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はやてといろは

 ある夏の日、高校から下校し自宅の郵便受けを覗き込むと、新聞夕刊やチラシに混じって自分宛ての一通の封筒が届いていた。手にとって見てみるとそれは所々が汚れて皺が寄った飾り気のない白い封筒。表にも裏にも差出人の名前は書かれておらず、唯一書かれているものはというと、お世辞にもあまり上手とは言えない字で、 三嶋 みしまはやて様 と自分の名前。封も糊付けもされていない。はてと首を傾げる。スマートフォンがあればどれだけ距離が離れていてもやり取りが出来る昨今、わざわざ手紙などというアナログな方法でやりとりをする友人は心当たりがないのだ。


 手紙の宛名とにらめっこをしていたが、初夏の西陽が容赦なくじりじりと肌に突き刺さり、たまらず家の中へと逃げ込んだ。



「ただいま」


「おかえり。洗濯物と弁当箱忘れんうちに出しといてな」


「うん」



 料理中の母親と帰宅の挨拶をかわしつつ、郵便受けから回収した新聞やらチラシやらをダイニングテーブルにおいて、自分宛ての手紙だけをそっと抜き取り鞄にしまいこんだ。


 その様子を、料理しつつも目ざとく見ていた母親が不思議そうな目で尋ねてきた。



「なにそれ?手紙?あんた宛?誰から?」


「しらんし、質問しすぎ。なんか入っとった」



 ぶっきらぼうに答えて、自室へ向かう。



「ラブレターちゃうのー?いろはちゃんに言いつけたろかー?」



 母親はけらけらと笑いながら言うが、そんな色っぽいものではないことは封筒の外見を見ればだいたい察しがつく。「いろは」というのは、本名「西依にしよりいろは」という同い年の女子。幼稚園から小学校、中学校、高校全て同じ学校に通っている近所に住んでいる幼馴染のこと。母親が予想しているような関係では無いけれど、……まぁまぁ今でも、それなりに仲良くしている。



「手紙もいろはも、そんなんと違うって」



 誤解のないようそう言い返して、眉間にこれでもかとシワを寄せながらため息を吐きながら部屋に戻る。カバンを床に置いて中を漁り、言われた通り部活で出た洗濯物を入れた袋と空の弁当箱を取り出した。そして自分宛の謎の手紙を机の上に置く。


 また少しの間手紙とにらめっこをしていたが、台所から母親が「弁当箱ー!」と大きな声で催促するため、手紙から目を離して「今もってく!!」と大声で言い返し弁当袋をつまみあげて洗濯物袋を腋に抱え、部屋を後にした。


 それから弁当箱を洗い(洗わないと翌日作ってもらえない決まり)、毎日の家事当番である風呂掃除をする。それが終わる頃には夕食が出来上がっていて、そしてちょうど同じくらいのタイミングで父親が帰宅する。これもいつもの事。



「ただいま」


「おかえりなさい。晩御飯できてるから」


「あぁ、ありがとう。着替えたらすぐ行く」



 そして父親と母親と3人で食卓を囲む。



「そうや颯、さっきの手紙なんやったん」


「手紙?」



 母親の質問に父親が反応し、夕食をもぐもぐと咀嚼しながら興味ありげに視線を向けてくる。



「そうよ、この子、今日手紙もらったみたいでな、ラブレターちゃうんー?って言っててんけど」


「あんな色気のない外見のラブレターないわ。まだ開けてへんし」


「開けてへんの?なんでよ」


「お風呂掃除やらやっとったらご飯できたからやろ」


「そっか、ごめんごめん」


「だいたい俺に届いた手紙の内容、なんでいちいち母さんに言わなあかんの」


「えー、だって、気になるやん。今の子なんか、みんなスマホでやりとりすんのに手紙でやりとりなんか、古風な人なんやなって」


「気になろうが言わへんからな」


「はいはいごめんごめん」



 気になる、と母親は言っているが、何より気になっているのは自分自身だった。まず間違いなくラブレターでは無いだろうが、悪意のあるイタズラだったりしたら嫌だなと考えながら食事を終えて、食器を洗い、そして自室に戻る。いつもならそこから食休みで、ベッドに寝転んでリラックスするか、宿題が多い時やテストの前ならば勉強机に向かうところなのだが、今日は違う。机の上に置かれていた手紙を持ち上げて、そして封筒の中身を覗き込む。



「……ん?」



 その封筒に入っていたのは――。




 *




 翌朝。


 学校に到着して正門を通り玄関、階段、廊下を歩き教室に入ると自分の机に座るなり顎に手をあてて俯き、考え事にふける。考える事はたった一つ。いったい、昨日届いたあの封筒の中身の意味は何だ、と。一体ドコの誰が何の目的であの手紙を自分に送ったのか、皆目見当がつかない。いたずらにしては全くパンチが効いていないし、かといって真意を掴み取ることは到底できそうにない手紙。



「う~ん……」


「はやて、何を朝っぱらから難しい顔しとんの」



 真正面から声がして顔をあげると、昨日母親の口からも名前が出た幼馴染かつクラスメイトの西依いろはが、うちわで顔をぱたぱたと扇ぎつつ探りを入れる用なジトっとした目で自分の顔を見つめていた。こいつとは現在教室の座席も前後で隣り合っているのである。微妙にすごい縁だ。



「……。別に何も」


「嘘つき、何もなかったら、朝っぱらから一人で唸り声なんか出さへんよ。何かあったんやろ。お悩み?」


「……悩みって程じゃないけど……。誰かに言ったってどうにもならん話」


「でも一人で考えたって答えでーへんのやろ、聴いたるから、私に話してみ」



 そう言って不敵で男前な笑みを浮かべるいろはの、こう言ったおせっかいな性格は今に始まったものではない。ひと度しまりのない顔や浮かない顔をすればいつの間にやら寄ってきて、「どうしたん?」「話してみたら楽になるかも」とぐいぐい距離を詰めてくる。それは自分に対してだけに限った話ではなく老若男女問わずである。なんでそんなお節介を焼きたがるんだと尋ねれば、そういう性分だからだと言っている。時々それに助けられることもあるけれども、今回は間違いなくそういうので解決できる分野ではない。それだけはハッキリとしている。



「……言ったって絶対わからへんやろうけど……」



 実は手紙をそのまま学校に持ってきており、かばんの中を手でまさぐり、いろはに向かって取り出して見せた。



「なにこれ。手紙?」


「あぁ。昨日の夕方うちのポストに入っとった。差出人も何も書いてない」


「はえー」



 いろははそんな間の抜けた相槌を打ちつつも手紙を手にとって、裏表それぞれまじまじと見る。



「しかもこれ、あんたんとこの住所も書いてないし切手も貼ってない、勿論消印も無し……、手で直接郵便受け入れたんちゃうん」


「そう。だからますます意味不明。近くにいるなら直接渡せよ!ってな」


「確かになぁ。これ、中身も見ていい?」


「どうぞ気の済むまで」



 果たしてこちらの返事を待ったのか怪しいタイミングでいろはは中身を覗き込んだ。その白い封筒の中には一枚の紙切れと、一つの鍵が入っている。開封した当時と全く同じ内容だ。いろはは掌の上にその紙と鍵をのせた。紙は、おそらくノートかルーズリーフの切れ端。




 大事なカギ なくすな




 乱暴に書かれたそのメモの内容とは正反対の、簡単な作りの薄っぺらいオーソドックスな鍵。いろははそれを指でつまみ上げると目の前に掲げ、じっと睨む。



「到底大事なカギに見えへんのやけど」


「だから意味不明って言ったやろ」


「ふむ……」



 諦めが悪いのか、メモとカギを交互に何度も見比べながら「むむ」だとか「ううむ」だとかそれらしい唸り声をあげているのだが、幼馴染の勘で、だいたい分かることがある。



「いろは、お前、何も考えてへんやろ」


「し、失礼な!私なりにはやての悩みを解決してあげよーと考えを巡らせてたのにっ!」



 その時、朝礼5分前の予鈴が鳴り響き、ざわついていた教室が少しずつ静まり返っていった。いろははそれでも名残惜しそうにしながらも、メモとカギを封筒に直し返却してきた。



「あとでまた見せてな」


「どうせどんだけ見たってわからんよ」



 そんなやり取りを最後に、学業の始まりの準備へと頭を切り替えていく。そう、いくら考えた所で、この手紙の正体はきっと解決しない。考えるだけ無駄なのだ。もしいたずらならパンチが効いていないと評したが、それは撤回、こうして一晩も意味のない事を考えさせられるなんて大したものだとこの封筒を作った人間に言ってやりたい。




 *




 それから昼休み。冷房のよく効いた食堂で、クラスと部活が同じである友人達3人で昼食を摂っていたのだが、最初は部活の愚痴だったり小テストの話だったり取り留めもない会話をしていたのだが、友人の一人・平田圭介が「そういえば」と、黒縁眼鏡の位置を指で直しつつ、こちらを見て口を開く。



「お前さ、颯、今朝めっちゃ怖い顔してたけど、何かあったん?」


「……え?」


「いや、え?じゃなくて。なぁ?」



 そして圭介がもう一人の友人・杉本龍雄に話題を振ると、龍雄は龍雄で「おお、挨拶無視された」と、白飯をほおばりながら言った。



「西依が話しかけるまで、皆遠巻きに見とったからな。見てみろあの顔、やばいやばいって」


「ああー、まぁその、ちょっと考え事があって」


「考え事?あの顔は……銀行強盗計画か」


「違う」


「保険金詐欺?」


「違うっ」


「そんで殺し屋に自然な仕事を依頼するかどうか考えてたとか」


「どんだけ邪悪な顔しとったんや俺は!」


「でもその後、西依になんか見せてたよな三嶋。白い封筒みたいなの」


「……。あー、それはもういいわ。気にしてたのがアホみたいやって自分でも思うし」


「「???」」


「だから、もう気にしない。この話は終わり」


「「えーー」」




 そうは言っても未だ興味津々な様子で見てくる2人に半ば無理やり昼食の続きを促すと、自分もそのまま弁当にありついた。「もういい」とは言ったものの、まだ少し、ほんの少しだけ、あの鍵とメモの存在は心に引っかかっていた。




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