10.王立騎士団隊長からの頼み <二日目—前編—>
傷を負った犬の獣人、いや、あの目の鋭さはやはり狼だ。
狼の獣人ベルが搬送された後、同種族のウェルトが、ナツノたちの前に来る。
「ベルを助けていただいて本当にありがとうございます。いやあ、お強いのですね」
ウェルトがくせっ毛の少女、マドカを見る。
マドカは「えへへ〜」と照れた。
いったい、この少女のどこにあれほどの力があるのか、と疑問にも思う。
だが、魔法による身体強化はよくあることだ。
その類だろう、と納得する。
「それではまたどこかで」
ウェルトは、一礼して、【カフェ ボヌール】を出ていった。
その後、【カフェ ボヌール】はマドカの活躍で賑わう。
気がつけば、皆、わーわー、どんちゃん騒ぎ。
「嬢ちゃん、奢るぞ、飲め飲めー!」
ジョッキで出てきた琥珀色の液体を、もう3杯も飲み干していた。
「マドカ、そろそろ、やめときなさい、それ、ダメなものだと思うわよ?」
「え〜、れもこれおいひいよ〜」
「ろれつが回っていないじゃないの、ほら、もう帰るわよ」
μはすでにテーブルに突っ伏している。
マドカがかろうじて歩けるうちに、帰らないと。
宿まで、二人も運ぶなんて、ナツノにはできるわけがない。
μに肩を貸して、やっとの事で宿に戻ったナツノは、μをベッドに寝かせ、トイレにこもって出てこないマドカを放置して、一人、大浴場で湯船に浸かることにした。
* * *
【カフェ ボヌール】でのどんちゃん騒ぎが終盤に差し掛かった頃、王城の中で、王立騎士団のウェルトは、事の次第を隊長のボールスに説明していた。
「まさに、神のごとく強い方で、動きなんてまるで見えませんでしたし、突き一つで大の大人を吹き飛ばしておりました」
「獣人のお前でも見えないとはな。それはどんな大男なのだ?」
「あ、いえ、まだ、あどけない少女でして」
「ほう、少女とは?」
「はい。髪に隠れて耳は見えませんでしたが、エルフ族か、吸血種族かと。さらに、その者を雇っている主人がまた少女なのですが、不思議な結界魔法を使っておりました」
「ふむ。獣人ではないのか。それでその者らは、この国の出身なのか?」
「いえ、ヘスティアナだと言っておりました」
「ヘスティアナか……。あの国では新しい魔法の創生が盛んに行われているからな。その結界魔法も新しく創り出されたものなのだろう」
ボールスは考える。
近衛の連中、王の直近だからといって、偉そうに、王立騎士団や国境警備隊などの他の軍にも命令を下してくる。
一泡吹かせたいところだが、まともにやりあっても勝てない。
だが、ウェルトの話を信じると、ベルを助けた連中は、かなりの強さだ。
もしも、我が軍に取り込めたなら戦力になる。
それで一旗上げることができたなら、王族からの信頼も高まる。
「よし、興味深いな。彼女らに一度、会ってみたい」
「彼女らが泊まっているなら、存じ上げております」
「では、明日、来ていただこう。すぐに準備にかかれ」
狼の獣人ウェルトは、そんなボールスの腹の中などつゆ知らず、一礼して部屋を後にした。
* * *
次の日の朝、ナツノたちが魔法陣で10階からエントランスに下りると、王立騎士団の鎧を着た獣人たちが、フロントデスクの前に整列していた。
その中に、ウェルトもいた。
「ナツノ様、突然の訪問、申し訳ございません。昨日は、うちのものがお世話になりました。実は、お礼をしたいと、我が隊の隊長が申しておりまして。王城まで来てはいただけないでしょうか」
「ナ、ナツノちゃんどうするの?」
「そうね……」
ナツノは考える。赤髪の『あのバカ』を探すには情報収集が必要だ。
そのためには、ある程度のネットワークが必要。
王立騎士団のネットワークであれば、全国に張り巡らされているはずだ。
利用しない手はない。
「いいわ。行きましょう。二人も一緒でいいわよね?」
「もちろんです。いやあ、断られたらどうしようかと不安でした。さあ、入り口に馬車をつけてあります。お乗りください」
「二人とも行きましょ」
「え、やっぱり私も? 私は何もやってないぞ」
「一人だと寂しいよ? 一緒にいこ」
「オッケー、マドカちゃん」
先にウェルトが馬車に乗り、続いて3人も乗り込む。
馬車が王城へと続く坂道を登っていく。
王城に着くと、3人は長いテーブルのある部屋に案内された。
すでに席についていた王立騎士団の隊長ボールスが立ち上がる。
「お待ちしておりました。隊長のボールスです。昨日は私の部下を助けていただき感謝します」
「どういたしまして。ナツノです。二人は私の護衛のマドカと従者のμです。王都シンシアの治安維持、大変ですよね」
「どうぞ、お掛け下さい。あなたが敵を倒したのですね。感謝します」
薙刀を持つマドカに感謝の言葉を述べる。
「いいえ、し、主人の命に従った、だけですから」
事前にナツノに仕込まれていたセリフをたどたどしく口にする。
4人が雑談を交わした後、ボールスが切り出す。
「ナツノ様は、ヘスティアナの出身だそうですね」
「え、ええ」
「ヘスティアナといえば、新魔法の創生が盛んだとか。ナツノ様の扱う魔法も、新たに開発された魔法なのですか? いえ、部下のウェルト、昨日、助けていただいた部下の一人です、が語っていたのですが」
私の障壁のことかしら?
「ええ、そうよ。でも、教えることはできないですよ?」
あれは指輪の裏に刻まれた呪文を起動させているだけで、どういう原理なのか、ナツノは知らないので、詳しく聞かれると困るので、そう答える。
「いえいえ。高位の魔法は、高値で取引されるものですから。それをただで聞き出そうなどとは思っておりません。それもヘスティアナの魔法ともなれば、表には出せないでしょう。それはそうと、彼女、マドカ様は、その身に似合わず、かなりの達人だとか」
「そ、そんなこと、ないですよ」
マドカは、褒められて照れているのか顔を朱に染める。
「それで、物は相談なのですが。現在、我が国と貴殿の国ヘスティアナの間に、アストレアの軍が滞在して、行き来ができなくなっていることはご存知かと思いますが、その軍を退けるために、我が軍についてはいただけないでしょうか」
「そうですね……」
ナツノは考える。ここで活躍すれば、もとい、マドカに活躍させておけば、王立騎士団からの信頼が得られる。
そうすれば、『あのバカ』のことも探しやすくなるのではないか。
「いいわ。お引き受けいたします」
「ええーー!!?」
黙って聞いていたμが驚いて、声をあげた。




