金髪の男と同じような金属鎧を身に纏っているがしかし、鎧の上からでも分かる大きな胸が金髪の男とは違う女性を強く感じさせた。
整った目鼻口体はまさに完成された美。
俺を圧倒する程の美しさを持ちながら、包み込むような優しさ、包容力も感じる。
普段は優しそうな表情をしていると思われる女性は今は真剣な表情でこの場を見ていた。
あの女性は一体何者なんだ!?
姿を現しただけで、この場の雰囲気が変わったぞ!
「ヴェルディーネ様ッ!」
金髪の男は突然そう口にすると、俺たちに背を向けて大剣を地面に置き、女性に向かって跪く。
武器を捨て俺たちに背を向けて突然女性に向かって跪いた金髪の男の行動に驚いたが、俺は動けないでいた。
この場に先程金髪の男と戦っていた時以上の緊張感があったのだ。
俺は突然現れた女性から殆ど目を離せない。
「ラギル、これは一体どういうことなんですか?」
女性はそう言いながら一歩ずつ歩いて金髪の男の前まで進む。
「はッ! 敵の刺客と戦闘中でした」
「刺客ですか?」
「そうです」
そこで少し考えるような顔をしてから、女性がこちらを見る。
「あなた方は私たちの敵さんですか?」
「ち、違います!」
女性に声を掛けられて、冷や汗をかきながら何とか俺は返事をする。
「あの方たちは違うと言っていますが?」
「ヴェルディーネ様、あのような者どもの言葉など信じてはいけません」
「では、ラギル。 あなたに聞きますが、どうしてあの方たちが敵の刺客だと? あの方たちが攻撃を仕掛けてきたのですか?」
「い、いえ……攻撃を仕掛けたのは俺です」
「ラギル……」
「で、ですが! アイツらは間違いなく刺客です! この山は滅多に人が来ない! そこにあのようなドラゴンを2体も連れた怪しい男がヴェルディーネ様がいらっしゃるこの時に偶然来る筈がありませんっ!」
ラギルという金髪の男が好き勝手言っている。
ここは口を挟んだ方が良いのか?
でも、今は口を開けるのもキツイ。
「はぁ……」
「ヴェルディーネ様?」
「ラギル、あなたが私のことを大切に思ってくれていることは分かっています」
「ありがとうございます!」
「分かっていますが、私のことになると熱くなって頭が固くなり、早合点するのはあなたの悪い癖です」
「ですがっ!」
「ですがではありません。 冷静に考えればあの方たちが私に仕向けられた刺客ではないと分かる筈です。 少し頭を冷やしてください」
「……はッ!」
そこで、この場の緊張感が霧散し、あの女性からの謎の圧倒感も消え俺は膝をついた。
「はぁ……はぁ……」
ヨエムの時ほどではないのは当たり前だが、とてもキツイ状態だった。
緊張感だけでなく、あの女性から発せられる謎の圧倒感が俺を強く圧迫していた。
今のは何だったんだ?
「グルゥ? (主人、大丈夫?)」
「がうがう?」
膝をついて息を整えているとアスラとヘスティアが心配そうな顔で俺を見ていた。
「ありがとう、大丈夫だ」
俺は両手でアスラとヘスティアの頭を撫でてあげる。
すると、2人は安心したようだ。
「ちょっといいですか?」
「え?」
気が付くと赤い髪の女性がこちらに向かって歩いてきていた。
金髪の男は肩を落としながら女性の後ろに付いている。
今の赤い髪の女性からはさっきまで感じていた圧倒感もないし、目が離せないということもない。
よく見ると女性は腰に剣、右手に盾を携えている。
今まで気付かなかった。
「うちのラギルが申し訳ありません」
赤い髪の女性は俺の前まで来ると申し訳なさそうな表情で謝ってきた。
「ああいえ」
「ラギルも謝ってください」
「……すまなかった」
金髪の男――ラギルはあまり納得していない感じで謝ってくる。
「ラギル!」
「いいですよ」
「でも……」
「俺たちもまさかこの山に他の人が居るとは思っていなかったので、怪しいと思うのは仕方ないですから」
まぁいきなり攻撃してきたのはどうかと思うが。
「そうですか。 ありがとうございます」
そこで赤い髪の女性は申し訳なそうな表情から優しそうな表情に変わった。
優しそうで綺麗な人だけど、さっき初めて見たときの圧倒される美しさというのは感じない。
さっきのは何だったんだろう?
「あ、自己紹介がまだでしたね。 私はヴェルディーネと申します。 後ろの男性はラギルです」
「俺はドラゴンっていいます」
「貴様、ふざけているのか!」
名前を名乗ったらラギルが怒る。
まぁドラゴン連れてる男が自分の名前はドラゴンですって言ったらおかしいか。
「ラギル!」
「しかし!」
「黙ってください」
「……はい」
ラギル、ヴェルディーネさんには弱いな。
「あはは、偽名とかじゃなくて本当にドラゴンって名前なんですよ」
「珍しいお名前ですね」
「そうなんです。 自分ではこの名前、結構気に入ってるんですよ」
「じゃあドラゴンさんを名付けてくれたご両親に感謝ですね」
「あ、はは……」
自分で名付けたんだけどね。
「それでこっちの大きいドラゴンがアスラ、小ちゃい方がヘスティアっていいます」
「グルゥ(よろしく)」
「がう」
アスラはヴェルディーネさんに頭を下げたが、ヘスティアは先程の戦いがあった所為かまだ警戒しているようで俺の後ろに体を半分隠している。
「ふふふ」
2人の行動にヴェルディーネさんは柔らかく笑う。
「アスラはよろしくって言ってます。 ヘスティアの方はまだ警戒してますね。 ごめんなさい」
「いえ、元々はこちらが悪いのですからしょうがないです」
ラギルがヴェルディーネさんの言葉に凹んで再び肩を落とす。
「アスラ君とヘスティアちゃん、よろしくお願いしますね」
優しく微笑みながらヴェルディーネさんはアスラとヘスティアに言葉をかける。
すると、警戒していたヘスティアは恐る恐る前に出てきてヴェルディーネさんを見て大丈夫だと思ったのか笑顔になった。
そしてヘスティアはふよふよと飛んでヴェルディーネさんの前まで行く。
ヴェルディーネさんは飛んできたヘスティアに左手を出す。
それをヘスティアがちょこんと触った。
可愛らしい握手だ。
カメラがあったら連写していたところだな。
「がうがう!」
「ふふふ、可愛いですね」
まぁヴェルディーネさんの優しそうな感じはすぐ分かるから警戒なんてすぐ解けるか。
しかし、ヴェルディーネさんは俺がアスラとヘスティアの性別を答えてないのに気付いている感じだよな。
ヘスティアと可愛らしく握手していたヴェルディーネさんはこちらを見る。
「先程思ったのですが、もしかしてドラゴンさんは2人の言っていることが分かるのですか?」
「アスラの言っていることは分かりますが、ヘスティアの言っていることはまだ何となくしか分かりませんね」
「まぁ! それは凄い。 ドラゴンさんは優秀なテイマーさんなんですね!」
姿を現した時もそうだし、アスラたちの性別を見抜いたことや、今のこともそうだが、やはりヴェルディーネさんは只者じゃなさそうだ。
こうなってくると気になる。
今も優しそうな笑顔を浮かべる美女のヴェルディーネさん。
そしてアスラと互角にやり合える今は肩を落としているラギル。
この2人は一体何者なんだ?




