8.μ【♀】と一緒の夜 <零日目—後編—>
この街の治安は良くない。
そう判断したナツノたち一行は、街で一番の高級ホテル(宿場)を探して、王城にほど近い場所でそれを見つけた。
高級イコール安全――見知らぬ土地では金は惜しむな、である。
10階建て、ピカピカに磨かれた外壁、他の宿とは見た目がまるで違う。
扉を抜けると、さらに扉。二重扉になっている。
ロビーには静かな音楽が流れている。ビシッとした格好のスタッフたち。
高級そうな衣装に身を包んだ紳士淑女の獣たちやエルフは客だろう。客層も上々だ。
「ここに決めましょ。いいわよね?」
「なんか思いほか、高そうなんだけど、大丈夫か?」
「高そうな宿を探したんだから、そりゃそうよ。――足りると思うんだけれど」
ダイヤのイヤリングを売って得た金貨銀貨、数十枚。
ここに至るまでの過程で、金貨が一番貨幣価値が高いことがわかった。
宿代の相場がわからないままだが、足りないということはないはずだ。
お金の力は偉大である。
はじめ、フロントのイケメン犬耳コンシェルジュは、ナツノたちをいぶかしんだ。
「何泊かしたいのだけれど、空いている部屋はあるかしら?」
「しかし、お客様。当ホテルはかなり高額でして」
「これでは、足りない?」
ナツノが金貨を一枚見せると態度が一変。
「これはこれは、大変失礼いたしました。どのような部屋をご希望でしょう?」
「女、3人、安心して眠れるところがいいわ。それと、通りに面した部屋をお願い」
あどけなさの中に、気品がにじみ出る。
「それではこちらの部屋など如何でしょう? 貴女様のようなお方をお迎えするためにいつでも空けさせていただいております」
すんなりと、部屋を取ることができたのであった。
お金と引き換えに、きっちり安心を買えたのだった。
部屋は最上階。
エントランスの端にある魔法陣に乗ると、希望のフロアに転送される仕掛けで、10階に着く。
「こういうのがあると、本当に魔法の世界ね」
部屋に着いた一行は、その広さに驚きつつも、緊張の糸を緩める。
「やっと、落ち着ける」
バイクを入り口の端に置き、ベッドにダイブして仰向けになるμ。
「うわあ、柔らかい、どうなってるのこれ!」
と感動している。
ナツノは窓際の椅子に座り、マドカも薙刀を立て掛けベッドに腰掛ける。
「今日は疲れたね〜、なんだか色々な事があったよ」
「そうね。お金を得たと思った途端に盗まれたり。でも取り返せてよかったわ」
「マドカちゃん、グッジョブ」
「えへへ。ありがと」
マドカもベットにぽふと横になる。
「わ、本当に柔らかい」
「だろ! こんなベッド初めて」
μが自分のベッドから降りて、マドカの横に寝そべる。
「マドカちゃん、お疲れ様」
と言って、マドカの癖のある髪を撫でる。
「えと」
μは「えい」とばかりにたじろぐマドカの胸に顔を埋めた。
「だ、だめだよ、μちゃん。今日汗かいちゃったし、シャワー浴びなきゃ」
マドカ、そのセリフは危ないわ、と素知らぬ顔のナツノ。
「え、いいの!?」
μが嬉々とした声をあげた。
ナツノは、ロッキングチェアに揺られながら窓から通りを見下ろす。
いつもの癖で、首から下げている胸元の指輪に触れようとして、まだ指にはめたままだった事を思い出す。
この世界ではどこから魔法が飛んでくるかわからない。
ナツノにとって、魔法の発動媒体であるこの指輪は外すわけにはいかなかった。
この指輪を私の薬指にはめてくれた人、『あのバカ』はこの世界にいるはずだ。
「早くお風呂行こうぜ」とうるさいμに、「汗も流したいものね」とナツノが同意したので、3人はホテルの大浴場に向かった。
あてがわれた最上階のあの部屋は豪華だったが、シャワールームなどはなかった。
街一番の高級宿でこれなのだから、大浴場で湯浴みをするのが、この世界の常識なのだろう。
虎の姿の背の低い女の子、動物園の虎が立ち上がったイメージ、がいることに驚きつつも、浴場の脱衣所で、マドカが身につけている服を一つ一つ、脱いでいく。
μがそれをじっと見ている。
ワイシャツを脱ぎ、スカートを落とす。
武道をしているとは思えないくらい細い腕と足、引き締まったウェストがあらわになる。
「おおー」
靴下を脱ぎ、ついでブラに手をかける。
「あ、あの、μちゃん、そ、そんなに見られると恥ずかしいんだけれど」
「へ? 大丈夫だよ。女同士なんだし」
「私は先に行くわよ」
ナツノが先に浴場へと行ってしまう。
「はっ、ナツノのの見てなかった! じゃない。マドカちゃん、私たちも早くいこ」
「う、うん」
μの目線を気にしながら、ブラを外すと、豊満な胸があらわに。
「おーーーー。……………………………ちょっとだけだから、触ってもいい?」
「ダメーー! もう先行ってて。あとから行くから」
「えー」
とても残念そうにするμ。
仕方なく、μはぽんぽん服を脱いで、長いストレートの髪を束ねて浴場へ。
「ナツノー、背中流してやるよー」
「け、結構よ。あなた、絶対、変なことするでしょ!」
「ぬぬぬ…………」
大変、不満を抱えるμであった。
さて、大浴場は、古代ギリシャを彷彿させる豪華なデザインである。
ナツノのイヤリングで得たお金はかなりの大金だったため、ワンランク上の宿に泊まることができたことに2人は感謝した。
そして、夜。
μは諦めていなかった。
3人、別々のベッドにつき、かれこれ30分。
もう、2人は寝たに違いない。
2人ともスリを相手に魔術線を興じたのだ。疲れている。だから、寝ている。
μは起き上がり、ペタ、と床に足をつける。
忍び込むは、50cm先のマドカの布団の中。
足音を立てずに、近づき、そっと顔を覗き込む。
スースーと規則正しい寝息。
ちょっと癖のある髪が顔かかっているあたりがとても可愛い! マイスイートエンジェル!
スイスイとベッドに潜り込む。
別に何かするというわけではない。
抱きついて、胸に顔を埋めて寝るだけだ。
その夜、μはとても幸せな夢を見た。
――たとえ異世界に転移したとしても、人の本質は変わらない。