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うわさ話

「あ、ストップストップ」



 右肩をパンパンと叩かれて、ブレーキをかける。キキィ、とブレーキ音を鳴らしつつ止まったのは、西依宅まであと5分弱程度といったところ。古ぼけた大きな鳥居の真ん前だった。鳥居を抜けた先にはこれまた古ぼけていてこぢんまりとした神社があり、その裏手には木々が鬱蒼と生い茂る森があって、小高い山林への入口となっている。



「なに?お前んちもうちょい先やろ」


「ちょっとだけ寄り道させて。すぐ終わるから」



 そう言ってカバンを背負ったまま自転車を降りて、鳥居の端で一礼してからくぐっていった。その背中を不思議に思いつつも自転車を止めて後を追う。見倣って一礼してから鳥居の下の左端をくぐり、神社の中へと入った。


 一連のお参りの儀式を経たいろはは拝殿の前に立ち、鈴を三回鳴らし二礼二拍手、合掌して何かを念じた後、またペコリと一礼して振り返る。



「お待たせしました」


「……なんか、手慣れてるな」


「うん、割りとよく来て、お参りしてるから」



 いろははそう言って微笑んで、もう一度拝殿を見上げる。



「おばあちゃんがよう話してくれるんよ。ここの神社には、迷った時とか失せ物した時に、手助けしてくれる神さまがおるんやでって。普段からよう挨拶しときって」


「へぇ」



 神社の中でこんな事を思うのも失礼な話だが、正直な話、神様とか仏様とかそういったものはほぼほぼ信じていないので、自分と違って純粋に神様を信じている目の前の人間の存在に少し感心してしまった。



「ほんで、その神様のな、この山に伝わる昔話があって……。



 むかーしむかし、ある所に、人を化かして悪さをする白い狐がおったそうな。その狐は森を通り抜けようとする人に嘘の道を教えたり、岩を坂の上から転がして怖がらせたり、……兎に角このあたりに住む人間たちにとってはそれはそれは迷惑な奴で、ほとほと手を焼いておった。



 狐のいたずらに困り果てた村の人々は狐を捕まえてやろうと森に入ったが、まんまと化かされるばかりで尻尾を掴むことすらできん。だけどある日、白い狐は、自分の庭だと思っていたこの山の中で、崖から足を踏み外して大怪我をしてしまう。そして意識を失いかけた狐のもとに、たまたま通りかかった人間が歩み寄ってきた。



 狐は本能的に、もう逃げることは出来んと悟って観念したけれども、しかしその通りがかりの人間は狐を捕まえたり殺したりせず、傷の手当だけをして去っていった。その事をたいそう恩義に感じた狐はそれ以降心を入れ替えて、旅人や商人が迷っているのを見かければ道案内をし、森の中で見つけた失せ物や落し物はそっと村の入り口に届けるようになった。村の人々はその狐の改心ぶりに最初は疑ってかかっていたけど、次第に狐と共に生きていくようになった。



 そして数年が経ちその白狐が死んでからも、道に迷う者にはどこからともなく正しい道を示す声が耳に届いたり、落とし物が知らない間に家に戻ってくる、なんて事がずっと続いた。村の人達はあの白狐が神さまとなってこの森に住んでいると信じて、そのキツネ様の棲家としてこの神社を建てたのだった……!」



 いろはは詰まること無くその昔話をすらすらと語りあげて、どや、と言いたげに笑顔を見せた。



「そんで、お前はその昔話を信じてると」


「うん。だって……、はやては覚えてない?私らがまだ小学1年生だった頃、この森を探検してよう遊んでたよね。でも一回、私がこの森で迷子になった。町の人達総出で、警察の人まで来て一斉に捜索して、それでも私は見つからんかった」


「…………。なんとなく覚えとるわ。みんな騒ぎまくってたから」


「私自身もあんまりあの時のことは覚えてないんやけど、あの時、多分キツネ様に会ったんやと思う。キツネ様が私を麓まで見送ってくれたような、そんな気がする。だから私は、お陰様で今日も元気ですよーって報告するために、お参りしてる」


「成る程なぁ」


「その顔は、信じてへんやろ」


「……。その話を聞く前よりは、信じる気になった。俺もお参りしとこうかな」



 俺は拝殿に歩み寄り、これまたいろはを倣って鈴を鳴らし二礼二拍手。もしいろはの話が本当なら、神様、こいつがご迷惑をおかけしました、ええっと、一応、俺も感謝していますと伝えて、一礼した。




 今度こそ、西依家に向かって一直線。随分様になってきたと自分では思う二人乗りももうすぐ終わりを迎える。いつもと変わらない長くて凸凹で何もない下校道だったけれど、なんだか今日はいつもより少しだけ新鮮に見えた気がした。その感想は口にはしないけど。



「なぁ、はやて」


「んー?」


「来週の土曜日、七夕祭りやな」


「あー、そうやな」


「いつもの、テニス部の二人と行くん?」


「どうやろ。まだそういう話はしてないけど、祭りの時まで3人一緒っていうのもちょっと気持ち悪いかもな」


「そうかなぁ」


「そういうお前は誰と行くん」


「んー?……。まだ決めてない」


「栗原とか仲良いやん」


「紗枝ちゃんなぁ。そうやなぁ」



 要領を得ない返事に喧嘩でもしたのかと一瞬思ったが、口ぶりからするにそういう感じでもなさそうだった。他にもっと誘いたい人が、いるのだろうか。



「おばあちゃんがな、お祭り行くなら浴衣着せたるって今から張り切ってる」


「浴衣かぁ。いいなぁ」


「……そういえば私達、二人で行った時もあったよね。浴衣着てさ」


「もう10年くらい前やろ。後ろにうちの親父もおったし」


「まぁね」



 思い返せば、懐かしい話だ。どこをどう回ったのかは忘れたけど、普段あまり出来ない友達との夜の外出に、すごく張り切ってすごく楽しんだ記憶は残っている。



「今年は空梅雨気味って言うけど、晴れるといいなぁ」


「そうやなぁ。天の川見えるかもな。田舎やし」


「……うん」



 噛みあっているような噛みあっていないような、そんな会話を最後に西依家の前に到着して、いろはを自転車から降ろし、別れの挨拶を交わして、俺は自宅へと帰った。




 *




 土曜日だというのに、フルタイム授業。学校の方針だから仕方ないけれど、世間のおやすみムードが登校する足取りを重たく感じさせる。


 昨日、幼馴染がへんてこな手紙を貰ったと言って、顔面をつい先日も空を覆っていた梅雨雲に勝るとも劣らないどんよりとした曇りっぷりを見せていた件で、私はどうにも心に引っかかりを感じていた。白い封筒に少し下手っぴな字で「三嶋颯様」と書かれた宛名、中に入っていたメモとカギ。何か知っている気がするし、何も知らない気もする。しかし、気になる。カギとメモの正体について自分なりに考えてみても答えは出なくて、結局私は、下級生の告白を断った気まずさと申し訳なさを、その謎を考える事によって紛らわしたいだけなのかも、とひとまず自己診断を下した。



 2時間目と3時間目の間の休み時間。私は勇気を振り絞って後ろの座席へと振り返る。そこには頬杖をつき油断しきって呆けた顔の幼馴染の姿が。見よ、これが私の初恋の相手の御尊顔である。人間は本能なのか何なのか知らないけれど、同じ人には長くとも3年くらいまでしか恋できないと何かの本で読んだ事がある。だから、この人の事が10年間好きな私はもうかれこれ3度目の惚れ直し更新を終えて4期目半ばに入っている事になる。我ながらすごいと思う。一方でこの男は私の事をどう思っているのか知らないが、中学に入ったあたりからテニスラケットが恋人で、私、颯、ラケットの三角関係がずっと続いている。いや、ただの私の横恋慕かもしれないですが。



「あのさ、はやて」


「んん?」


「昨日の手紙、私に預けてみーひん?」


「なんで」


「個人的に気になるから、調査」


「いや、だからいくら見たってわからんって」


「そ・れ・で・も!今あの手紙持ってんの?」


「ずっと鞄に入れっぱなしやけど」


「じゃあ、このクマストラップと交換という事で手を打とう」



 私はそう言って自分の鞄につけていたクマのストラップを取り外し、問答無用で颯の鞄のジップにつけた



「おい、勝手につけんといてくれ。そんな可愛らしいの似合わんし」


「まぁまぁ、ほらほら出した出した」



 すると颯は、非常に面倒くさそうではあるが手紙を取り出し、私に手渡した。もう一度中身を見てみる。う~ん、わからん。





 昼休みとなり、私は教室で仲のいい友達の栗原紗枝ちゃんと二人でお弁当をお箸でつついていたのだが、その紗枝ちゃんが私に、唐突にこう質問してきた。



「なぁ、いろはってさ、三嶋君と付き合ってるん」


「へぇっ?」



 間抜けな声が出た。つまみとろうとしていた玉子焼きをお箸で分断してしまう。しかしその質問の意味をすぐに理解して、何と答えれば角が立たないかあれこれ考えて、すぐさま返事をする。



「つ、付き合ってないけど、どしたん急に」


「いや、絵理子がな、昨日の夕方あんたと三嶋君が自転車で仲良く二人乗りして帰ってるの見たって言っててな。そもそも普段からしょっちゅう喋ってるし仲良いから、どうなんかなーって思って」



 これが田舎特有の、謎の情報伝達の早さである。都会とはまた別の筒抜けインターネットがこの土地にはあるのだ。私は苦笑いして、「たまたま帰る時間が被っただけで、ただの幼馴染やで」と当たり障りの無い返答をした。間違ったことは言ってないけど、なんだか少し悲しくなってきた。



「ふーん。まぁ、そう言うなら信じるけど……。実際あんた、三嶋君の事どう思ってんの。ほんまにただの幼馴染?前から訊きたかってん、これ」


「さ、紗枝ちゃん、声でかいっ」


「お、その反応はもしや……!大丈夫大丈夫、誰も聴いてへんって。教室ガラガラやし、本人もいつものメンバーで食堂行ってるし」


「どこで誰が聞こえてるかなんかわからへんやんかぁっ」


「わかったわかった、じゃあ小声で」


「こ、小声でって、話すのは決定なんや……」


「いやぁ、でもな。私からのアドバイスっていうか、あんたがどう思ってるかは知らんけど、三嶋君、地味に人気あるらしいから、ぼやぼやしてたら誰かに取られてまうかもしれんで」


「えっ、そうなん」


「女テニの子がな、後輩が三嶋先輩って彼女居るんですか?って訊いてくるって言ってた。スポーツマンはそれだけで格好良く見えるもんやしなぁ」


「そ、そうなんか……なるほど……」



 謎情報を手に入れて、ますます頭がこんがらがる。ただでさえ2週間後に期末テストが控えているというのに考え事が増えた。それからはお弁当の味もいまいち味わうことも出来ず、昼食を終えてからぼちぼちと中身のない雑談をしていたら、お昼休みが終わってしまった。



 何なのだろうか、この喉につっかえているような妙な感じは。例えるならば。殆ど勉強せずに数学の問題に取り組んだ時の、あ、なんか知ってるかも、まぁ解けないけどね、みたいな嫌な感じ。背後に居る颯には、今だけは振り向くまいと何故か思った。この朴念仁め。朴念仁の意味はよく知らないけど、多分使い方は合ってる筈。



 授業が終わり下校時刻、しかし自転車はまだ修理中。歩いて帰るには気温は高いし日差しがまださんさんと降り注いでおり、5分もあればカラッカラに干からびてしまいそう。焼けたくないし。なので、期末テストに向けて図書室で勉強して日が沈むのを待とうと考えた。今日は紗枝ちゃんも一緒に勉強すると言ってくれているので、二人で図書室への廊下を進む。するとその途中で、颯が女子テニス部の生徒と一緒にノートを見ている姿が見えた。練習メニューの相談か何かを受けているのだろうか、真剣な表情で何かを喋っている。一通り会話が終わったようで、女子部員はノートを閉じて胸に抱え、深々とお辞儀をして小走りで去っていった。颯に恋人が居るかどうかを訊いていたのはあの子だろうか、なんて考えながらそんな一連の様子をぼぉっと見ていたら、後ろから思い切り右肩を叩かれた。



「何ぼさっとつっ立ってんの。さっさと図書室いこっ」


「あ、ご、ごめん……」



 兎に角その日その時、私の頭の中は自分の家のテレビ周りのタコ足配線みたいにごっちゃごちゃに絡まっていて、喉には何かがしつこくつっかえているし、図書室での2時間勉強の意味があったのかどうか、謎である。切り替えなければまずい。非常にまずい。




 今日も颯の自転車の後ろに乗せてもらうのはなんだか気が引けるし、紗枝ちゃんの家は別方向だしで、結局とぼとぼ1時間弱かけて歩いて帰ることを選んだ。家に帰るまでの間もぼんやりと考え事をしていて、でもやはり私の興味を一番にぐいぐい引っ張っていくのは颯がもらったあの封筒のことだった。今は自分の手元にあるわけだけど。貰った本人はもうどうでも良さげにしているのに、なんでこんなにもあの手紙に心を奪われているのだろうというのが疑問で、その事が余計にあの手紙への好奇心を生み、そしてその好奇心は封筒のことを考えさせて……相乗効果、螺旋階段、無限大の構造。要するに全く切り替えられていないのである。



「んん~……」



 まるで昨日、颯が朝っぱらから漏らしていたような唸り声を自分の喉から発してしまった。すると今日も、キツネ様の神社にたどり着いた。



「……もうこんなところかぁ」



 考え事に思考の9割を持って行かれていたのに無意識できちんと帰宅ルートを辿っていたようで、本当にはっと気づけば神社にたどり着いていた。帰巣本能恐るべし。



 いつもの挨拶と、ついでと言ってはなんだがもし何か頭の中から“失せ物”をしてしまっているのならほんの少しだけ手助けをしてもらえないだろうかと思い、私は鳥居をくぐった。

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