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赤髪の失踪者  作者: はせ
第1章
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4.μの正体【♂ or ♀】 <異世界転移の前日—中編—> ★

 駅を出て、スマホのマップアプリに案内されて着いたところは、人気のない路地裏だった。


 その奥に、バイクにまたがった人影がいる。黒革のライダージャケットとパンツに身を包んだシルエット。


 ヘルメットをかぶっているせいで、顔が見えない。バイクに跨っているせいで、はっきりとはわからないが、背丈はそれほど大きくなく、小柄なように見える。


「こんなところに人が来るなんて、迷子? それとも、パンツの人?」


 マドカが反射的に、バッとスカートを押さえる。


 それ初対面で聞く? と思ってから、はたと気づく。この人、この場所を教えてくれたチャットルームの人だ。


「あら、あなた、キモ男さん?」


「? 誰だそれ?」


 ヘルメット越しに低い声が返ってくる。ノイズ混じりの、人工的な声質。


 変声器?


「ああ、ごめんなさい。μ(みゅー)さんだっけ?」


「キモ男って……。わた、俺のことか。ま、まあ、なんでもいいや。で、おっぱい的にくれた写真のJKは、そっち?」


 目を向けられたマドカは豊かな胸を隠すように腕で抱く。隠すようにというより、押しつぶすようなっている。


「へ、変態!」


「うわ、柔らかそう! いいね! それ!」


 テンションを一段階、上げるμ。ナツノにとって、μの第三印象も、同じく最悪だった。


 ナツノは腰に手を当て、


「μさん、バイクから降りて話しません? まさかチャットの相手と会うなんて予想もしていなかったのだけれど、むしろ僥倖だわ。ここに赤髪のあのバカをがいたの? それとも、私たちをおびき寄せるための場所? もしも後者なら、私はね、そういうことする人に心当たりがあるの。あなたは私を殺そうとしている人よね?」


「こ、殺す? 何言ってるのかわからないけれど、答えはノーだ。ちょっと興味本位で来ただけさ。あと、顔は綺麗だけど、胸ないから君はいいや」


 イラ。


 μの言葉に機嫌を害したナツノは、くるりとマドカの方を向く。


「なんでもいいわ。マドカ、やっていいわよ」


「ええ? な、何を?」


「何って、その薙刀であれを殴ってバイクから引き摺り下ろす以外に何があるのよ?」


「け、怪我させちゃうよ」


「大丈夫よ、あれ、ストーカーか変質者だから、正当防衛よ。それともあれに犯されたいの?」


「ナ、ナツノちゃん、気持ち悪いこと言わないで! や、やっちゃうよ? いいんだよね?」


「もちろん」


 マドカはナツノの前に出て、不安気に薙刀を構える。刀身には布が巻きついたままだ。


「ちょちょちょちょっと待った。なにそれ!? 暴力は反対なんだけれど!」

 

 バイクの上で慌てるμ。


「ミ、μさんが、悪いんですよ。ごめんなさい!」


 整った構えで、下から上に叩き上げるように、薙刀を振るう。ぶん、と風を切る薙刀の刀身が、ヘルメットに直撃する。バイクにまたがったままでは、避けることなどできない。


 頭を大きく揺さぶって、キモ男がバイクからドサッと落ちる。勢いでヘルメットが頭から抜けて、転がる。


挿絵(By みてみん)


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っぅ。い、いったぁ、何するんだ、いきなり! 常識はずれ!」


 その声、いや、声のトーンに、

 

「あら?」「あれ!?」


 ナツノとマドカが首をかしげる。


 声が高い。高いというか、それは男の高さではなく、女性の……。


「はっ! メ、メットどこ!?」


 顔にかかった長い髪を押えて、転がっていったヘルメットを探す。


「お、女の子だったの!?」


「ええええええええええええええ! だ、大丈夫? 怪我してない!?」


 マドカが慌ててその子に駆け寄る。女の子だなんて思ってもみなかった。


「だ、大丈夫だから」


 ヘルメットを諦めると、その少女は、不機嫌そうにアスファルトの上であぐらを組んで座り込む。


 バイクに乗っているということは、少女の年齢は16歳を超えているはず。つまり、ナツノたちと同じくらい。声はヘルメットに取り付けられた変声器で変えていたようだ。


「で、なんでJKがJKのパンツ見たかったわけ?」


「え!? わ、悪い?」


 μは、その可愛らしい顔を赤らめて答える。


 なによ、その表情かお。っていうか演技じゃなかったの? まさかレ○……? まあ、そういう人もいるわよね、とどこか納得するナツノ。


「そんなことはどうでもいいわ。『あのバカ』を見たっているのは本当なのかしら?」


「……あのバカっていうのは赤毛の人の事? それなら本当だ。……ここじゃないけど」


「へえ、嘘ついったってわけね。いい度胸じゃない」


 ナツノの顔が、怒りで極悪人の形相になる。腕組みして、μを見下ろす。


「ナ、ナツノちゃん、私たち、悪い人たちみたいなんだけれど」


 人目は少ないがないわけではない。時折、表通りからこちらを見る視線がちらほらと感じる。マドカはそんな視線にオロオロしている。


「そうね。何か飲みながらでも、あなたの話、じっくりと聴かせてもらうわ」


「やだね」


 憮然と答えるμをナツノは睨む。そして、自己奮起させるように、マタイによる福音書7: 7を小さく呟く。


「求めよ、さらば与えられん。探せ、さらば見出すであろう。門を叩け、さらば開けてもらえるであろう…………」


 一呼吸おいて、


「このチャンス、のがさないわよ。μさん、聞きたいことが山ほどあるの。ほら、この辺に喫茶店、ないの? この辺りの人なんでしょ? 案内しなさい」


「ぬ……」


 μの心持ちは、まさに蛇に睨まれた蛙のよう。逃げられないと悟ったμは、軽く舌打ちし立ち上がった。



*    *    *



 μが案内したのは、個人経営の喫茶店だった。壁はレンガ地。店内を暖色のライトが照らしているが、雰囲気作りのためなのか、やや薄暗い。


 マドカの薙刀にギョッとするウェイトレスにオーダーを頼むと、ナツノはμに質問を始めた。


「あなたの名前は?」


「さあ。μ(みゅー)でいいだろ」


 どうやら男っぽい口調は地のようだ。


「秘密主義なの? まあ、名前なんてどうでもいいわ。それで、赤髪の男を見た本当の場所はどこ?」


「……はあ、こうなりゃ、駆け引きも何もないな。いいさ、教えるよ。けどな、先に言っておく。私は優しいんだ。つまり、」


「変態の間違いよね?」


「え、いや、そうじゃなくて」


「変態の間違いよね?」


 ナツノが繰り返す。


「あ、はい。いや、そうじゃなくてな」


「認めるの? 認めないの?」


「いいから、人の話を聞けえ!」


 このままだと、優位をとられると悟ったμが、声を荒げる。


「つまりだ。私があの髪の赤い男を見た場所を教えなかったのは、その場所が本当に危険だからなんだよ」


「どういう意味よ?」


「普通の人じゃわからないさ。けど、私にはそういうのがわかるんだよ」


「ふうん。ま、いいわ。そういうのには慣れているから。で、場所はどこ?」


「どうしてもって言うなら答えるけど」


「どうしてもよ。……お願い」


 ナツノは懇願するようにその言葉を口にした。





 コーヒー2つと紅茶が届く。


 マドカはドサドサと砂糖を入れて最後にミルクを入れる。ナツノは見慣れているが、μはうわぁ……という表情でそれを見ながら紅茶に口をすする。


 μが紅茶をソーサーに戻し、スマホを操作する。


「ここだよ」


 マップアプリが起動したスマホを差し出す。


「何よ、駅の向こう側じゃない」


「もういいだろ。飲み終わったら帰るからな」


「何言っているのよ。一緒に来てもらうわ」


「な、何でだよ」


「あなたが嘘をついているかもしれないから。前科、あるものね」


「い、いや、あそこにはもう二度と行きたくないというか」


 紅茶を飲もうと伸ばした手が震えて、カップとソーサーがカチャカチャと音を立てる。


 マドカが小声でナツノに耳打ちする。


「ね、ねえ。何だか本当に怖がっているみたいだよ」


「そうね。演技っぽくないわね」


 何かあったわね。『あのバカ』が関わっているとすれば、確かに危険があるかもしれない。


 けれど、行かないわけにもいかない。それに、μが嘘ついていないかも、ここでは判断できないから、連れて行かないわけにもいかない。


「μさん、言っておくけど、逃がさないから、諦めなさい」


 μが息を飲む。


「ナツノちゃん、こわーい」


「マドカ、茶化さない。で、なんでμさんはそんなに怖がるのよ?」


「だから、危険なんだって」


「なんでよ?」


「だから、説明できないんだって」


「なんでよ?」


「だから、――ああ、もうわかったよ! 行くよ。行きゃいいんだろ。…‥うぅぅ、こんなことなら関わるんじゃなかった…‥」


 嘆いても遅い。μはもう、逃れられない運命の鎖に縛られてた。

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