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久しぶりの下校道を

七月に差し掛かり、所属しているテニス部も夏の大会が近い。特に3年生はこの大会を最後に引退する為、有終の美を飾ろうと練習に力が入っている。2年生である自分達も、それに引っ張られてるように練習に打ち込んでいる。


「三嶋ァ!追いついてるやろうが!コートに返せ!足動かせ足を!!」

「はぁっ、はぁっ」

「返事ー!」

「はいッ!」


 練習着が、絞ると水が染みだすくらいに汗でずぶぬれで、夕暮れ時とはいえ気温も高い。水分補給をしようと思ったのだが、間抜けな事に部室の鞄の中に水筒を入れっぱなしだったことに気が付いた。


「部長、すいません、飲み物部室に置いてきちゃったんで取ってきますっ」

「あほかっ、はよ取ってこい」

「はいっ」


 小走りで部室棟へと向かう。鍵を開けて中に入り、鞄を漁って水筒を取り出して、魔法瓶のお陰で冷えたままのスポーツドリンクをむさぼるように飲んだ。


「……ぷはっ……あー、きっつ」


 そんな独り言を漏らしつつ、さっさと練習に戻らなければまた御叱りを受ける羽目になるので、急いで水筒のふたを閉じて外に飛び出す。その時だった。




「手紙、読んでくれましたか?」




 すごく僅かだが、そんな声が耳に届いた。


(手紙……)


 キツイ練習ですっかり失念していたが、依然、あの手紙の中身は謎のまま。なんとなくその声が何なのか興味が湧き、恐らくその声がしたであろう部室棟の裏をそっと覗く。


「っ、……!」


 するとそこには何の偶然か、幼馴染であるいろはと、見知らぬ男子生徒が向かい合って立っていた。何故か直感で、ここにいるのがバレてはいけないと感じ、すぐに顔を引っ込めて身を隠す。それでも二人の声はハッキリと聞こえてきた。


「えっと、読んだって言えば、読んだけど……」

「あの、俺っ、その……こないだ先輩に図書室で色々手伝ってもらって……全然知らない人同士なのに優しくしてもらって……その時から先輩の事ばっか考えててっ、俺、本当に先輩の事が好きなんですっ!俺と、付き合ってください!」


 そう、幼馴染の西依いろははそこで、後輩に告白をされていたのだ。自分が訳の分からない手紙を貰っている横で、どうやらこの幼馴染は本当のラブレターを貰っていたようだ。なんだこの差は。

 そして、偶然とはいえコソコソと隠れてそれに聞き耳をたてている自分の存在が俯瞰で見えてしまって居た堪れなくなり、もうこの場を離れようと思った。そっと、足音を立てずに静かに気付かれないように、早く練習に戻らなくては。それで一歩踏み出したところで、いろはの声が耳に飛び込んできた。


「そのっ、そういう風に言ってもらえるのは、ありがたいよ。ありがたいけど……、私、今、他に好きな人がおって……。あなたとは御付合いできません。……本当に、ごめんなさい」


 内容自体はとても典型的な断り文句だが、いろはの声色はとても辛そうだった。聞いたこちらまでもが申し訳なくなるようなその声から逃げるように、俺は部活へと戻っていった。



 *



 その日の部活が終わり、部室で汗を拭いたり着替えたりしつつ、圭介と龍雄とで雑談をしていると、やたらよく食べる男・龍雄が「なぁ、今からラーメン屋いかへん」と提案してきた。よく汗をかいた日には塩分をとらんと熱中症になるとの理由をつけて、いつもより押しが強い。


「でも家で母さん晩御飯作ってるやろうしなぁ……」

「ラーメン食って、そのまま晩御飯食べたらいいやろ」

「……ほんまによう食うなお前」

「お前らが小食なだけや」

「まぁ、食えんことないけどさ……」


 そうこうしている内に帰り支度が完了し、周囲に挨拶をしてから部室を出る。


 ・・・


 自分達が住むこの町はハッキリと言ってしまえばかなり田舎で、つまりは自然豊かで、人通りも少なく、舗装は時々がたついており、道端に畑や田んぼはよくあるし、車で数十分走れば茅葺の屋根の家がちらほら目につくし、最寄りの駅前は目立つ建物と言えば小さな居酒屋と古びた喫茶店とそのラーメン屋しかない。生活に自転車と自動車は必須である。

 結局龍雄に押される形でラーメン屋に行く事が決まり、疲労一杯の身体をもうあと一息と鞭打って、駐輪場で自転車を拾い、いざ、ラーメン屋を目指す。

 と、思ったのだが……。

 圭介が突然こう言った。


「…………。颯、今日は俺と龍雄二人でラーメン行くわ」

「え、なんで」


 突然のその申し出に驚き圭介の顔を見ると、圭介は両手をそれぞれ自転車のハンドルに添えている為か顎をくいっと前に指すしぐさを見せた。その顎が向いた方向に目をやると、校門前にいろはがぼんやりとした表情で立っていた。何かを待っているらしい。


「ほんじゃあ、また明日な。朝練あるから寝坊すんなよー」

「お疲れ三嶋」

「え、あ、おい、ちょ」


 有無を言わさず二人はサドルにまたがると、息ぴったりで同時に漕ぎ始めた。


「じゃあな西依ー」

「あ、うん、じゃあね」


 二人はいろはにも挨拶をして、そのまま颯爽と走り去ってしまった。追いかけようとも思ったが、多分、いや、もしかしなくても、いろはがこの西陽が突き刺さる中校門前でじっと待っていたのは他でもない自分だと何となく察した。多分それは、圭介と龍雄も同じ事を思ったのだろう。無視して放って帰る訳にもいかないので、自転車を押して歩み寄るといろはも小さく手を振ってきた。


「部活お疲れ」

「おう。どうしたん、こんな時間まで学校残って」

「LINE送ったのに、読んでへんやろ」

「え?あぁ……」


 確かに携帯は鞄に入れっぱなしで見ていない。


「たまたまこの時間まで勉強で残ってたんよ。部活やってんの見えたから、たまには一緒に帰ろーと思って」

「っていうか、お前自転車は」

「故障中やから今朝はお父さんに近くまで送ってもらった。ほら、私がラケットバッグ担いだるから後ろ乗せてー」


 そう言って、いろはは背中に背負っている鞄を手渡すように要求してくる。


「……ええけどさ」

「ええけど!?けど、何!?」

「はいはい、いいですよ、喜んで!」

「よろしい」


 いろはは満足げに頷いてから宣言通り鞄を背負い、自分の手提げかばんは腕に引っ掛け、横向きで自転車の荷台に座って、身体を捻って両肩に手を添えられた。


「それじゃあ、しゅっぱーつ」

「あいよー」


 そしていざ、と漕ぎ始めたのだが。


「くっ、重い……」

「失礼やなー、しっかりこぎ!」

「部活終わりでっ……疲れてんのっ……こっちは……!」


 自転車は大人二人で乗れるように設計されておらず、そのため当然二人乗りにも慣れておらず……ぎこちないハンドルさばきでペダルを漕ぐ。安全のためにスピードは出しすぎず、バランスのために遅くしすぎず……徐々にそんな調整にも慣れてきて、走行はまぁまぁに安定し始めた。


 薄暗くなったでこぼこ田舎道を走り始めて5分。スタート以降会話らしい会話が無かった。別段沈黙が辛いような相手でもないのだけれど、背中から伝わってくるいろはの“感じ”が、普通の沈黙ではなくて、何やら落ち込んでいるそれだった。ただの勘なのだが。


(やっぱ、夕方の件か……?)


 いろはは、いつも元気を周りに振りまいているようなタイプだけど、時々周囲の人の気持ちにとても敏感になる時があって、「お前がそこまで沈まんでいいのに」と言いたくなるような落ち込み方をする時がある。ここはひとつ、幼馴染のよしみだ、話を聴いてやろう。


「……なぁ」

「なに?」

「お前今日、1年に告白されとったやろ」

「……なんで知ってんの」

「たまたま部室に戻った時に聞こえた」

「まぁ、部室棟の裏やったもんな。あはは……」


 乾いた笑いを付け加えたいろはのその声色だけで、やはり落ち込んでいるようだと確信した。


「あんたが謎の手紙貰ってる横で、偶然私も手紙貰ってな。……伝えたい事があるから部室棟の裏に来て下さいって。最初は果たし状かと思ってさー」

「心当たりあるんか」

「あるよ。ありすぎておちおち廊下歩けへんし」

「なんじゃそれ、初耳」

「まあ、今思いついたから」

「適当過ぎる……」

「冗談は置いといて、そんで部室棟の裏に行ったら、うん、そういう事になって」

「それで、なんでそんなに落ち込んでんの。好きって言ってもらえるなんて羨ましい限りですわ」

「……。あー、でもさ、一所懸命に自分のこと好きって言ってくれてる人を断るのって、……予想以上に体力いるよ」

「…………。断ったんか」


 告白の結果を、知らないふりをした。理由はわからないけれど、なぜか咄嗟にそうするべきだと思った。


「うん。だって名前も知らん人やもん」

「名前も知らんって……。まぁでも、それやったら尚更、そんな落ち込まんでいいやろ」

「そうやんなぁ。そう。……わかってるんやけどね……。こればっかりは、心の底からは毎回、納得できひん」

「お前、そんな何回も告られてんの」

「え゛っ。……あ、まぁ、たまーにね~、ごくまれに。あははは……」


 はぁ……。とわざとらしくため息を吐いてしまう。


「お前さ、誰でも彼でも困ってるの見えたからって首突っ込むのちょっと控えたら。そういうので男子は変な勘違いするんやろ」

「まぁ、こういう性分ですから」

「性分っつっても限度が……」

「ん~?さては、勘違い男子がしゃしゃり出てきて、私に先に恋人できたらって想像したら、寂しいんやろ」

「あほ言えっ、こっちは、そんな、お前に無駄に落ち込まれても辛気臭いと思ってなぁ……!」

「へへへ。わかってる、わかってる。……ありがと」

「……」


 耳元で聞こえたいろはのはにかんだありがとうに、少し照れくさくて何も答えることが出来ないまま、会話は途切れ、自転車のタイヤが地面の小石を噛む音とセミの鳴き声をBGMにまたしばらく無言で、二人で走っていた。

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