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赤髪の失踪者  作者: はせ
第1章
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3.マップ上の座標 <異世界転移の前日—前編—>

 週末の日曜日は、よく晴れていて、外出するにはうってつけだった。


 病院を抜け出したナツノはマドカと一緒に、μ(みゅー)から聞き出した神奈川県P市に、電車で向かう最中である。


 P市は、最寄りの駅から急行で30分の距離だ。


「ナツノちゃん、本当に抜け出して来ちゃってよかったのかな?」


 ナツノは姿勢を正して座席に座っている。背筋を一本線のようにまっすぐ伸ばし、すらりとした指をそろえて、手をスカートの膝の上に乗せたその姿は、さながらどこかのご令嬢。


「いいのよ。病人というわけでもないのよ。あそこは身を隠すためだけの場所だもの」


 身を隠しつつ、学校に通わずに、そして留年しないための、病気で長期入院中という最大の仮病。毎週、出された課題はマドカを通してちゃんと担任の先生に提出している。


「でも、危険な目に会うかもしれないんでしょ?」


「そうね。でも、だからマドカは来ちゃダメって言ったのに」


「だって、ナツノちゃんのこと心配なんだもん」


 マドカはこの車内に不相応な長物を縦にして握りしめる。


「マドカ、それはアレ?」


「これ? うん。何かあった時のための薙刀だよ。ナツノちゃんのこと、ちゃんと守るからね!」


 自信満々にそう言い切るマドカに、


「殺しちゃだめよ」


「あう。そ、そんなことしないよぉ」


 薙刀の刃の部分には布が巻き付けられている。でも、その中は真剣だ。簡単に人を殺せてしまう。


「なんだか、不安ね」


 肘をついた手に顔を乗せ、高速で過ぎ去っていく風景を見ながら、ナツノは、


「ま、何かあったら全力で逃げて、逃げきれなかったらその時は頼らせてもらうわ」


「うん。それよりも、ナツノちゃんは、μさんの言っていたこと信じているの? 私はなんだか騙されていないか不安なんだけれど」


「そうね、私もあまり期待はしていないわ。あのキモ男、変態のイメージしかないし。でも、数少ない手がかりだもの」


「う、うん、ほんと、そうだよね。パンツとか、お、おっぱいとか、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。変態さんだよ、ぜったい」


 マドカは顔を真っ赤にして言った。


「まもなく、P市、P市です。お忘れ物なさいませんよう、ご注意ください」


 抑揚ある口調の、車内アナウンスが流れる。


「降りましょう」


「うん」


 ガン、ゴン、ゴス。


 駅の出口に向かう最中、マドカは身にあまる長さの薙刀を、天井やら柱やらにぶつけながら、よろよろ歩く。


「あうう」


「何やってるのよ」


 周りの人は皆、不安げにマドカを見詰めていた。辛うじて他の人にはぶつかっていない。


 薙刀なんて長物、こんな狭い駅の中じゃ、そうなるに決まっているわよね。


 はあ、頼りない。


 去年のアレな事件があったからこそ、いざという時、マドカは頼りになるとわかってはいるのだけれど。


 ナツノはそのアレな事件の全容を思い出しかけて、ゴーーーーン!!! と薙刀を金属製の看板にぶつけて、思いの外、いい音が響いたところでその思考を止めた。


 この街で『あのバカ』に会えるのかしら。


 会えない不安と会えるかもしれない期待で、心が妙にソワソワして落ち着かない。


 首から下げた指輪に触れて、その裏に刻まれた模様に指を這わせる。恋人同士がつけるような可愛らしい外見。けれど、裏に刻まれた模様は、魔術的。


『あのバカ』がこれを指にはめてくれた時は、この指輪がどういうものなのか、事前に説明してくれたけれど、やっぱりドキドキしたような記憶がある。


 わざとなのかなんなのか知らないけれど、この指輪を私の左薬指にはめたのだ。薬指に指輪がはめられていたら、他人がどう思うかなんて、容易に想像がつく。だから、これはこうして首から下げている。


 あのバカは、私の記憶に、何をしたのか。皆の記憶からなぜ彼自身を消してしまったのか。忘却の魔法なんてものがあるのなら、ぴったりと当てはまる。けれど、覚えていることもある。

 

『たとえ何があったとしても、どんな時でもあなたをお守りいたします、お嬢様』


 それははっきり覚えているセリフのひとつ。それを思い出し、ナツノは、はあ、とため息をつく。


 守りなさいよね、最後まで。



*    *    *



 さて、時は昨日の土曜日にさかのぼる。


 昼下がり、変態ことμにまだ聞きたいことがあったナツノは、あの時と同じチャットルームに入ってみた。


 チャットルームには、ログインユーザーが一人。


『あ、変態さん』


 相手がμ(みゅー)だと気付いた途端、ナツノは思わずそう打ち込んでいた。


『あ、パンツの人。こないだぶり』


 誰がよ、と憤るよりも、これは好機、とナツノはさらにμから情報を引き出そうと試みる。


『明日の昼、P市に行ってみるつもりです』


『へー、電車?』


『? そうですけど』


『じゃあ駅前眺めていれば、そのどれかが君だね』


『ストーカーしたら警察に突き出しますよ』


『しないしない。眺めているだけ。で、どんな服で来るのさ? 教えてよ』


『教えません。そんなことより、あの人の事、どの辺りで見たのか具体的に教えて下さい』


『おっぱい』


『…………』


 だめだ、この人。


『大きさだけでもいいから』


『…………Dです』


 私じゃなくて、マドカだけど。


『ッッッッッッッッD!!!!!!!!』


 μが変なテンションになった。μの第二印象も、やはり最悪であった。けれど、ナツノもμのそんな性癖にはもう慣れた。


『で、彼をどこで見たんですか?』


 冷静に返す。


『おっぱい』


 この人、大きさだけでいいって言ったわよね? μの第二印象は、本当に本当に最悪であった。


『おっぱい。服の上からでいいから』


 ちょうどその時、コンコンと病室の扉がノックされた。


「はい、どちら様?」


「私だよー」


 マドカの声。ナイスタイミング。


 ナツノはスマホを構え、


「どうぞ。入っていいわよ」


 ドアが開くと同時に、


 カシャ。


 入ってきたマドカの胸元のズーム写真がスマホの画面に映っている。顔が写っていないことを確認。


「ちょっと!! ねえ、何、写したの? ねえ」


 マドカが慌てたようにずいずい迫ってくる。


「あ、制服じゃないんだ。ちょうどよかった」


 制服だったら、さすがに学校がバレてしまう。スマホから視線を上げ、


「ちょっとね。誰だかわからないし、これならいいでしょ?」


 と、スマホの画面をマドカに見せつける。


「ぜんっぜん、よくないよ!」


 そんなマドカをよそに、スマホからノートパソコンに写真を転送する。


 写真をアップした途端に、画面が大量のコメントとともに、どんどんスクロールされていく。キモ男ことμが、ハイテンションでどんどん発言しているからだ。


 しばらくして、冷静さを取り戻したμが、二つの数字が打ち込む。


『場所はここだよ。△△.△△△,△.△△△』


『?』


『JKにゃ難しいか? 緯度と経度だよ。その数字を打ち込んで検索すればどこかわかる』


「マドカ、お願い」


「…………」


 機嫌を損ねたマドカが、ぷい、と横を向く。


「仕方ないわね」


 言われる通りに二つの数字で検索をかけると、マップ上にP市のある場所が示された。


 ここに『あのバカ』がいた。


『ありがとうございます』


『こちらこそ、ありがとうございました』


 丁寧にお礼を残してμは退出していった。ナツノが、愛用の薄型ノートパソコンを閉じる。


「……行くしかないわね」


「行くしかないわね、じゃないよ! また、人の写真、勝手にアップしてーーーー!」


「マドカ、落ち着いて。これ以外の手段がなかったのよ」


「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。ナツノちゃんのバカ。ナツノちゃんのバカ。ナツノちゃんのバカ」


 マドカはしばらく呪いのように繰り返していた。

 

「それはそうと、マドカ。明日、本当に来るの?」


「うん、行くよ。ちゃんと準備もしてくる」


「? そう。それなら、いざという時は頼りにしているわ」



*    *    *



 そして。


 駅を出た二人は、μに教えてもらった座標へ歩く。


 二時間後、薙刀を持ってくる、というマドカの判断が正しかったと証明されるとは、この時は思ってもいなかった。

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