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フローズン・ウィザード  作者: 伊森ハル
Chapter 03 -deī ex māchinīs-
65/66

4 墟に信奉の声は響き

 はじめに地面が揺れ、悲鳴がそれを追いかけた。


「なんだ、なんだよッ!? どうしてあのデカブツが動いてやがんだ!?」


 メルの音響知覚エコーポインタによる透視補正が実行される。機影と人間大の影が瓦礫ごしに視えた。当該機体は速度を緩め、腰部の武装固定点ハードポイントからナイフを装備する。巨人の腕が、大きく振り上げられた。


「ひっ、は、早く、早く逃げ――」


 次に耳へ届いたのは、鈍い破砕音と液体の撥ねる音だった。人間の影がひとつ消える。

 生身の人間へ向けるには余りに巨大なナイフを振るい、その巨人は悠然と進行を続けた。

 巨人の進路上に居合わせた人間は、突然の襲来に為す術なく蹂躙されていく。機体の猛進は揺らぐことなく、迷いのない足取りで賊の根城たる廃ビルへと突き進んでいった。


 ――メルに残った電力は少ないが、やむを得まい。


 重力制御機構アドグラヴを補助に用いて大跳躍(ジャンプ)。瓦礫や住居跡を飛び越えて所要時間を短縮する。幸いというべきか、〈蒼雷〉はこちらに目もくれていない。群青の巨影は目的地に入っていく。

 その後を追いかけるようにして、レイジは廃ビルへと駆け込んだ。濃く、粘つくような鉄の臭いが鼻をつく。咳き込みそうになるのをこらえて、構内に視線を走らせた。

 地獄のような様相だ。

 まだらに赤く染まった巨人が、まるで玩具のように賊の面々を()()()いた。敵わぬと知りながら武器を手に取る者、背を向けて逃げだそうとする者、部屋の隅で震えながら祈る者。それらすべてを文字通りに蹴散らして、巨人は歩を進めていく。

 体液がまき散らされたビルの中、巨人が次なる獲物へ視線を向ける。その先――広間の奥には馬車の荷台が放置されていた。


(――まさか、()()!?)


 推論が正しければ、あの機体は生体反応を無差別に攻撃している。周囲に他の人間は見当たらない。自分に迫ってくるのでなければ、()()が向かう先には別の生体反応があることになる。

 先刻見た熱源反応が思い起こされ、レイジも進路を同一に定めた。全力で走る傍ら、相棒へと呼びかける。


《――メル! 荷台の中身を走査、一瞬だけ視覚を寄越せ!》


 勢いを殺さないまま前のめりに地を蹴る。足を大きく振り上げた形の、やや強引な飛び前転だ。その最中さなか、視界が一時的に熱知覚へと切り替わる。

 想像通りだ。

 五名ほどの人間が転がされている。体勢からするに、未だに手足は縛られているようだった。周囲の喧噪が伝わっているのか、あからさまに身を縮めている者もいる。

 ()の視覚で荷台を見据えながら、落ちた重心を生かして再発走。歩き出した〈蒼雷〉に追いついて、右腕を突き出す。

 斥力場生成座標の演算を完了させ、脳内で命令コマンドをたたき込んだ。


 ――重力制御機構アドグラヴ、起動。


 踏み出した右足のかかとを中心に、空間が歪む。群青の巨体が大きく前傾する。その機を逃さず、追加の斥力場を後頭部へぶつけた。

 傾きが大きくなる。しかし、機体は二歩、三歩とよろめいただけで、転倒には至らなかった。


「な……ッ!?」


 斥力場による転倒の誘発は、言うなれば合気の一種だ。機体自身の運動エネルギーを逸らして重心を狂わせる。相手の速度が落ちれば、当然ながら効果も薄い。


 途中から歩行に切り替えたのはこのためか。


 気づくのが遅かった。しかし、後悔の念は一瞬で捨て去る。少なくとも距離は稼いだ。つかの間であったとしても、猶予は生まれた。

 メルのエネルギー残量を確認するが、今の連撃で完全に打ち止めだ。もはや走力補助さえ叶わない状態だった。

 今の攻撃で〈蒼雷〉が優先順位を変更したらしい。ゆっくりと振り返り、こちらに向かって歩き出した。


(くそッ! 考えろ、考えろ! 次にどうする? ここから俺は――)


 思考が回らない。打開策は無く、閃きにさえ期待できない。

 たとえ猶予があったとしても、打つ手が無ければ意味は失せる。

 そんな事実を脳が解した瞬間、視界が色を失い、心臓が締め上げられた。

 恐怖の渦中にあってなお、少年は視線を逸らさない。せめて、一秒でも長く時間を稼ぐ。数秒後に落ちてくる刃を躱すことだけに集中する。

 レイジは冷ややかな覚悟を決め、次撃に備えて腰を低く落とした。

 一歩、また一歩と、巨人が距離を詰めてくる。ナイフを握る腕が大きく振り上げられ――



「伏せてください、レイジ氏ッ!」



 ――そこで、ルストの声が聞こえた。

 戸惑いを押し殺し、反射的に身を伏せる。メルが補足した馬車の影が、副視界に映った。全速でこちらへ迫り来る馬車。その御者台には、白熊の亜人種デミスが立っていた。

 彼は大剣ブレード真人ヒュマネスの右手でつかんだまま、馬車から飛び降りる。


「たとえ武芸者ならずとも、力には少しばかりの覚えがあります故! ここで使わねば名折れというものでありましょう!」


 靴底を削りながらも体勢を維持し、左腕を支えにしっかりと大剣を保持する。一歩、二歩と撥ねるように駆けつつ腰を落とし、剣を半ば背負う形へと移行した。


「ウ、オォォォォォァ――ッ!!」


 獣じみた咆哮を添えて、くるりと一回転ターン。変則的な円盤投げの要領で、ブレードを豪快に投げ飛ばした。

 馬車の余勢とルストの持つ埒外の膂力りょりょくが、大剣を致死の一矢たらしめる。白銀の軌跡がレイジの頭上を通り抜け、巨人の片足を両断した。

 金属のこすれる音と共に、機影がずれ込む。支えを失った巨人が片膝を突く。それでもなお、巨人は少年レイジから視線を逸らさなかった。

 まだ終わっていない。背筋が凍る思いを抱きながら、レイジは一息に起き上がる。

 ブレードは〈蒼雷〉の後方に突き刺さっていた。

 重力制御機構アドグラヴは使えない。もはや他に道はなかった。

 地面から突き出た握把グリップめがけ、全力で駆け出す。

〈蒼雷〉が膝を突いたまま、ナイフを再び振り上げる。それが頭上に落とされる未来を予見しながらも、少年は足を緩めない。倒れ込みそうなほどに前傾して、さらに一歩を踏み出す。


(――今ッ!)


 腕が落ちてくる瞬間、レイジはひときわ大きく地を蹴った。直後、巨大な刃物が空間を一閃する。風圧が全身を襲った。

 だが、生きている。まだ生き延びている。

 身を縮め、敵機の股下をすり抜ける。相手が振り向く気配を一顧だにせず、少年は吠え叫んだ。


「うおオォォォォォォォォッ!」


 白く塗りつぶされた意識の中、得物に向かってひたすらに手を伸ばす。

 固い感触に掌が触れた。無我夢中で引き抜いて、逆袈裟に振り上げる。丸みを帯びた独特の刃が、吸い込まれるように胸部装甲へ接触し――



 ()()()、という破砕音が耳をつんざいた。



「――は、ぁ?」


 間の抜けた声が出る。粉々に砕け散ったブレードの破片が、眼前に飛散する。剣戟の反動で腕に痺れが広がり、少年は握把を手放した。

 エネルギー切れだ。

 歩行戦車の装甲を易々と溶断する高周波ブレードも、こうなってはただの棒である。


「……うそ、だろ」


 半ばから折れた得物が、唯一の武器が地面に落ちる。決死の戦闘をすべて徒労とせせら笑うかのように、巨人がナイフを頭上に掲げた。


「レイジ――ッ!」


 視界の奥で、スライアが駆けてくるのが見えた。


「う、ぁ、なんなのです、これ……〈糸〉の数が……!」


 馬車の御者台に立つフェムが、巨人を愕然と見つめていた。


 息は荒く、心臓がきしみを上げている。両腕はだらりと下がり、ろくに力が入らない。諦めるわけにはいかないと理性は叫ぶが、本能はそれを否定していた。

 二秒と待たずに、巨人は刃を落とすだろう。悲鳴を上げる肉体を叱りつけ、最後の力を絞り出す。自らに死を与えんとする兵刃を、彼は正面から直視した。


 人工筋肉群が発する微細な振動を拾い、彼は攻撃のタイミングを見て取った。


(来る――ッ!)


 足に力を込める。バネを解放するのはコンマ五秒後――腕が動いた瞬間だ。削り分けられ引き延ばされた時間感覚の中、死を避けることに、一閃の予兆をつかみ取ることに全神経を注ぐ。


 ――しかし、いつまで経っても巨人が腕を振るうことはなかった。


 こちらを見据えたまま、微動だにしない。気づけば、筋肉群の発する振動音も既に消え去っていた。


「……え、は」


 吐息とも、疑問ともつかない音が漏れる。死を覚悟した矢先の出来事だ。つい数秒前まで、自分を仕留めんとしていた機体が、今や完全に沈黙している。困惑するのも当然だった。

 巨人の手から得物がこぼれ落ちる。刃が背を削り、大きな音をたてて床に転がった。巨体が横へと倒れ込む。自動重心補正オートバランサが切れていることが、一目でわかった。操り人形の糸が切れたかのように、その歩行戦車ヒトガタは脱力している。


「これ、は……?」


 混乱のまま、機体の状態を検分する。眼前の〈蒼雷〉はもはや仮死状態ですらなく、動力炉リアクターの火が落ちているようだった。

 歩行戦車の中核たる小型重縮退炉は、その性質上、一度火を落とすと専用の施設以外では再起動が不可能となる。この敵機が再び動き出す心配は無かった。


「何が起きたんだ、こいつに……?」


 呆然とつぶやく。しかし、わかるはずもなかった。暴走状態を検知したシステムが、強制終了を実施した可能性はある。しかし、システムが自身の状態を正しく認識できないからこそ暴走なのだ。この瞬間になって正常性を取り戻したのは、どうにも不可解だった。


「……ぅ、ぐぇ」


 背後で発せられた声を、耳が拾った。そこでレイジは思考を切り替える。今は人質を解放するのが先決だ。


「スライア、ルスト! 捕まってる奴らを助ける! 手伝いを頼めるか!?」

「わ、わかった!」「問題は無いのですかァ? その、神像が動き出す可能性は?」

「さっき確認した、こいつはもう動かない! 怪我人がいるかもしれない。救急用具の用意を頼む! 他の人員は賊の中に生存者がいないか確認を頼みたい!」


 言い残して、放置された荷台へと向かう。五名の人間が捕縛されていた。全員、うつ伏せに転がされている。

 出入り口から最も近い人影が、うめき声をあげた。


「うぁ……たすけて……たすけて……」

「おい、大丈夫か? 助けに――」

「ぼく、おなかすいたぁ……おなかすいたよぉ……。なんでこんな目に遭うんだよぉ……なにも悪いこと、いや、したかな、したかも。でもでも、あいつらの方がぜったい悪いことしてたじゃんよぉ……ぼく悪くない、そうだよ、悪くないよな。悪いのはあいつらだよぉ……」

「……大丈夫か?」


 妙に緊張感の無い声音を受けて、やや毒気を抜かれる。声からすると、どうも女性であるらしかった。自分とよく似た黒色の髪を有する少女。腰ほどまで伸びた髪は、彼女の小柄な体躯をほとんど覆い隠していた。

 いや――小柄と呼ぶのは適切ではない。

 その少女には、両足が無かった。膝から下がまるごと存在していない。血が出ていないところを見ると、直近での怪我というわけでもなさそうだ。一瞬だけ驚いたが、しかし呆けている場合でもなかった。


「今、助けてやる。食事はすこし待ってくれると助かるが……」


 ポーチからアーミーナイフを取り出し、手首の縄を切ってやる。


「ぐ、ぎゅ……な、なんだよぉ……」


 えずくように、苦しげな吐息が漏れる。両腕の拘束を解かれた彼女は、身をよじるようにしてレイジを見上げた。


「――え?」


 視線が重なる。血のように赤い瞳が、大きく揺れた。


「お、お……えほッ」


 彼女は何事か言いかけてから、軽く咳き込んでしまった。レイジは身を起こすのを手伝ってやりつつ、念話でフェムに呼びかける。


《フェム、すまないが水筒を持ってきてくれないか。俺の荷物に入ってる》

《レイジ? ……わかりました。すぐ持って行くのです》


 そうする間に、少女はすがりつくようにレイジの両肩へ手をやった。衰弱しているのかと思いきや、そのまま肩をわしづかみにする。華奢な体躯に反して、存外に力が強かった。


「お、あ、かヒュッ……お、おまッ……」


 かすれるような呼吸音を漏らしながら、発作じみた声を発する。瞳はこちらを見据えたまま、頬が異様なまでに上気していた。

 一目で興奮状態にあるとわかる。〈学校〉で習った戦争神経症バトル・ファティギュー――極度の緊張下に置かれた人間が見せる症状に少し似ていた。捕虜として劣悪な環境に晒された場合など、自律神経に異常が発生することで発話さえおぼつかなくなることもあるという。

 下手に刺激すると、パニックに陥って暴れる可能性があった。レイジは努めて温和な口調で少女に話しかける。


「無理に話さなくていい。今、水を――」



「――お待ちしておりました、ゆ、ゆゆっ、勇者様!」



 見開いた目をキラキラと輝かせて、少女はそんな声を上げた。


「……は?」


   ●


「もっ、求める者の元に、救いは降りる、ます。〈死の霧〉が吹きすさぶ世に平穏を取り戻したのは、神々の徒たりし〈魔術師ウィザード〉だった。いや、でした。……それ、それならッ! こっ、この、レレン・セプトゥムの声に応えてくれたあなたは、ぼくを救ってくれた〈魔術師〉たるあなたはっ、世を平定せしめる勇者様と呼ぶべきでは!?」


 一方的にまくし立てる少女を前に、レイジは相棒へ念話通信を飛ばした。


《なあメル、こいつの薬物反応は検査できるか?》

《可能です。簡易検査で精度にブレが生じますが、5分ほどで結果が出ます》

《なら、頼む》

《了解。――それでは対象の尿サンプルを採取してください》

《……いや、やめておこう》

《よろしいのですか?》

《お前は主人(マスター)に婦女暴行の罪を犯させるつもりか?》

否定(ノー)、せいぜいが公然陳列では?》

《いずれにせよ論外(アウト)だろう》

《司法が正しく機能していれば、あるいはそうかもしれませんが》

《言い方が悪かった。そもそも犯罪かどうかは論点じゃなくてだな、初対面の相手から尿サンプルを採れって指示がおかしいって話をしてるんだ》

「――なんだか変態的な会話が聞こえたような気がするのですが」


 メルとの間に革袋の水筒が差し出された。それを受け取りつつ、来訪者――耳長エルフの少女へと目を向ける。彼女は胡乱げな目つきでこちらを見下ろしていた。


「助かる。……断っておくが、俺は極めて真面目な話をしてるんだ」

「ええ……? その子の、あの、尿を採る、とか、そういう話が……?」

「待て。……いいか? 待ってくれ、フェム」


 表情に怪訝さを増した童女に向けて手を振る。

 念話の帯域チャネルは絞っていたはずだが、それでも聞こえているあたり、やはり彼女の〈耳〉は規格外だと言わざるを得ない。妙な感心を覚えながら、少年はきっぱりと言い放つ。


「誤解だ。断じて俺にそんな趣味は無い」

「……いや、まあ、趣味は、それぞれ、なので」

「目をそらすな」

「いや、大丈夫なのです。間に合っているのです」

「多少なり特殊な趣味を持っていても受け止める覚悟ですっ! ぼくはこれでも偉大なる〈商会〉構成員の端くれなのだから。すべてを観察しすべての価値を多角的に計らなければ嘘ってものでしょう、れ、レイジ様?」


 フェムとの会話を横に、赤目の少女――レレンは何故か胸をはりながら、どこか的外れな言葉を口にしていた。


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