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赤髪の失踪者  作者: はせ
第1章
3/29

2.チャットルームのμ【性別:♀】 <異世界転移の三日前>

〜異世界で現代軍事兵器開発の主任責任者となるμとの出会い〜


【人探し:燃えるような赤い髪の人を見かけたら連絡ください】


という旨の文言をアップしたナツノは、ベッドで上半身(からだ)を起こし、膝の上のノートパソコンの画面を眺めるように見る。


 ベッドサイドの丸椅子に座るマドカと雑談しながら、ナツノは、期待せずに待つ。

 ほとんどは無関係の話題に絡まれるだけ。


 ポン、という効果音。


『赤毛の男の情報、持っているけど知りたい?』


「嘘!?」


 そのメッセージに目を疑う。


「どうしたの、ナツノちゃん?」


 これは本当なの? あまり期待していなかっただけに驚きを隠せない。


 複数立ち上がっていたチャット画面の一つを最大化する。


 マドカの言葉はナツノの耳に入らない。

 全神経がカラフルでポップなデザインのチャット画面に集中する。


 アカウント名【μ(みゅー)】に向かって、ノートパソコンのキーボードを打つ。


『それ本当ですか? いつ? どこで見たんですか?』


『教えてもいいけれど、交換条件がある』


 すぐにメッセージが返ってくる。


『交換条件?』


『その前に君の性別と年齢を教えて? 君のプロフィールに何も書いてない』


『女、17です。あの、それが……?』


『JK!!!』 


 …………………………。


 急速に熱が冷めていく。


 また、ただのからかいか、とナツノは落胆する。そして、μ(みゅー)と名乗るキモ男に悪寒を覚える。画面越しに息を荒立てる下卑た顔の中年オヤジが想像された。


 でも、もしもこの目撃情報がホンモノだとしたら。


 ナツノの中に、淡い期待がまだ残っていた。今まで何の情報も得られていなかったのだ。信ぴょう性の判断は後回しにして、嘘でもいいからμから情報を聞き出すべきではないか?


 μと名乗る人物のアイコンをクリックすると、小さな別ウインドウが開く。そこには簡単なプロフィールが記載されていた。


 名前:μ

 年齢:10代

 性別:♀

 職業:スーパーハッカー

 趣味:バイクいじり


「……………………」


 デタラメにもほどがある。


 気がつくと、チャットルームの左上に鍵マークがついている。誰でも参加出来るオープンのチャットルームが、今はパスワードがないと参加できない設定に変更されていた。


 新たなメッセージが書き込まれる。


『教える代わりにパンツ見せて』


「っ――――!」


 予想してもいなかったμの要望に、思わず叫ぶ。


【性別:♀】って嘘よね!? 淡い期待が一瞬で、吹き飛んだ。


 ナツノにとって、マドカの次に最高の友人となるμ(みゅー)との最低で最悪の出会いの瞬間である。


「ナツノちゃん、大丈夫? どうしたの?」


「え? な、なんでもないわ」


 丸椅子に腰掛けるマドカがきょとんとしている。


 やっぱりこんな人の相手なんて、無理よ!


『切ります。さようなら』


 ナツノは律儀に別れを告げて、トラックパッドを操作し、退出ボタンにカーソルを運ぶ。

 

『待ったぁああああ!!!!!』


 続けて、


『外見、背が180くらいでメガネかけているやつだろ?』


 連続してメッセージが飛んでくる。


 退出ボタンの上でカーソルを置いたナツノは、左クリックする直前でとどまる。


 この人、もしかして本当に『あのバカ』のことを知っているの?


 ナツノはあのバカの外見を、ほとんど覚えていない。なんで覚えていないかわからないが、とにかく覚えていない。だから、このキモ男の言うことが、あのバカの外見と一致しているのかわからない。


 でも、もしも本当だとしたら? このキモ男μの言うことが事実だとしたら、あのバカに会えるかもしれない。


『その人、どこで見たんですか?』


『パンツ』


 …………このやろう。


 私は心底、真剣だというのに! 心の中で悪態つく。


『パンツ』


「うるさいわね、パンツパンツ連呼しないでよ!」


「ナ、ナツノちゃん?」


 ナツノの表情が怖い。端正な顔つきの、いわゆる美少女と呼ばれる種の人が怒った時の顔は、見る者の心を凍らせるほどの迫力がある。それはナツノも例外ではない。


 ナツノが、画像検索で出てきたやつでもアップしてしまおうかしら? と考えていると、


『ネットに落ちているやつじゃなくて、君のやつね』


 見透かされたようにメッセージが飛んでくる。 


「き、気持ち悪い……」


 深呼吸して、気持ちを落ち着ける。


 ナツノは、パジャマ姿の自分が、病室で、下着姿の写真を自撮りするのを想像し、まあ、絵にはなるけど、実行するかどうかといえばしないわね、と結論づける。


 じゃあ、どうやって言葉たくみに、μから情報を引き出すか……あ……!


 マドカは今、制服だ。


 となれば、


「マドカ、ちょっと立ってみてくれるかしら」


「? た、立てばいいの?」


 よくわからない、といった様子で、言われるままにマドカが立ち上がる。


 ナツノはすぐさまスマホのカメラアプリを起動させ、それを構えて、左手を伸ばす。伸ばした手でマドカのスカートの裾を掴み、

 

 カシャ。


「ちょっと――――!!!」


 マドカが慌ててスカートを押さえる。


「ね、ね、ね。ちょっと待って、ナツノちゃん! 何するの? 何するの?」


 わたわたと両手を伸ばして、スマホを取り上げようとするマドカを左手で静止し、写真をノートパソコンに転送する。


「大丈夫。顔は写っていないわ。それにこのスカートの柄から、学校がバレることはないと思うし。下着も下半分しか写っていないわ」


 ナツノが、こういう時、本当に実行してしまう行動力と、愚かさを持っていることを知っているマドカは本気で慌てる。


「いや、ね、意味わからないから! それに下半分の方が問題だよー!!!」


 マドカが横で慌てふためいているが、ナツノもそれどころではない。


 写真も撮ったし、やっと出会えた情報源だ。ホンモノの情報かどうかは分からないけれど、『あのバカ』に関する情報が、ほんの少しでも手に入るのなら、優先すべきはこっちだ、と熱くなる。


 チャット画面に、上半分がスカートに隠れたピンク色のパンツ写真がアップされる。


『あの、これでいいですか?』


『うおおおおおおお。あ、ちょっと待ってて。同じのないか、画像検索する』


 μと名乗る人物は意外にも冷静に対応してくる。


『今、撮ったんだから大丈夫ですよ』


 返信がこない。きっと、画面の向こうではチャットにあげられた写真と同じものがないか必死に探しているにちがいない。


 ――――やっぱり、気持ち悪い……こういう人の相手はしたくない。


「ナツノちゃん、ひどいよ。ぐす……」


「ごめんね、マドカ。でも、キモ男がパンツ見せてくれたら、あのバカの情報をくれるっていうんだもの。仕方ないでしょ?」


「全然、仕方なくなんかないよー! それに、そんなの、絶対嘘に決まってるでしょー!」


「でも、本当かもしれないでしょ?」


「じゃあ、ナツノちゃんのでいいじゃん。この間、買ってあげたパンツ、そのキモ男さんだって、喜ぶよ! きっと!」


「いやよ、そんな姿、他人に見られるなんて。それにあれまだ履いてないわ」


 マドカが買ってきたワンピースと下着はまだ紙袋の中に収まっている。


「人のは見せているくせにー! うーー……」


 恨めしそうな顔のマドカ。

 しばらくして、


『ない! ない! 見つからない! 本物のJKのパンツ!』


「うざ……。当たり前でしょ。今、撮ったんだから」


『恥ずかしいから、あまり言わないで。そんなことより、彼のこと、どこで見たんですか?』


『P市。駅東口近くの路地裏』


 キモ男がようやく、あのバカを見た場所を口にした。


「P市? マドカ、知っている?」


「し、知らないもん」


 ふてくされたように、そっぽを向く。


「マドカ、許して。ね?」


「うー……。ちょっと待ってね、調べてみる」


 ナツノに悪気がないことをわかっているマドカは渋々ながら、スマホでP市を調べ始める。


「……神奈川県のかな?」


「神奈川? ……隣の県ね」


『μさん、その人を見たの、いつですか?』


『おっぱい』


 ……………………。


「マドカ」


 ナツノが手招きする。ノートパソコンの画面を見ていたマドカは、ずざっと後ずさり、ブンブンと顔を横に振る。


「ない! ないから! ない!」


 マドカはありえない! と声をあげる。


「あるじゃない、Dも」


 マドカのふくよかな胸に目を向ける。


「私よりも2カップも大きいじゃないの。そんなものをひけらかして。さ、早く」


 人差し指をくいくいさせて、こっちへおいで、と合図する。


「そういう意味じゃないから!」


「仕方ないわね。まあ、いつ彼のことを見たかなんてどうでもいいといえばどうでもいいんだけれどね」


 だったら撮ろうとしないでよ、とマドカはブツブツ言っている。


『おっぱい、まだー?』


 キモ男はそんなフレーズを連投してくる。今度こそ、カーソルを退出ボタンに合わせて今度こそチャット画面を閉じた。


 この後、ナツノにとって、μ(みゅー)が【関わりたくない変態】から【マドカの次に最高の友人】となるまでには、相当の時間を要したことは言うまでもない。第一印象があまりにも酷すぎた。



「でも、さっきの話、本当に信じられるの?」


「さあ? でも一応、調べてはみたいと思っている。次の休みに行ってみるわ」


「私も手伝うよ」


「ありがとう。でも危険かもしれないから、いいわ」


 マドカが小さく首を振る。


「大丈夫! 待っている方が不安だもん。それに武道の心得もあるの知ってるでしょ」


「そういえば、そうね」


 単なる街歩きで終わる可能性の方が高い。

 想像するような危険はないかもしれない。



*    *    *


 その夜。


 病棟の消灯時間は9時。高校生のナツノが寝るには早すぎる。

 それに『あのバカ』を見つけられるかもしれない期待と不安も相まってナツノは寝付けないでいた。


 ナツノは上半身からだを起こすと、スタンドのオレンジの明かりをつけ、聖書を紐解く。

 目当ての一節を見つけると、気持ちを落ち着けるように、ゆっくりと読み上げる。


「だから、明日のことまで思い悩むな」


 それは、マタイによる福音書6 : 34。


「明日のことは明日、自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」


 ふう、と息を吐き、聖書を閉じて、スタンドの明かりを消す。

 カーテン越しに差し込むぼんやりとした月の明かりだけが残る。


 首から下げた指輪の輪郭を、ゆっくりとなぞる。


 これは、『あのバカ』からこの指輪をプレゼントされてからの、ナツノの癖だ。

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